表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/147

第34話 立て直す

 翌朝、ザインは塞ぎ込んでいた。


 ティムを傷つけた読み違いが、胸に重くのしかかっている。斥候の役目に自分は本当に値するのか。そんな迷いが初めて頭をもたげていた。


 眠るティムの寝顔が頭から離れない。あの傷は自分の読み違いが刻んだものだ。もし次も読み違えたら。もし今度は誰かが死んだら。考えるほどに槍を握る手が重くなった。


 迷う斥候は危うい。それは分かっていた。だが分かっていても心は簡単には晴れなかった。


 そこへ、バルガがやってきた。


 古参の男はザインの前にどかりと腰を下ろすと、しばらく黙って、煙管をふかした。それからおもむろに口を開いた。


「いいか、小僧。一つ教えてやる」


 バルガの声は低く、重かった。


「戦場で、読みを外さねえ将なんて、いねえ。十年見てきて、断言できる。名将と呼ばれる奴も、必ずどこかで読み違える。違うのは、その後だ」


「その後……」


「外した時、どう立て直すか。そこで、本物かどうかが分かれる。一度の失敗で潰れる奴は、それまでの器だ。だが、失敗を糧にする奴は、もっと上へ行く」


 バルガは煙を吐いた。


「お前は今日、初めて人を死なせかけた。その痛みを、忘れるな。だが、その痛みに溺れて、次の判断を鈍らせるな。お前が立ち止まれば、次に死ぬのは、また別の誰かだ」


「十年の間に、俺も何人も死なせた」


 バルガは煙管の灰を落としながら言った。


「その顔を、今も覚えてる。忘れちゃいねえ。だが忘れねえからこそ、次は死なせねえように頭を使う。死んだ奴への手向けは、涙じゃねえ。同じ過ちを繰り返さねえことだ」


 古参の言葉には十年分の重みがあった。ザインは深く頷いた。


 その言葉はザインの胸を静かに刺した。


 立ち止まっている場合では、ない。ティムは生きている。残りの仲間もまだ自分の読みを待っている。迷いに沈むことは彼らへの裏切りだった。


「……ありがとう、バルガ」


 ザインはゆっくりと立ち上がった。


 その日、ザインは敵の二重罠の手口を、徹底的に検証した。


 なぜ見抜けなかったのか。どこに兆候があったのか。囮の荷馬車の、車輪の沈み方。護衛の兵の、不自然な少なさ。今思えば、読み解く手掛かりは確かにあった。ザインはその一つ一つを頭に刻みつけた。


 二度と、同じ手は食わない。失敗を知恵に変える。それがバルガの言う立て直しだった。


 数日後、再び敵の補給隊を叩く機会が巡ってきた。


 今度こそ、本物の補給隊か。ザインは慎重に兆候を読んだ。車輪の沈み方。護衛の配置。荷の匂い。前回の失敗で得た、新たな目で。


「……これは、本物だ。だが、念のため、別働隊を警戒する」


 ザインは二重三重に手を打った。一つの読みに頼らず、裏を取る。退路も確保する。前回の苦い教訓がその全てに生きていた。


 ザインは隊にも新しい手順を徹底させた。一つの読みを必ず別の目で裏づける。マルトに別方向から偵察させ、バルガに地形を確かめさせる。自分一人の読みに隊の命を賭けない。前回の失敗がその用心深さを生んでいた。


 一度の綻びが隊をかえって強くしていた。


 数日後、ザインは軍医の天幕に、ティムを見舞った。


 ティムはまだ起き上がれない。だが顔色は戻りつつあった。


「ザインさん。俺、また槍を握れますか」


「握れる。傷が癒えたら、また俺の隊に戻ってこい。お前の居場所は、空けてある」


 ティムの目に涙が滲んだ。ザインはその肩にそっと手を置いた。失った時間は戻らない。だが繋がりは切れていなかった。


 作戦は成功した。


 敵の補給隊を叩き、しかも味方に一人の死者も出さなかった。別働隊が来た時もザインの警戒がそれを未然に防いだ。


「見事なもんだ」


 戦の後、バルガがにやりと笑った。


「ちゃんと、立て直したな。一度転んだ奴は、転び方を覚える。次から、転びにくくなるもんだ」


 ザインは小さく頷いた。


 失敗は消えない。ティムの傷も消えない。だがその痛みを糧に自分は一つ、強くなった。


 東の空に二つの月が昇っていた。


 その蒼い光を見上げながら、ザインは思った。立ち止まらない。倒れても立ち上がる。それが成り上がる者の、ただ一つの道だった。



 ティムの傷はいつか癒える。失敗の痛みは知恵に変わる。倒れた分だけ、立ち上がり方を覚える。ザインは自分の進む道の険しさを、改めて噛みしめた。それでも足は止めない。隣にまだ生きている仲間がいる限り。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ