第42話 一手
迫る騎兵を前にザインは一瞬で策を組み上げた。
「全員、聞け!」
ザインの声が戦場の喧騒を裂いた。
「あの騎兵を正面から止めるのは無理だ! だが足を鈍らせることはできる! マルト、近くの隊に伝令を飛ばせ! 『左面に騎兵、槍衾を作れ』とな!」
「ででも誰も信じてくれなかったら……!」
「今、騎兵が見えてる! 目の前の事実だ! 信じるしかない! 走れ!」
マルトが弾かれたように駆け出した。
ザインは自分の分隊を騎兵の進路の手前へ動かした。
「ガロ、バルガ! ここにありったけの障害を作る! 倒れた荷車、折れた槍、何でもいい! 馬の足を止めるんだ!」
「正気か! たった十数人で騎兵の突撃を!?」
「止めるんじゃない! 逸らすんだ!」
ザインは迫る馬蹄を睨んだ。
「馬は足元の悪い場所を嫌う。障害を置けば、騎兵はそこを避ける。避ければ、進路が曲がる。曲がった先に味方の槍衾を待たせれば――」
「……敵の突撃をこっちの都合のいい場所に、誘導するってことか」
バルガが唸った。
「無茶苦茶だ。だが面白え」
「バルガ、お前、こういう無茶が嫌いじゃねえだろ」
ガロが荷車を引きずりながら笑った。
「嫌いだ。だが勝てる無茶は別だ」
「言うねえ!」
二人が屍と荷車で急ごしらえの壁を築いていく。その間も騎兵の地鳴りは刻一刻と近づいてくる。手が震える。だが止めない。ここで一つでも多く障害を積めば、馬は怯む。それが何百の味方の命に変わる。
分隊が必死に障害を積み上げる。倒れた荷車、敵味方の屍、折れた武具。急ごしらえの、無様な壁。だがそれでよかった。馬さえ怯ませれば。
「マルトの伝令、間に合うかな」
ティムが障害を積みながら、不安げに呟いた。
「あいつの足を信じろ」
ザインは短く答えた。
「足の速さだけは隊で一番だ。だから斥候に選んだ。間に合わせる。あいつはやる」
その言葉通り、マルトは戦場を駆け抜けていた。飛び交う矢を掻い潜り、味方の隊長へ、必死に叫ぶ。
「左面に騎兵! 槍衾を! ザイン伍長の指示です!」
最初、隊長は訝しんだ。だが現に騎兵が丘から出てくるのを見て、即座に動いた。槍衾が組み上がっていく。
点と点が線になる。ザインの読みと、仲間の足と、味方の信。それが一つに繋がった瞬間だった。
一人では何もできなかった。ザインの読みもマルトの足がなければ届かない。味方が信じてくれなければ、槍衾はできない。多くの手が一つの線で繋がって、初めて破局を覆す。それがザインの戦い方だった。
騎兵の波が迫る。
先頭の馬が障害を前にして、いっせいに進路を変えた。ザインの読み通り、足元の悪い一帯を避け、騎兵の群れが左へと流れていく。
そしてその左には――。
「今だ! 槍衾、構え!」
マルトの伝令を受けた味方の隊が、誘導された騎兵の正面に、槍の壁を立てていた。逸らされた騎兵がその槍衾へ、まともに突っ込んでいく。
悲鳴と、馬の嘶き。突撃の勢いが槍の壁に砕けた。
横撃は防がれた。
無防備なはずだった帝国軍の左面は、辛うじて、破局を免れたのだ。
「……やりやがった」
ガロが呆然と呟いた。
「十数人で数百騎の突撃を逸らしちまった」
「俺たちだけの力じゃない」
ザインは肩で息をしながら言った。
「マルトが走って、味方が信じて槍衾を作った。それで初めて成った。誰か一人欠けても駄目だった」
戦場の混乱はまだ続いている。だが最大の危機は去った。
その時、戦場の向こうから、一騎の伝令が駆けてきた。
「ザイン伍長! ドレク軍曹より伝令! 『お前の分隊が左面を救った。上層部も認めた』とのこと!」
ザインは短く頷いた。
ボードが無視した伏兵を、自分の分隊が防いだ。その事実はもう誰にも否定できない。
「ざまあみろ、ボードの野郎!」
ガロが汗だくの顔で吼えた。
「平民斥候の妄想だぁ? その妄想にてめえの軍が救われたんだよ!」
「ガロ。勝ち誇るな」
ザインは静かに窘めた。
「まだ戦は終わってない。それに……読みが当たって、嬉しいわけじゃない。当たらなければ、味方が死んでた。それだけのことだ」
ガロはばつが悪そうに頭を掻いた。
「……お前はほんと、そういう奴だよな」
二つの月は昼の空に隠れて見えない。
だがザインの会戦デビューは、最悪の破局を最良の形で覆す一手から始まっていた。戦はまだ半ばだった。




