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第38話 次なる戦野

 伍長となって、半月が過ぎた。


 ザインの肩には正式に一個分隊が預けられた。これまでの斥候隊の七人に加え、新たな兵が何人か加わり、十数人を率いる立場になった。


 責任は重くなった。


 非公式の長だった頃とは、訳が違う。今は軍の制度の上で十数人の生死を背負っている。命令を下し、彼らを戦場へ送る。その一つ一つが誰かの命に直結する。ザインはその重みを日々噛みしめていた。


 十数人ともなれば、性格も力量も様々だった。古参のバルガもいれば、まだ戦に慣れぬ新兵もいる。その一人一人の長所を見極め、適した役を与える。指揮とは人を知ることでもあった。ザインは新しい部下たちと、一人ずつ言葉を交わし、その人となりを覚えていった。


 だがその重みは望んだものだった。


 守れる命が七人から、十数人に増えた。いつか、もっと増える。そのために自分は上を目指してきた。重さに潰されるのではなく、重さを支えにさらに上へ。ザインはそう心を定めていた。


 ある日、中隊に新たな命令が下った。


 ドレクが分隊長たちを集めて、それを告げた。


「帝国軍は攻勢に転じる」


 軍曹の声が低く響いた。


「ラーゲン以来、膠着していた戦線を、ここで動かす。西の要衝、カランドの街を巡って、大規模な会戦が起きる。我が中隊もその主力の一翼として、投入される」


 分隊長たちの間に緊張が走った。


 カランド。西の要衝を巡る、大規模な会戦。ラーゲンに続く、二度目の大会戦だった。だが今度は左翼の端の守りではない。攻勢の一翼として、戦の中心に近い場所で戦うことになる。


 カランドは西部の交通の要だった。そこを押さえれば、王国の補給線を断てる。逆に落とせなければ、帝国の攻勢は頓挫する。両軍が総力を挙げてぶつかる。ラーゲンを超える、大きな戦になることは、誰の目にも明らかだった。


「ザイン伍長」


 ドレクがザインを見た。


「お前の分隊は引き続き斥候を務める。だが今度は会戦の趨勢を左右する偵察だ。敵の布陣、地形、伏兵。それを読み、本軍の進む道を示せ。お前の目に何千の兵の命運がかかる」


「承知しました」


 ザインは静かに頷いた。


 斥候の責任がまた一段、重くなった。一個分隊の偵察が会戦全体の趨勢を左右する。読み違えれば、何千が死ぬ。だが読み勝てば、何千が生きる。それが伍長となったザインの、新たな戦場だった。


 恐ろしくないと言えば、嘘になる。何千の命運を自分の目が左右する。その重圧はこれまでの比ではない。だがザインは怯まなかった。重圧から逃げれば、誰も守れない。引き受けるしかなかった。それが上へ行くと決めた者の責任だった。


 軍議の後、ザインは分隊を集めた。


 ガロ、バルガ、マルト。傷の癒えたティムも戻ってきていた。そしてコルネリアも。


「次はカランドだ」


 ザインは皆を見回した。


「ラーゲンより、大きな戦になる。だがやることは変わらない。俺が道を読む。お前たちがそれを支える。そして全員で生きて帰る。それだけだ」


「おう」


 ガロが頼もしく頷いた。


 バルガもティムもマルトも力強く応じる。コルネリアは静かにだが確かに頷いた。


 七人から始まった隊が、今や、一個分隊となって、次の戦野へ向かう。


 東の空に二つの月が昇っていた。


 大小ふたつの蒼い光が、進軍の支度を進める陣を、静かに照らし出している。


 成り上がりの道はまだ続く。徴募兵から、斥候へ。斥候から、伍長へ。そしてその先へ。


 カランドの会戦がザインたちを待っていた。次なる戦野でザインの読みはこれまでにない規模で試されることになる。


 だがザインの目にもう迷いはなかった。隣に信じ合える仲間がいる。それだけでどんな戦野へも踏み出していけた。



 ザインは槍を握り直した。


 カランド。次なる戦野で何が待つのかは分からない。ロウガが再び立ち塞がるのかもしれない。だが恐れはなかった。一人ではない。十数人の仲間と、一人の魔法使いと共に、その戦野へ踏み込んでいく。


 成り上がりの道の、新たな一章が今、始まろうとしていた。


 ザインはもう一度月を見上げた。


 徴募兵として死ぬはずだった男が、今、十数人を率いて大会戦へ向かう。前世では誰の記憶にも残らず消えるはずだった。だがこの世界でザインは確かに誰かに必要とされている。


 その実感を胸にザインは次なる戦野を見据えた。

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