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第26話 守る円

 第二波が左翼に襲いかかった。


 今度は数がさらに多い。王国軍は左翼を崩そうと、兵を惜しまず投入してくる。ここを破れば本軍の横腹を突ける。敵将もそれを承知だった。


 左翼が抜かれれば、本軍は横腹を晒す。横腹を突かれた軍は、どれほど強くても崩れる。前世でも、戦の勝敗を決めるのは正面のぶつかり合いではなく、こうした側面の綻びだった。だからこそ敵は、この端を執拗に狙ってくる。


 ザインは円を縮めた。


 無理に広く守ろうとすれば、薄くなって破られる。狭く、固く。コルネリアを中心に七人が肩を寄せ合う。守る範囲を捨てることで、守り切る。前世で学んだ防御の理だった。


「コルネリア。次は撃てるか」


「撃てる。でも続けて撃てば、立てなくなる」


「なら、ここぞという時まで取っておく。それまでは俺たちが支える」


 ザインは穂先を構え直した。


 魔法は無限ではない。一撃ごとに彼女は力を失う。撃つ時を誤れば、肝心な場面で撃てない。いつ放つか。その判断こそが斥候隊の生死を分けた。


 敵が押し寄せる。


 ザインは敵の流れを読んだ。どこが厚く、どこが薄いか。どの方角から最も激しく来るか。前世で叩き込んだ、戦況を俯瞰する目。それが混乱の中でも働いた。槍を振るう手より先に、頭が戦場を測っている。


「右が厚い! ガロ、バルガ、右を固めろ!」


 二人が即座に右へ寄る。


 左から来た敵はティムと若い兵が受け止めた。ザインは全体を見渡し、薄くなった場所へ自ら動いて穴を埋める。指揮官が一番危うい所に立つ。それで隊は崩れずに済んだ。


 だが、ただで済むはずもない。穴を埋めるたびに、誰かが傷を負う。若い兵の腕から血が流れ、ティムの頬が裂けている。それでも誰一人、円から逃げ出さなかった。逃げれば隣の者が死ぬ。その一点で、七人は繋がっていた。


 円が辛うじて保たれた。


 だが消耗は激しい。誰の息も上がり、腕は鉛のように重い。このまま波が続けば、いずれ円は破れる。ザインは焦りを腹の底に押し込めた。焦れば、判断が濁る。


 ザインは息を整え、もう一度戦場全体を見渡した。味方の本軍は、中央でかろうじて押し合いを支えている。右翼も、まだ崩れていない。ならば、この左翼さえ持ちこたえれば、戦線は保たれる。耐える。それが今日の自分たちの勝ち筋だった。


 その時、敵の一団がひときわ激しく突っ込んできた。


 精鋭だった。鎧の質が違う。明らかにコルネリアを狙っている。魔法使いさえ討てば左翼は落ちる。敵もそう読んでいた。


 円の一角が押し込まれた。若い兵が弾き飛ばされ、隊列に穴が開く。


「ここだ」


 ザインは低く言った。


「コルネリア、撃て。正面の精鋭ごと吹き飛ばせ」


「……っ」


 コルネリアの杖に再び蒼い光が灯る。


 ザインは隊を伏せさせ、自らは前に出て、詠唱が終わるまでの数瞬を稼いだ。迫る精鋭の穂先を紙一重で払う。一つ。二つ。肩を浅く裂かれ、熱い痛みが走った。それでも退かない。背中で彼女の詠唱が高まっていくのを感じる。


「――伏せて!」


 蒼い焔が放たれた。


 精鋭の一団が炎に呑まれて崩れる。狙いは正確だった。最も危うい一角が一瞬で消し飛んだ。


 ザインは地に伏せたまま、熱風をやり過ごした。


 顔を上げると、敵の第二波が潮のように引いていくところだった。二度の蒼い焔が左翼を守り切ったのだ。


「……やったな」


 ガロが泥だらけの顔で笑った。


 ザインは振り返り、膝をつくコルネリアに手を伸ばした。


「よくやった。お前のおかげで左翼は持った」


 コルネリアはその手を見つめた。差し出された手に一瞬、戸惑うように。やがて細い指がおずおずとザインの手を取った。冷たく、震えていた。


 戦場で人の手を取るなど、彼女には初めての事だったのかもしれない。ザインはその指を、そっと引いて立たせた。守ると言った。その言葉を、今日は守れた。ささやかな事だった。だがコルネリアの瞳に、ほんのわずか、これまでなかった色が差したのを、ザインは見逃さなかった。


 頭上の二つの月はもう昼の光に溶けて見えない。


 だが戦はまだ半ばだった。中央では本軍同士の本格的な激突が、今まさに始まろうとしていた。



 ザインは槍を握り直し、隊を見回した。ガロも、バルガも、ティムも、まだ立っている。コルネリアも、息は荒いが目に光がある。


 誰も欠けていない。それが、何よりの誇りだった。

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