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第143話 焼かれた荷

 抜きを潰す手が回り始めた頃、悪い報せが届いた。


 南へ向かった糧の荷駄が途中で襲われた。御者は逃げ帰ったが、荷車は焼かれ糧は奪われた。襲ったのは王国の軍ではなかった。少数の騎馬。素早く現れ、荷だけを焼いて煙のように消えたという。


 ザインは焼け焦げた荷札の燃え残りを手に取った。御者は震える声で、その時の様子を語った。


「五騎、いや六騎でした。林から出てきて、あっという間に。狙いは荷だけ。我々には目もくれず、糧を焼いてすぐに引いて……」


「兵を殺さず、荷だけを焼いたか」


 ザインは目を細めた。


「殺すより焼く方が効く。糧を断てば戦わずに前線が痩せる。手慣れた狩りだ。これはただの野盗じゃない」


 ザインの背に覚えのある冷たさが走った。糧道を荒らす狩人。鴉のガディウスと同じ匂いがした。あの男はすでに捕えていた。だがロウガの軍には糧道を荒らす遊撃の手が、ほかにもいる。南で大攻勢を罠で破った宿敵が、敗走した帝国の喉元に、さらに細い刃を当てていた。前線の糧を断ち、立ち直りの芽を根から枯らそうとしていた。


 ザインは焼け残った荷札を握ったまま、しばし動かなかった。ロウガという男の戦の組み立てが、改めて骨身に染みた。あの宿敵は、一度勝った相手を、勝ったまま放っておかなかった。倒れた敵が膝をつこうとするその手を、さらに払いにかかる。情け容赦ではない。徹底だった。立ち直る前に芽を枯らせば、二度と立ち上がれない。それが戦というものだと、ロウガは知り抜いていた。クレスから受け取った采配記録の中にも、同じ徹底があった。ザインはその冷たい合理を、敵ながら理解できた。理解できるからこそ、恐ろしかった。そして理解できるからこそ、対抗の手も読めた。糧を断ちに来るなら、その糧を餌にできる。荒らしに来る狩人は、荒らす場所が読めれば、こちらが待ち伏せられる。倒される側のまま終わるつもりは、ザインにはなかった。


 カイルが地図を広げた。


「襲われたのは、ここ。林の縁の細い道です。荷駄が通る道はほぼ決まっている。敵はそれを知って待ち伏せている」


「道が決まっているのが、付け入る隙だ」


 ザインは地図の細い道を指でなぞった。決まった道、決まった刻限。それは襲う側にとって、待ち伏せの的だった。前線にいた頃、ザインは敵の決まった動きを何度も突いて勝った。今、その理が、味方の荷駄に向けられていた。読み手が変われば、同じ道が罠にも盾にもなる。


 その夜、ザインはガレウス将軍へ文を送った。返事は、思いのほか早く来た。将軍自らが、わずかな供を連れて溜め場を訪れたのだ。


「ザイン。糧道の荒らしは、儂も頭を痛めておる」


 ガレウスは白い髭を撫でた。叩き上げの総指揮官は、左遷されたザインを見限ってはいなかった。


「だが儂は表立ってお前に兵を預けられん。ヴェイルの目がある。補給監視の分際で前へ出れば、また咎の種にされる」


「兵はいりません」


 ザインは静かに言った。


「俺の手元には、二度の死地をくぐった隊が残っています。糧を守るのは、補給監視の務めの内だ。荷駄に護りをつけることに、誰も文句は言えません」


 ガレウスの目が、わずかに光った。


「……補給監視が、己の運ぶ荷を守る。なるほど。それは咎にはならんな」


「ええ。表向きはただの荷駄の護衛です。ですが待ち伏せる狩人を、こちらが狩る。糧を守りながら敵の遊撃を一つ潰す。前線の喉元の刃を抜きます」


 ガレウスは低く笑った。


「左遷の閑職で、お前はまた戦を見つけたか。よかろう。儂は何も命じておらん。お前は、ただ荷を守っただけ。それでよいな」


「十分です」


 ザインは深く頭を下げた。この老将は、左遷された己のために、また危ない橋を渡ろうとしていた。南の大敗でも命令違反を覚悟でザインを救い、左遷を最小限に抑えて隊を残させてくれた恩人だった。その恩に報いる道は一つしかなかった。荷駄を守り狩人を狩り、結果で示すことだった。口先の礼より、前線へ満ちた糧と討ち取った敵の方が、この老将への何よりの返礼になる。ザインはそう胸に刻んだ。


 黙認だった。命令ではなく見て見ぬふり。それがザインに残された戦への細い道だった。表舞台を追われた将は、荷駄の護衛という名目で再び戦野へ足をかけた。細い道でも、足をかける場所さえあれば、そこから這い上がれる。ザインはそう信じていた。


 頭上で、二つの月が夜空に冷たく昇っていた。大小ふたつの蒼い光が、密かに戦を授かる将と、それを黙して許す老将を静かに照らしていた。


 ザインは焼け残った荷札を握った。狩人を狩る支度を、静かに始めた。

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