第134話 仕立てられる罪
評定は、ザインを追い詰める形で進んだ。
ヴェイルの筋書きに沿って、証言が並べられた。先鋒が突出した。退き時を誤った。そう述べる将が次々に立った。彼らはみなヴェイル派の息のかかった者だった。敗北の責めを一人の平民士官に押し込めれば、本営の将たちは自らの咎を免れる。誰もがその取引に乗っていた。
ザインは証言の一つひとつを黙って聞いた。立つ将の顔ぶれをひそかに数えた。みな前線にいなかった者か、後方の安全な位置から戦を眺めていた者だった。沢の口に立った者は一人もいない。退き口を抜けた兵も、ここにはいない。証言の場には、戦野の真実を知る者が巧妙に外されていた。代わりに並ぶのはヴェイルに連なる者ばかりだった。盤は人選の段で勝負がついていた。ザインは改めてこの男の用意周到さを思い知った。戦が始まる前から、敗けた時の生贄まで決めてあったのだ。
「私は深追いを止めました」
ザインは繰り返した。
「東の沢に退き口を開き、味方の三割を逃がしたのは、私の隊です。逃げ延びた兵に問えば分かる。私は突出していない。むしろ突出を止めた側だ」
「逃げ延びた兵、か」
ヴェイルが冷たく笑った。
「敗軍の兵の言葉に、どれほどの重みがある。みな己の命惜しさに、都合よく話を作る。それより、ここに居並ぶ将官の証言の方がよほど信が置けよう」
ザインは唇を噛んだ。事実より、立場が物を言う場だった。前線で泥をくぐった兵の言葉は軽く、後方の将官の言葉は重い。家名のない者の真実は、家名のある者の嘘に容易く塗り潰される。これがこの軍の、この国の形だった。戦野ではどれほど読み切っても、評定の机では家柄が読みに勝つ。
前世にも似た理不尽はあった。現場を知らぬ者が机の上で命を動かし、現場の声は記録の片隅に埋もれた。だがこれほど露骨ではなかった。この国では、血筋がそのまま言葉の重みになる。平民がいくら真実を述べても、貴族の一言が易々とそれを覆す。ザインはこの数月、結果で身分の壁を押し返してきた。山を越え、敵を降らせ、谷を凌いだ。だが大敗の後では、その結果すら裏返される。功は勝った時にしか意味を持たない。負ければ、同じ働きが罪の証へ変わる。ザインはこの国の理の冷たさを、骨の髄まで噛みしめた。
「ザイン少尉」
ボードが口を挟んだ。
「貴官は、いつもそうだ。任官の試験でも、軍内の審議でも、己だけが正しいと言い張る。だが此度はどうだ。貴官の暴走で、二軍団が消えた。何万もの兵が死んだ。それでもなお、己は正しいと申すか」
その言葉は巧妙だった。ザインの今までの抗弁を、すべて「己が正しいと言い張る癖」へ括ってしまう。事実を述べるたびに傲慢の証へ変えられる。ザインは黙った。何を言っても、筋書きの穴は埋まらなかった。むしろ言うほど絵図に塗り込められた。
評定の間に、ザインを庇う声は上がらなかった。ガレウス将軍の姿が、まだなかった。砦の後始末に追われ、召喚に間に合っていなかった。後ろ盾の不在をヴェイルは正確に突いていた。
「審理は明日も続ける」
ヴェイルが告げた。
「ザイン少尉には、それまで本営に留め置く。逃亡などせぬよう、見張りをつけよ」
罪人の扱いだった。ザインは拳を握った。戦野で何万を逃がした手が、今は咎人として縛られようとしていた。
だがザインは不思議と恐れを感じなかった。死地の戦場に比べれば、評定の机は血を流さない。怖いのは、自分が罪を着せられることではなかった。真実が闇に葬られ、ティムや沢の四人の死が「暴走の咎」として記録に残ることだった。死んだ者は、もう抗弁できない。生き残った自分が黙れば、彼らの最期の働きは永遠に汚名のまま固まる。それだけは、何としても食い止めねばならなかった。ザインの戦う理由は、己の名誉ではなかった。死んだ者の名誉だった。
頭上で、二つの月が暮れの空に白く昇っていた。大小ふたつの蒼い光が、罪を仕立てる評定の間と、その渦中に立たされた将を冷たく照らしていた。
その夜、見張りつきの一室で、ザインは独り座した。罠は巧妙に組まれていた。だが組まれた罠ほど、必ずどこかに綻びがある。戦野でも、評定でも、そうだった。明日、ガレウスが戻る。前線の真実を知る者が、一人でも間に立てば、盤は揺らぐ。ザインは、その綻びを探し始めた。




