第45話 膠着
カランドの攻防は膠着した。
帝国軍は幾度も城壁に取りついた。だがそのたびにロウガの巧みな守りに撥ね返される。油、落石、火矢。攻め手の勢いをことごとく逆手に取られ、屍ばかりが積み上がっていく。
数日が過ぎても城は落ちなかった。
「もう五日だぜ。攻めても攻めても跳ね返される」
ガロが野営の焚き火を前にぼやいた。
「兵の士気もだだ下がりだ。仲間がどんどん死んでいくのを見て、誰が元気でいられるよ」
「ガロ、お前にしては弱気だな」
バルガが横から茶化した。
「弱気じゃねえ。現実を言ってるだけだ。五日も無駄に死人を出して、城はびくともしねえ。これが弱気にならずにいられるかよ」
「だからザインが考えてる。お前は黙って飯でも食ってろ」
「……ちっ。古参はこれだから」
軽口の応酬。だがその裏で二人ともザインの地図を覗き込んでいた。膠着を破る糸口を皆がザインの読みに託していた。
「焦るな」
ザインは地図を広げていた。カランドの城と、その周辺の地形を丹念に書き込んだ地図だ。
「力攻めが通じないなら別の道を探す。城ってのは必ずどこかに弱点がある。完璧な城なんて、ない」
「弱点ねえ……」
バルガが煙管をくゆらせながら、覗き込んだ。
「俺の経験じゃ、城の弱点は三つだ。水、糧、人心。籠城ってのは結局、中の蓄えとの戦いだからな」
「その通りだ、バルガ」
ザインは頷いた。古参の経験がまた一つ、思考の助けになる。
「水と糧、か。だがバルガ。どっちもすぐには断てない」
「ああ。城ってのは籠城を前提に作られてる。蓄えも相応にある。一朝一夕じゃ、落ちねえ」
「それでも糸口にはなる。完璧な守りなんて、ない。ロウガがどれだけの名将でも、城そのものの弱点までは、消せない」
ザインの言葉にバルガが感心したように唸った。
「お前、敵を恐れちゃいねえな」
「恐れてる。だが恐れたまま、止まりはしない」
その夜、ザインは遅くまで地図と睨み合っていた。
隣にコルネリアがそっと腰を下ろす。
「眠らないの」
「ああ。城の弱点が見えそうで見えない。もう少しなんだ」
「……一人で抱え込まないで。私もガロもバルガもみんな、あなたの力になりたい。それが嬉しいの」
コルネリアの言葉が、張り詰めたザインの心を、わずかに緩めた。
「ありがとう。……そうだな。一人じゃ、ない」
ザインはふっと息を吐いた。
二人の頭上で二つの月が静かに瞬いている。
「明日の偵察、頼りにしてる」
「ええ。私の目で見えるものは、全部見てくる」
コルネリアの声には、かつてない張りがあった。守られるだけの存在から、共に戦う仲間へ。彼女もまた、変わりつつあった。
「ロウガは守りの名手だ。正面の備えに隙はない。だが城に籠もる以上、補給は要る。水と糧。それを断てれば、ロウガの守りも内側から崩れる」
「でも伍長殿、この城、川が近くを流れてますよね」
マルトが地図を指した。
「川から水を引いてるなら水攻めは難しいんじゃ……」
「鋭いな、マルト」
ザインはその川筋をじっと見つめた。
「だが逆に言えば、川がこの城の生命線だ。城が川のどこから水を引いてるか。それを突き止めれば、糸口になる」
その時、コルネリアが静かに口を開いた。
「ザイン。一つ、いい?」
「ああ、何だ」
「私、ずっと城壁を見ていて、気づいたの。北側の壁の一部、石の色が他と違う。たぶん後から修復した箇所。古い城は修復した場所が一番もろい」
ザインの目が見開かれた。
「……それだ、コルネリア。よく気づいた」
彼女の、魔法使いとしての観察眼。それが思わぬ糸口を示していた。
「北の壁の修復箇所と、川からの水路。この二つをもっと詳しく調べる。そこにこの城を落とす鍵がある」
ザインは地図に二つの印をつけた。
膠着した戦況。だがそれを打ち破る糸口は、確かに見え始めていた。仲間一人一人の目が別々の角度から、城の弱点を照らし出していく。
「明日、北の壁と川を偵察する。マルト、お前も来い。コルネリア、お前の目も借りたい」
「ええ、もちろん」
頭上に二つの月が昇っていた。
その蒼い光が膠着した戦場と、知恵を絞る一団を静かに照らしている。
力で破れぬ壁を知恵で崩す。ザインの戦いはここからが本番だった。
知恵を絞れば、道は見える。ザインは、その確信を、強くしていた。




