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第40話 布陣を読む

 カランドの手前で帝国軍は陣を布いた。


 街の前には王国軍がすでに防御陣を敷いている。両軍の間に広がる平野が、まもなく戦場となる。


 その夜、ザインは斥候として、敵陣の偵察に出た。ガロとマルトを連れ、闇に紛れて平野を進む。


「伍長殿、敵の篝火、数えきれませんね」


 マルトが声を殺して言った。


「数えるな。配置を見ろ。火が密なところと、まばらなところがある。密なところが敵の主力だ」


「なるほど……」


「ガロ。あの右の丘、何か見えるか」


「暗くて、よく分からねえな。ただ妙に静かだ」


「だろう。火が一つもない。普通、丘の上は見張りを置く。なのに真っ暗だ」


 ザインはその丘をじっと睨んだ。


「あそこに何かを隠してる。伏兵か、別働隊か。火を消して、こっちに気取られないようにしてる」


 三人は身を低くして、丘の麓まで近づいた。風に乗って、かすかに馬のいななきが聞こえる。それも一頭や二頭ではない。


「騎兵だ」


 ザインは確信した。


「丘の陰に騎兵を隠してる。会戦が始まって、両軍がぶつかった頃合いを見て、横から突っ込ませる気だ。帝国軍が攻めに気を取られた、その隙を狙ってる」


「うわ、えげつねえな」


 ガロが顔をしかめた。


「これを知らずに突っ込んでたら、横っ腹を食い破られてたぜ」


「ああ。だから俺たちが見てきた」


「しかし伍長殿、よくこんな真っ暗な丘に、騎兵がいるって分かりましたね」


 マルトが感心したように囁いた。


「火がないのが不自然だからだ。本当に何もない丘なら見張りくらい置く。それすらないってことは、わざと気配を消してる。気配を消す理由は隠れてるからだ」


「な、なるほど……」


「いいか、マルト。戦場じゃ、『ある』ものより『ないはずなのにない』ものを疑え。それが生き残るコツだ」


 マルトが真剣な顔で頷いた。古参のバルガから戦い方を、ザインから読み方を。若い兵は戦場で少しずつ育っていく。


 偵察を終え、三人は陣へ戻った。ザインはすぐにドレクへ報告した。


「右の丘に伏せた騎兵がいます。会戦の最中に横撃を仕掛けるつもりです」


 ドレクの顔が険しくなった。


「確かか」


「馬のいななきを確かめました。数はおそらく数百騎。無視して攻めれば、横腹を抉られます」


「……よし。上に伝える。お前の目だ、間違いあるまい」


 ドレクはすぐに本陣へ走った。だがしばらくして戻ってきた軍曹の顔は、苦々しげだった。


「どうしました」


「ボードだ」


 ドレクが低く吐き捨てた。


「あの男が軍議にいた。お前の報告を『平民斥候の臆病な妄想』と一蹴しやがった。丘の騎兵など、ただの遊軍だろう、とな」


 ザインの胸に冷たいものが走った。


「無視するんですか、あの伏兵を」


「上層部は半信半疑だ。だがボードの声が大きい。……すまん。俺の力ではここまでだ」


 ザインは奥歯を噛んだ。


 見抜いた伏兵が政治の都合で無視される。読み勝ってもその読みが届かなければ、意味がない。これが身分の壁か。


「くそ……っ。せっかく伍長殿が見抜いたのによ」


 報告を聞いたガロが、悔しげに地面を蹴った。


「貴族様ってのは平民の手柄がそんなに気に入らねえのかよ」


「気に入らないんだろうな。俺たちが正しいと、自分たちの権威が揺らぐ」


「馬鹿げてる。そんなことで何百の兵が死ぬかもしれねえんだぞ」


「ああ。だから俺たちが備える」


 ザインは静かにしかしきっぱりと言った。


「上が動かなくても目の前の事実は変わらない。あの騎兵は来る。なら来た時に動ける用意だけは、しておく」


 上が動かないなら自分の手の届く範囲だけでも守る。それが今できる精一杯だった。夜のうちに見張りの番を組み直し、丘へ目を向ける位置に兵を置いた。ガロが黙って頷いた。


 頭上に二つの月が昇っていた。


 その蒼い光の下でザインは丘の闇をもう一度見据えた。あの騎兵は必ず動く。問題はその時、誰が備えているかだった。



「伍長殿。本当に俺たちだけであの騎兵に備えるんですか」


 マルトが不安げに尋ねた。


「ああ。だが無理に止めようとは思ってない。動きを見て、味方に知らせる。それだけでも混乱はずっと減る」


「俺たちにできること、ですね」


「そうだ。できないことを嘆くより、できることをやる。それが生き残る兵の考え方だ」


 マルトがぐっと拳を握った。

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