表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/126

第44話 名将の手

 破城槌が東門に取りついた。


 守兵を払われた門へ、丸太の巨大な槌が轟音とともに叩きつけられる。一撃、二撃。鉄の門が軋みを上げて、わずかに歪む。


「いけるぞ! このまま破れる!」


 ガロが興奮して叫んだ。


 だがザインの表情は晴れなかった。


「……おかしい」


「あ? 何がだよ。門が破れそうじゃねえか」


「敵が東門の守兵をこれ以上補充してこない。あれだけ重要な門なのに、見捨てたみたいに静かだ」


 ザインの目が城壁の他の箇所へ向いた。


 その時、城壁の上で王国兵が一斉に動いた。彼らは東門ではなく、その両脇の壁の上に集まっていく。そして煮え立った油の大釜を、傾け始めた。


「……まずい。退け! 破城槌を引け!」


 ザインが叫んだ、刹那。


 城壁の上から、熱した油が滝のように降り注いだ。破城槌に取りついていた兵たちが、悲鳴を上げて転げ回る。続いて、火矢が射かけられ、油は一気に燃え上がった。


 破城槌が炎に包まれる。


「な、なんだよこれ……!」


 ガロが青ざめた。


「門をわざと囮にしやがった。破城槌をおびき寄せて、油で焼く気だったんだ」


 ザインは唇を噛んだ。


 東門の守りが薄かったのは、油断ではない。罠だった。攻め手を一点に誘い込み、まとめて焼く。見事な、城の守り方だった。


「くそっ、味方が焼かれてる……! 助けねえと!」


 ティムが駆け出そうとした。その腕をバルガが掴んだ。


「行くな。今飛び込んだら、お前も焼ける。あの油はまだ落ちてくる」


「でも……!」


「気持ちは分かる。だが無駄死には誰も救わねえ」


 バルガの声は低く、苦かった。十年の戦場でこうして仲間を見捨てる痛みを、何度も味わってきたのだろう。その重みがティムの足を辛うじて止めた。


「この采配……ロウガか」


 ザインの背筋に覚えのある冷たさが走った。


 退却戦で見せた、あの鋭さ。攻める者の心を読み、その勢いを逆手に取る。今、城の守りで見せられているのも、同じ手だった。ロウガはこのカランドの守備も、指揮している。


「伍長殿、あの将のこと、知ってるんですか」


 マルトが震える声で尋ねた。


「ああ。ラーゲンの後、退却戦で一度知恵を競った。王国の名将、ロウガだ。……攻め方も守り方も一級だ。生半可な力攻めは全部読まれる」


 ザインは燃える破城槌を見つめた。


 まともにぶつかれば、帝国軍は城壁の前で屍の山を築くだけだ。ロウガがいる限り、力押しは通用しない。


「なあザイン。その、ロウガってのはそんなにすげえのか」


 ガロが燃える門を見ながら尋ねた。


「すごい。退却戦も籠城戦も一流だ。あの男はこっちが何を考えてるかを、先に読む。俺たちが『門が破れそうだ』と勢いづいた、まさにその心を利用された」


「うへえ……敵にしたくねえ将だな」


「ああ。だがいつか必ず、正面からぶつかる。その時のために今は学ぶ。あの男の手を一つ残らず、頭に刻む」


 ザインの目は燃える門の向こう、見えないロウガの姿を、睨んでいた。


 退却する分隊の背に、城壁の上から、勝ち誇るような角笛が響いた。


「ちくしょう、笑ってやがる」


 ガロが悔しげに振り返った。


「ガロ、振り返るな。今日は負けだ。それを認めろ」


「認めたかねえな」


「認めなきゃ、次がない。負けを認めて、なぜ負けたかを学ぶ。それができる奴だけが、最後に勝つ」


 ザインの言葉にガロは渋々頷いた。悔しさを糧に変える。それがこの隊の流儀になりつつあった。


 陣へ戻る道でザインは燃え落ちた破城槌を、もう一度振り返った。あの炎の中で何人が死んだか。その重さを忘れまいと胸に刻む。


 ロウガ。次は必ず読み勝つ。ザインの闘志は敗北の中でかえって硬く研ぎ澄まされていた。


「ガロ、バルガ。一度退くぞ。ここで無理に攻めても、兵を失うだけだ」


「逃げるのか」


「逃げるんじゃない。仕切り直すんだ」


 ザインは静かに言った。


「力で破れない壁は頭で破る。ロウガが攻め手を読むならその読みの、さらに裏をかく。だがそれにはこの城をもっと知らないといけない」


 分隊は燃える東門から、後退した。


 頭上で二つの月が戦塵の向こうに霞んでいる。


 カランドの城壁は名将ロウガの守りによって、鉄壁となっていた。だがザインの中ではその鉄壁を崩すための、新たな問いが静かに芽生え始めていた。


 負けた日こそ、学ぶことは多い。ザインは、その教訓を、胸に深く刻んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ