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第46話 水路

 翌朝、ザインたちは城の北側を偵察した。


 マルトとコルネリア、それにガロを連れて、川沿いの茂みに身を潜める。城壁から離れ、敵の目を避けながら、慎重に進んだ。


「あれが川から城へ引く水路だな」


 ザインは川岸の一点を指した。


 城壁の根元へ向かって、石組みの水路が伸びている。川の水を城の中へ引き込むための設備だった。籠城する城にとって、まさに生命線だ。


「しかしよく川の方に目をつけましたね、伍長殿」


 マルトが感心したように言った。


「城を見る時はまず水と糧の通り道を見ろ。兵が槍を振るうのは、戦の表側だ。だがその兵を生かしてるのは、裏側の水と糧だ。そっちを断てば、表の兵は勝手に弱る」


「うわ……地味だけど、えげつないっすね」


「戦の本質は地味なものだ。派手な一騎打ちで城は落ちない。落とすのはいつも兵站だ」


 マルトが神妙な顔で頷いた。


「あそこを塞げば、城は水が止まるんですか」


 マルトが声を殺して尋ねた。


「単純にはいかない」


 ザインは首を振った。


「水路を塞げば、城は確かに渇く。だがロウガもそれくらいは備えてる。きっと、城の中に井戸か貯水池がある。水路を断ってもすぐには落ちない」


「じゃあ、意味ないじゃねえか」


 ガロが口を尖らせた。


「いや、ある」


 ザインの目が鋭く光った。


「水路を断てば、城は貯水に頼るしかなくなる。蓄えは日々減っていく。守る側に焦りが生まれる。焦った敵は必ず動く。籠城を諦めて、打って出るか、無理な手を打つ。その隙が糸口になる」


 ザインは北の城壁を見上げた。コルネリアの言った、修復された箇所がはっきりと見える。


「コルネリア。あの修復箇所、魔法でどれくらい崩せそうだ」


「……正面からじゃ、無理。あの壁は厚い。でももし内側から、亀裂を作れたら。古い修復は衝撃に弱い。一点に力を集めれば、崩せるかもしれない」


「内側から、か」


 ザインは思考を巡らせた。


 水路を断ち、敵を焦らせる。同時に北の壁の弱点を突く。二つの手をどう組み合わせるか。頭の中で策が少しずつ形になっていく。


「コルネリア。北の壁を崩すにはお前が壁のすぐ近くまで行く必要がある。危険だ。やれるか」


「やる」


 コルネリアは即答した。


「あなたが私を守ってくれるなら。私はあなたの策を信じてる」


 その言葉の重みにザインは一瞬、言葉を失った。かつて『私が死んでもいい』と言った魔法使いが、今は『あなたを信じる』と言う。その変化が何より、ザインの背を押した。


「ああ。必ず守る。約束だ」


 偵察の帰り道、ガロがにやにやしながら肩を寄せてきた。


「おい、ザイン。お前と嬢ちゃん、最近、いい雰囲気じゃねえか」


「馬鹿を言うな。隊の魔法使いと、指揮官だ。それだけだ」


「ふーん。まあ、そういうことにしといてやるよ」


「ガロ」


「へいへい、分かってるって」


 ガロがけらけらと笑う。ザインは軽く頭を振った。だが否定しきれない何かが、胸の奥に確かにあった。その正体に今は向き合っている暇はなかった。城が待っている。


 陣に戻ると、ザインは策を文にまとめた。水路を断ち、敵を焦らせ、北の壁を内外から崩す。三つの手を一つの流れに織り上げる。


「あとはこれを上に通すだけだ」


 ザインは低く呟いた。だがその『だけ』が何より厄介なのだと、ザインは知っていた。戦場の敵より、味方の中の壁の方が、時に手強い。ボードの顔が頭をよぎった。


「策が見えてきた」


 ザインは低く言った。


「まず水路を断つ。城を焦らせる。敵が籠城を諦めて、北門から打って出てきたところを、こっちが待ち構える。そして混乱に乗じて、コルネリアが北の壁の弱点を突く。内と外から、城を崩す」


「おいおい、また無茶な策かよ」


 ガロが呆れたようにしかしどこか嬉しそうに言った。


「だがお前の無茶は当たるからな。乗ってやるよ」


「ありがとう、ガロ」


 ザインは小さく笑った。


 偵察を終え、一団は陣へ戻った。ザインはこの策をドレクを通じて上層部へ進言するつもりだった。


 だがそこにはまた一つの壁が待っていた。ボードだ。平民の策をあの男がすんなり通すはずがない。


「面倒だがやるしかない」


 ザインは拳を握った。


 頭上に二つの月が昇っている。


 その蒼い光の下でザインは城を崩す策と、それを阻む人の壁、その両方を見据えていた。

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