第43話 城壁
左面の危機を退けても、戦の本番はこれからだった。
カランドの城壁が帝国軍の前に立ちはだかっている。高く、分厚い石の壁。その上から、王国兵が矢と石を雨のように降らせてくる。
「うわっ、危ねえ!」
ガロが盾を頭上に掲げて、矢をやり過ごした。
「なんだあの壁は! 近づくだけで蜂の巣だぞ!」
「城攻めはこういうものだ」
ザインは盾の陰から城壁を見上げた。
「平地の戦と違って、攻める側が圧倒的に不利だ。壁の上から撃ち下ろされる。梯子をかけても登る間に的にされる。まともにやれば、屍の山を築くだけだ」
「じゃあ、どうすんだよ」
「考えてる」
ザインの目が城壁を端から端までゆっくりと舐めていく。石の積み方。崩れかけた箇所。門の位置。守兵の密度。攻略の糸口を必死に探していた。
「伍長殿、また難しい顔して、何を見てるんで?」
ティムが矢の合間に尋ねた。
「壁の弱いところを探してる。どんな城にも必ずある。一様に見えて、石の古さも積み方も場所によって違う。古くて、もろい場所。そこが攻め口になる」
「へえ……同じ壁にしか見えませんけど」
「見えるようになれ。見えれば、生き残れる」
ザインは淡々と言った。城壁ひとつにも無数の情報が詰まっている。それを読み取る目こそ、ザインの武器だった。
その時、後方から伝令が走ってきた。
「ザイン伍長! 軍より命令! 貴隊はコルネリア殿の魔法で、東門を攻撃せよとのこと!」
「東門か」
ザインは東門を見やった。鉄で補強された、頑丈な門。あれを破れば、帝国軍が一気になだれ込める。
「コルネリア。あの門を焼けるか」
馬を下りたコルネリアが、東門を見据えた。
「門そのものは石と鉄。焼くのは難しい。でも……門の上の、守兵を吹き飛ばすことはできる。守りが薄くなれば、破城槌が近づける」
「それだ」
ザインは頷いた。
「お前が守兵を払う。その隙に破城槌が門を叩く。だが詠唱の間、お前は無防備だ。城壁からの矢が降り注ぐ。それを俺たちが防ぐ」
「いつも通り、ね」
コルネリアがわずかに微笑んだ。
「ええ。任せる。あなたたちが盾になってくれるなら私は撃てる」
ザインの分隊がコルネリアを囲んで東門へ近づいた。
「盾を隙間なく重ねろ! コルネリアに一本の矢も通すな!」
ザインの号令で兵たちが盾の壁を作る。その内側でコルネリアの杖に蒼い光が灯り始めた。
城壁の上から、矢が降り注ぐ。盾を激しく打つ。
「くっ……重いな、これは!」
ガロが歯を食いしばって盾を支える。バルガもティムも必死に盾を構え続ける。一本でも隙間が空けば、コルネリアに矢が届く。
「ガロ、右が空いてる! 詰めろ!」
「分かってる、分かってるって!」
ガロが必死に盾を寄せる。矢が立て続けに盾を貫かんばかりに突き刺さる。一本がガロの腕を掠めた。
「いってえ……! くそ、コルネリアの嬢ちゃん、まだかよ!」
「もう少し」
コルネリアの声は矢の雨の中でも揺るがない。彼女の集中を誰も切らせはしない。それがこの盾の壁の、誇りだった。
「あと少しだ! 持ちこたえろ!」
ザインが叫んだ、その時。
「――蒼焔!」
コルネリアの杖から、蒼い焔が東門の上へと放たれた。
城壁の上の守兵が炎に呑まれて吹き飛ぶ。門の守りにぽっかりと穴が開いた。
「今だ! 破城槌、前へ!」
ザインの号令を受け、帝国軍の破城槌が守りの薄くなった東門へと突き進んでいく。
頭上で二つの月は戦塵に霞んで見えない。
だが難攻不落に見えた城壁に、初めて、攻略の糸口が開きかけていた。
「やったぞ、嬢ちゃん! 守兵が吹っ飛んだ!」
ガロが歓声を上げた。だがコルネリアは杖を支えに肩で息をしている。一撃ごとに彼女は力を絞り尽くす。
「無理をさせたな」
ザインは彼女の体をそっと支えた。
「平気。これくらい……あなたの隊の役に、立てるなら」
その言葉にザインは静かに頷いた。城壁を背に分隊は次の一手へと、息を整える。長い城攻めの、まだ最初の一歩だった。
「しかし城ってのは厄介だな」
バルガが汗を拭いながら言った。
「平地ならお前の読みで、どうとでもなる。だが壁が相手じゃ、そうもいかねえ」
「ああ。だが壁にも必ず穴はある。それをこれから探す」
城は固い。だが、必ず崩してみせる。ザインは槍を握り直し、静かにそう誓った。




