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第22話 分隊の絆

 麦を分けてもらった夜、中隊は久しぶりに温かい粥にありついた。


 篝火を囲み、兵たちが椀をすする。飢えの不安が和らいでいた。野営地に低い笑い声が戻っている。


 ザインは火の傍らで椀を手にしていた。


 温かいものが腹に入るだけで、兵の顔つきは変わる。強張っていた頬が緩む。目に人らしい光が戻る。たかが一杯の粥がこれほど人を生き返らせるのだ。


 ザインはその光景を静かに見渡した。糧を運ぶという地味な働きが、今、目の前で実を結んでいた。


 その隣に若い兵が腰を下ろした。渡しの森で足を捻り、ザインとガロが運んだ兵だ。名をティムといった。


「ザインさん」


 ティムが椀を握りしめたまま言った。


「あの時、俺を置いていかなかったでしょう。走れなくなった俺を。普通なら見捨てて逃げるところだ。なのに戻ってきてくれた」


「当たり前だ」


 ザインは短く言った。


「一人を見捨てる隊は、いずれ皆を見捨てる。誰も置いていかない。それが俺の隊だ」


 ティムの目が潤んだ。


「俺、ずっと、徴募兵なんて頭数だと思ってました。死んでも誰も覚えてない。代わりはいくらでもいる。でも、あなたは俺を人として扱ってくれた」


 ザインは何も言わず、ただティムの肩を軽く叩いた。


 言葉はいらなかった。


 火を挟んだ向こうではバルガが若い兵たちに昔語りをしていた。十年の戦場で見た、無数の生と死。その語りに若い兵たちが食い入るように耳を傾けている。


 ガロがザインの隣にどかりと座った。


「変わったよなあ、この隊も」


 ガロは粥をかき込みながら言った。


「最初は烏合の衆だった。古参は新兵を見下して、新兵は怯えるばかりで。それが今じゃ、バルガが若いのに知恵を授けて、若いのがお前を信じてる。一つの隊になった」


 ザインは火を囲む顔ぶれをゆっくりと眺めた。


 バルガの古参の知恵。ティムたち若い兵の素直さ。マルトの足。ガロの義。そして自分の読み。


 ばらばらだった七人が、いくつもの危地を越えるうちに、一つの隊になっていた。互いの背中を預け合う隊に。


 信頼は言葉では生まれない。同じ危地をくぐり、同じ飢えを分かち、互いに命を救い救われて、初めて根を張る。井戸の毒を見抜いた日。森で伏兵を欺いた日。ティムを置き去りにしなかった日。その一日一日が見えない糸となって、七人を結びつけていた。


「俺は、何も特別な事はしてない」


 ザインはぽつりと言った。


「ただ、誰も死なせたくなかった。そのために頭を使った。それだけだ」


「その『それだけ』が、難しいんだよ」


 ガロが笑った。


「兵を駒だと思う指揮官は、いくらでもいる。お前みたいに一人一人を生かそうとする奴は、めったにいねえ。だから皆お前についていくんだ」


 ザインは答えなかった。ただ火を見つめていた。


 駒だと思った方が楽なのかもしれない。一人一人を人として見れば、その死はいちいち胸に刺さる。ルーカの遺品の重さを、ザインはまだ忘れていない。


 だがそれでも駒として扱う気にはなれなかった。前世で自分が頭数の一人として扱われた。その虚しさを知っているからだ。


 誰も頭数ではない。そう信じることが苦しくとも自分を自分でいさせる芯だった。


 ザインは空を見上げた。


 二つの月が大小ふたつの蒼い光となって、野営地を照らしている。


 火を囲む兵たちの影が地に長く伸びていた。その一人一人が生きて、明日も歩く。


 それは戦の勝敗とは関係のない、ささやかな勝利だった。だがザインにとっては、何より重い勝利だった。


「……明後日には、本隊に合流する」


 ザインは静かに言った。


「そこから先は、これまでとは桁が違う。何千、何万という兵がぶつかる大会戦だ。今までの小競り合いとは、わけが違う」


 火が低く爆ぜた。


 ザインの胸に期待と、それを上回る不安が入り混じる。


 七人の絆で隘路や伏兵は確かに越えてきた。だが大会戦の渦の中で、この絆を保ったまま全員を生かし切れるのか。


 ザインは椀を置き、火を見つめた。明日も、また道を読む一日になる。誰も死なせない。その一念だけを、胸の奥で握り直した。


 火の粉が、夜空へ舞い上がる。蒼い月の光に溶けて、すぐに見えなくなった。


 遠くで、夜営の馬が低くいなないた。兵たちの寝息が、少しずつ野営地に満ちていく。


 その問いの答えはまだ、二つの月の向こうに静かに隠れていた。

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