第144話 囮の荷
ザインは隊を集めて、狩りの段取りを語った。
溜め場の片隅に隊の生き残りが車座になった。ガロ。バルガ。マルト。カイル。そして肩の傷が癒えかけたコルネリア。みな二度の死地をくぐった顔だった。ザインは焼け残った荷札を中央へ置いた。
「敵は荷を狙う。なら荷を餌にする。いつもの道に、いつもの刻限で荷駄を出す。だが中身は糧じゃない。石と砂だ。狩人はそれと知らず襲いに来る。来たところを、こちらが囲む」
「囮の荷か」
バルガが太い腕を組んだ。
「狩人を、餌で釣るわけだな。鴉のガディウスの時と、似てるな」
「似ているが、違う。あの時は窪地の袋だった。今度は林の縁だ。敵は林に身を潜めて待つ。なら林ごと、退き口を塞ぐ」
ザインは地面に枝で道を描いた。林の縁の細い道。その先に分かれ道。敵が荷を焼いて引くなら引く先は限られる。馬の通れる道は二本きり。その二本を先に押さえれば、狩人は袋の中で立ち往生する。
ザインはこの狩りの肝を、改めて隊へ説いた。狩人を狩るには、狩人の癖を読まねばならない。糧道を荒らす遊撃は、速さと身軽さで生きている。重い荷も持たず、退きも速い。だからこそ、その速さを逆手に取る。深追いを誘い、引き際に道を塞ぐ。敵が己の速さに頼って勢いよく引いた、その先に、もう道がない。速い者ほど、塞がれた道の前で雪崩を打って止まる。鴉のガディウスを窪地で追い詰めたのと、根は同じ理だった。違うのは地形だけだった。窪地ではなく林とその先の二本道。地形が変われば手も変える。だが「敵の強みを縛りに変える」という芯は、ザインの戦のどこにも通っていた。
もう一つ、ザインは念を押した。
「焦るな。狩人は一度焼いて味を占めている。必ずまた来る。来るまで待て。待つのも戦のうちだ。腹を空かせて待つ前線の兵を思えば、こんな待ちは安い」
隊は黙って頷いた。待つことの辛さを、みな知っていた。だが待った先に、糧を満たし狩人を断つ勝ちがあるなら、待てた。前線で飢える味方の顔が、隊の背を押していた。
「マルト。お前が先に走れ。敵がどの林に潜むか、引く道はどこか。襲われる前に見てこい。お前の足だけが頼りだ」
「任せろ」
マルトが短く答えた。足の速い斥候は、己の役の重さを噛みしめていた。先に在処を読めねば、狩りは成り立たない。読みの将の目となり足となるのが、己の務めだった。
ザインはコルネリアへ目を向けた。
「お前の肩は、どうだ。無理にとは言わん」
コルネリアはゆっくりと腕を上げた。肩までは届いた。だが頭の上までは、まだ痛みが走った。
「焔は、放てる。低く撃つなら。退き道を塞ぐ火くらいは、引ける」
「十分だ。お前の火が、敵の退き道を断つ。だが無理はするな。お前を、また失いたくない」
ザインの言葉にコルネリアの硬い表情がわずかに緩んだ。戦の段取りの中で、ザインは珍しく私情を口にした。失いたくない。それは将の言葉ではなく一人の男の言葉だった。南の大敗で互いを失いかけた二人にとって、その一言は重かった。コルネリアは小さく頷いた。
「死なない。あなたの隣で、撃つ。今度は、もっと早く」
車座に、静かな熱がこもった。隊はティムを失い、軍は壊滅し、将は左遷された。だがその灰の中で、隊はもう一度、己の足で立とうとしていた。大きな旗の下ではない。小さくとも、己の読みと己の足で立つ戦だった。
ザインは枝で描いた道の上に、最後の一手を置いた。
「狩人は、糧を断って帝国を枯らそうとしている。だが断たれる側のまま、終わるつもりはない。荷を守り、狩人を狩り、前線へ糧を満たす。それが、俺たちの再起の一歩目だ。誰も、死なせるな」
誰も死なせるな。その一言に隊の全員が頷いた。ティムを死なせた戦の繰り返しは、もう御免だった。小さく勝つ。誰も欠けずに勝つ。それが灰の中から這い上がる隊の誓いだった。形見は三つ。小鳥と欠けた槍と兜の前立て。これ以上、増やすわけにはいかなかった。
頭上で、二つの月が夜空に並んでいた。大小ふたつの蒼い光が、囮の荷を組む将と、再び立つ隊を静かに照らしていた。
ザインは荷車に石と砂を積み始めた。狩人を釣る餌が、静かに支度されていった。明日の夜明け、囮の荷が、いつもの道へ出る。




