第41話 カランド開戦
夜明けとともにカランドの会戦が始まった。
帝国軍の戦鼓が地を揺らす。槍を構えた歩兵の波が、王国軍の防御陣へ向かって、一斉に前進を始めた。
「行くぞ、お前ら!」
ザインは分隊を率いて前進した。
「固まりすぎるな! だが離れすぎるな! 俺の声が届く範囲で動け!」
「へいへい、伍長殿の仰せのままに!」
ガロが軽口を叩きながら槍を構える。その軽さがかえって兵たちの強張りを解いた。
「ガロ、お前、こんな時までよく軽口が叩けるな」
バルガが呆れたように言った。
「強張ってちゃ、槍も振れねえだろ。笑える余裕がある奴が、生き残るんだよ」
「……一理あるな。十年早えが」
「その『十年早え』、口癖かよ」
軽口を叩き合いながらも、二人の目は戦場をしっかりと捉えている。恐怖を軽口で抑え込む。それも歴戦の兵の術だった。
両軍が激突した。
槍と槍がぶつかり、盾が砕ける。怒号と悲鳴が平野を埋め尽くす。ラーゲンの時よりもはるかに激しい。攻める側の帝国軍は城壁を背にした王国軍へ、次々と兵を叩きつけていく。
「伍長殿、右がやばいです!」
ティムが叫んだ。
「味方の隊が押されてる!」
ザインは戦場を見渡した。右隣の中隊が王国軍の反撃を受けて、じりじりと後退している。このままではそこに穴が開く。穴が開けば、敵がなだれ込む。
「バルガ、ガロ! 右の味方を支えるぞ! マルト、お前は丘から目を離すな!」
「丘ですかい」
「ああ。あの伏兵がいつ動くか。動いた瞬間に俺に知らせろ」
「合点!」
マルトが戦いの合間にも右の丘を警戒し続ける。
ザインの分隊は押されている味方の側面へ回り込んだ。
「横から支える! 敵の側面を突け!」
十数人の分隊が王国軍の横腹に突き刺さる。数は少ない。だが不意を突かれた敵の勢いが、わずかに鈍った。その隙に後退していた味方が踏みとどまる。
「ティム、新兵たちを下げさせるな! 一歩でも引いたら、ずるずる崩れる!」
「ははい! みんな、踏ん張れ! 伍長殿が見てる!」
ティムが必死に声を張る。かつて足を捻り、運ばれた若い兵が今は仲間を鼓舞している。その成長をザインは戦いの合間に、ちらりと感じ取った。
分隊の働きで崩れかけた味方の右翼が、辛うじて持ち直す。だがそれも束の間のことだった。
「助かった……! お前ら、どこの隊だ!」
味方の兵が息を切らして叫んだ。
「ザイン伍長の分隊だ! 立て直せるか!」
「ああ、いける! 恩に着る!」
穴は塞がれた。だがザインに安堵している暇はなかった。
戦場全体を見渡せば、帝国軍の攻勢はまだ王国の防御陣を崩しきれていない。城壁という壁を背にした守りは、固い。攻める側の損害が刻一刻と積み上がっていく。
「伍長殿!」
その時、マルトが血相を変えて叫んだ。
「丘です! 丘の騎兵が動きました!」
ザインの背筋が凍った。
来た。ボードが無視した、あの伏兵。数百騎の騎兵が丘の陰から、平野へ躍り出てくる。狙いは攻めに気を取られた帝国軍の、無防備な横腹だった。
「……まずい」
ザインは唇を噛んだ。
上層部はこの騎兵に備えていない。横撃を受ければ、帝国軍の左面は崩れる。何百、何千の兵が混乱の中で死ぬ。
誰も備えていない。誰も止められない。
だが、ザインは諦めなかった。
二つの月は昼の空に隠れて見えない。
だがザインの頭の中では、迫る破局への対抗策が、稲妻のように組み上がり始めていた。
今こそ、これまで積み上げてきた読みの全てを、注ぎ込む時だった。
「伍長殿、どうするんですか! あの騎兵、止められませんよ!」
ティムが悲鳴のような声を上げた。
「正面からはな。だが手はある」
ザインは迫る騎兵の群れと、その進路の地形を素早く見比べた。馬はどこを通りたがるか。どこを嫌うか。前世の知識と、この体で培った戦場の勘が、一つの活路を描き出していく。
「ガロ、バルガ、ティム、マルト。よく聞け。これから、無茶をやる。だがお前らを信じて言う。必ず、成功させる」
ザインの声は不思議なほど落ち着いていた。その落ち着きが浮足立った兵たちを、辛うじて繋ぎ止める。
恐怖は伝染する。だが落ち着きもまた、伝染する。指揮官が動じなければ、兵は崩れない。ザインは自分の声と表情が、隊全体の支えになっていることを、肌で感じていた。
「……お前がそう言うならやってやるよ」
ガロが槍を握り直した。




