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第47話 進言

 ザインの策は案の定、壁にぶつかった。


 ドレクを通じて上層部へ進言された「水路を断つ策」は軍議の場でボードに握り潰されかけたのだ。


「また、平民斥候の戯言か」


 ボードが鼻で笑ったという。


「水路を断つだと? そんな回りくどい真似より、力で攻め落とせばよい。臆病者の策だ」


 その報せを聞いて、ガロが怒鳴った。


「ふざけんな! 力で攻めて、もう何百も死んでんだろうが!」


「ガロ、落ち着け」


 ザインは静かに制した。だがその目には冷たい怒りが宿っていた。


「ボードは俺を潰したいだけだ。策の中身なんて、見ちゃいない。……だがこのままじゃ、兵が死に続ける」


「だいたいよ」


 ガロがなおも収まらず吐き捨てた。


「あのボードって野郎、戦が分かってんのか? 城壁に突っ込んで死ぬのが勇敢で、知恵を使うのが臆病だってか。逆だろ。兵を無駄に死なせるのが、一番の臆病だ」


「ガロ。正論だが声がでかい」


 バルガが苦笑して窘めた。


「正論ほど、上の連中は嫌うもんだ。だがまあ……今回ばかりは、俺もガロに賛成だ。あの策を潰されるのは、もったいねえ」


「お前ら……」


 ザインは仲間たちを見回した。隊の皆が自分の策を本気で惜しんでくれている。その思いがザインの覚悟をさらに固めた。


「分かった。ならなおさら、引けない。この策、必ず通してみせる」


 古参のバルガまでが、そう言う。ザインの策の価値を、隊の誰もが認めていた。


 その時、天幕にドレクが入ってきた。


「ザイン。一つ、手がある」


 軍曹の顔は険しかった。


「ボードの頭越しにもっと上――この戦の総指揮を執る、ガレウス将軍に直接、策を届ける。危険な賭けだ。将軍に認められれば、一気に通る。だがボードの面目を潰せば、奴の恨みは決定的になる」


 ザインはしばし考えた。


「将軍はどんな方ですか」


「叩き上げの、武人だ。家柄より、実を重んじる。ヴェイル派とは距離を置いている。お前の策の価値を見抜く目はある。……だが平民の進言を、聞くかどうかは賭けだ」


「やります」


 ザインは即答した。


「兵が死に続けるのを、見ているだけなんて、できません。恨みを買うのが怖くて、口をつぐむくらいなら最初から、伍長になんてなってない」


 ドレクがふっと笑った。


「……そう言うと思ったよ。お前はそういう男だ」


「だがザイン。一つだけ、約束しろ」


 ドレクの声が低くなった。


「将軍の前で物怖じするな。お前の読みは本物だ。それを堂々と語れ。平民だからと、縮こまるな。縮こまった瞬間、お前の策まで小さく見える」


「……はい」


「お前の言葉が何百の兵の命を左右する。胸を張れ」


 ドレクの励ましがザインの背をまっすぐに伸ばした。この軍曹の信頼に応えなければならない。


 その夜、ザインはドレクの手引きでガレウス将軍の天幕へ通された。


 白髪交じりの、岩のような武人だった。その鋭い目がザインを射抜く。


「お前が丘の伏騎兵を読み、左面の横撃を防いだ伍長か」


「は。ザインと申します」


「ボードが握り潰した策を、わしに直接、持ってきたそうだな。……度胸だけは認めてやる。聞こう。お前の策を」


 ザインは一礼してから、口を開いた。


「は。まず城の北を流れる川。あそこから、城は水を引いています。その水路を断ちます」


「水路をか。続けろ」


「水を断たれた城は貯水に頼るしかなくなります。蓄えは日に日に減る。守る側に焦りが生まれます。焦った敵は必ず籠城を諦め、打って出てくる。その瞬間こそ、好機です」


 ガレウスの眉がわずかに動いた。話に引き込まれている。その手応えをザインは確かに感じ取った。


 ザインは地図を広げた。


 水路。北の壁の修復箇所。敵を焦らせ、打って出させ、内と外から崩す。その全てを淀みなく、将軍の前に並べていく。


 ガレウスは腕を組んで黙って聞いていた。


 頭上に二つの月が昇っている。


 その蒼い光の下でザインは自らの読みの全てをこの一人の将軍に賭けていた。



 将軍がどう判断するか。ザインにはまだ読めなかった。だが語るべきことは、全て語った。あとはこの武人の眼が策の真価を見抜くかどうか。


 ガレウスは何も言わなかった。岩のような顔は動かず、ただ蝋燭の炎だけが揺れていた。夜は深く、その蝋燭が静かに短くなっていく。この沈黙の先に扉はあるのか。ザインは息を整え、将軍の言葉を待った。

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