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第36話 試す者

 推薦の審議の場は思わぬ形でやってきた。


 ザインは上層部の天幕に呼ばれた。中央には恰幅のいい将校が座っている。ヴェイル将軍の派閥に連なる、ボードという名の士官だった。


「お前が、ドレクの推す斥候か」


 ボードは値踏みするようにザインを見た。


「平民の徴募兵が、伍長とはな。世も末だ。だが、ドレクがそこまで言うなら、試してやろう」


 ボードは地図を広げた。


「明日、西の街道で、敵の補給隊が動く。それを叩く。お前が斥候として道を読み、作戦を立てろ。成功すれば、推薦を認めてやる。失敗すれば……分かるな」


 それは試験だった。だがザインの背筋に冷たいものが走った。


 ボードの口調にはどこか、ザインの失敗を望むような響きがあった。平民の成り上がりをここで潰す。そのための、仕組まれた試験ではないか。ザインはそう直感した。


 もし失敗すれば、推薦は潰れる。それだけではない。ドレクの顔にも泥を塗ることになる。自分一人の問題ではなかった。ザインはその重さを噛みしめた。だが同時にこうも思う。罠だと分かっているならその裏をかけばいい。仕組まれた試験こそ、読みの勝負だった。


 天幕を出ると、バルガが待っていた。


「嫌な役を押し付けられたな」


 古参は険しい顔をしていた。


「ボードは、ヴェイル派の中でも、特に平民嫌いで知られてる。お前を試すと言いながら、本心は潰す気だ。気をつけろ。あの手の連中は、わざと無理な条件を出して、失敗させる」


「分かってる」


 ザインは頷いた。


 その夜、ザインは斥候隊を率いて、西の街道を入念に探った。


 ボードの与えた情報には、案の定、罠の匂いがあった。叩くべき補給隊の道筋は、深い森を抜ける隘路に設定されている。一見、待ち伏せに絶好の地形。だがザインの目はその奥にある危険を読んだ。


「……ここは、逆に挟まれる」


 ザインは地図を睨んだ。


 補給隊を叩くために森へ入れば、その背後から、別の敵が現れる。ボードが与えた道筋は、味方を罠に誘い込む配置だった。指示通りに動けば、失敗するように仕組まれている。


「指示通りには、動かない」


 ザインは決めた。


 与えられた道筋を捨て、ザインは別の策を立てた。森には入らず、補給隊が森を抜けた先の、開けた場所で待ち伏せる。そこなら背後を突かれる心配はない。ボードの罠を逆手に取る。


 ザインは地形を隅々まで頭に入れた。森の出口。風の向き。本隊が展開できる開けた草地。そしてボードの別働隊が潜むであろう、森の奥。全てを読み切った上で、ザインは布陣を決めた。敵の罠をそっくりそのまま、敵自身に返す布陣だった。


 翌日、作戦は実行された。


 ザインの読み通り、補給隊は森を抜けてきた。開けた場所で本隊が一気にこれを叩く。そしてボードが仕込んでいたであろう別働隊は、森の中で空振りし、出る幕を失った。


 補給隊は壊滅し、味方の損害はほとんどなかった。


「……馬鹿な」


 報告を受けたボードの顔が、歪んだ。


 自分の仕組んだ罠を逆に利用された。平民の斥候にまんまと出し抜かれた。その屈辱がボードの顔にありありと浮かんでいた。


 ザインはその前に静かに立った。


「ご指示の道筋には、背後を突かれる危険がありました。なので、敵が森を抜けた先で叩きました。結果は、ご覧の通りです」


 淡々とした報告だった。だがその言葉はボードの企てを暗に見抜いていることを示していた。


 ボードは何も言い返せなかった。


 二つの月が昼の空に隠れて見えない。


 だがザインは最初の壁を確かに乗り越えていた。試す者の罠を読み勝ったのだ。


 ボードの試験は皮肉にもザインの名をさらに高める結果になった。罠を見抜き、逆手に取って勝つ。その手腕はヴェイル派の中にさえ、密かに認める者を生んだという。


 平民の斥候が貴族の仕組んだ罠を打ち破った。その噂は中隊を越えて、静かに広がっていった。



 帰り道、バルガが肩を並べた。


「やってのけたな。ボードの面が、見ものだったぜ」


「危ない橋だった。あの森に踏み込んでいたら、潰されてた」


「踏み込まなかった。それがお前の強さだ」


 バルガはニヤリと笑った。


 ザインは夜空を見上げた。一つ、壁を越えた。だがヴェイル派の敵意は、これで消えたわけではない。むしろ恥をかかせた分、根は深くなったかもしれない。その予感が胸の隅に残った。

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