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第27話 長い一日

 大会戦は丸一日続いた。


 左翼のザインたちは波状に押し寄せる王国軍を、幾度も押し返した。コルネリアの蒼い焔が左翼を支え、七人の円がその彼女を守る。その繰り返しで長い一日を凌ぎ切った。


 陽が西へ傾く頃、ようやく戦が緩んだ。


 中央では本軍同士の凄惨な押し合いが続いていた。帝国も王国も互いに決め手を欠いたまま、ただ兵を磨り減らし合う。地を埋める屍の数だけが、刻一刻と増えていった。


 その光景は地獄に近かった。槍と槍がぶつかり、人が人を押し潰す。倒れた者は味方に踏まれ、二度と起き上がらない。勝者も敗者もなく、ただ肉と鉄が擦り合わされていく。遠くからその唸りを聞くだけで、腹の底が冷えた。


 ザインは槍にすがり、肩で息をしていた。


 全身が泥と血にまみれている。自分の血か、敵の血か、もう分からない。腕は鉛のように重く、指は槍の柄の形に固まっていた。立っているのが不思議なくらいだった。


 今日一日で何度押し返したか、もう数えられない。第三波、第四波。数を増すごとに王国軍の勢いは鈍り、こちらの疲労は積もっていった。それでも円は破れなかった。誰も隣の者を見捨てなかったからだ。


 一度だけ、円が破れかけた。第四波で若い兵が倒され、横腹に穴が開いた。敵がそこへ殺到する。だがバルガが古参の槍で穴を塞ぎ、ティムが傷を負いながらも踏みとどまった。ザインは穴へ飛び込み、二人と肩を組んで壁を立て直した。


 あの一瞬、誰か一人でも逃げていれば左翼は崩れていた。逃げなかった。それがこの隊の強さだった。


 戦況を読もうと、ザインは平原を見渡した。


 勝ったわけではない。負けたわけでもない。一日を費やして、両軍はただ無数の死者を出し、もとの位置で睨み合っている。これが大会戦というものか。個の武勇も巧みな策もこの巨大な消耗の前では、あまりに小さい。


 それでもとザインは思う。この左翼が崩れていれば、本軍は横腹を突かれ、引き分けでは済まなかった。塵のような働きでも積もれば戦線を支える。一人の力では戦を変えられない。だがなすべき一点を守り抜くことは、できる。


 夕暮れの中、王国軍がゆっくりと退いていった。


 今日のところは引き分け。だが帝国軍は辛うじて戦線を保った。左翼が崩れなかったことが、その一因だと、後にドレクは語った。


「……生きてるか、お前ら」


 ドレク軍曹が左翼の端まで歩いてきた。


 その顔も泥と返り血で汚れていた。だがザインの斥候隊が一人も欠けていないのを見て、太い眉をわずかに上げた。


「魔法使いを守り切ったか。しかも、全員生きて。……上等だ」


 軍曹はコルネリアにも目をやった。


「お前の焔が、左翼を救った。礼を言う」


 コルネリアは軽く頭を下げただけだった。だがその仕草にはこれまでにないどこか落ち着いた色があった。一人で戦っていた魔法使いが、守られて戦った一日。それが彼女の中で何かを変えていた。


 ドレクが去ると、ザインはようやく地に座り込んだ。


 糸が切れたように力が抜ける。隣でガロもバルガもティムも次々と腰を下ろした。誰も口をきく気力さえ残っていない。ただ生きて夕日を見ている。それだけだった。


 ザインは汚れた手で顔を拭った。


 今日一日で何百、何千という兵が死んだ。その渦の中で自分はたった七人を生かした。戦全体から見れば、塵のような働きだ。だがその七人にとっては、すべてだった。


 ガロの軽口。バルガの重い槍。ティムの必死の顔。マルトの足。コルネリアの蒼い焔。その一つ一つが今日を生き延びさせた。守りたいものがここにある。前世では持てなかったものだった。


 名取真として生きた頃、守るべきものは曖昧だった。任務はあった。だがその先に顔の見える誰かがいたわけではない。今は違う。隣で笑い、隣で傷つき、隣で生きている仲間がいる。その違いがザインの背を支えていた。


 疲れ切った体に不思議と力が戻ってくる。生きている。仲間も生きている。ただそれだけで明日も立てる気がした。


 西の空に夕日が沈んでいく。


 やがて東の空から、二つの月が昇り始めた。大小ふたつの蒼い光が、屍の累なる平原を静かに照らし出していく。


 長い一日が終わろうとしていた。


 だが戦争はこの一日では終わらない。明日も明後日もこの消耗は続く。ザインは月を見上げ、まだ遠い終わりを思った。

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