第133話 咎を問う声
本営の召喚は、翌朝に届いた。
敗戦の責めを審理する。ザイン少尉、出頭せよ。文面は短く、冷たかった。差出はヴェイル将軍だった。ザインは砦の生き残りをカイルとバルガに託し、後方の都レーンへ向かった。
本営の評定の間は、敗戦の重さで張り詰めていた。長卓には将官が居並ぶ。上座にヴェイル。その隣にボード。家柄と作法の別世界に、土と血の匂いを残したザインが立った。
ザインはこの場の空気を、すぐに読み取った。居並ぶ将官の目には、敗戦の悔いより、保身の色が濃かった。何万を死なせた大敗だった。誰かがその責めを負わねば、この場は収まらない。そして誰もが、その「誰か」に己がなることを恐れていた。生贄を、皆が探していた。家名のない平民の将ほど、その役にうってつけの者はいなかった。ザインは間に立つ前から、自分が何のために呼ばれたかを察していた。
「南方の大攻勢は、惨憺たる敗北に終わった」
ヴェイルが口を開いた。声に、敗将の悔いはなかった。
「三軍団のうち二軍団が壊滅。死傷者は数えきれぬ。これほどの大敗は、近年例がない。誰かが、この責めを負わねばならぬ」
ザインは静かに聞いていた。この男が、何を始めようとしているか、分かっていた。
「審理の場で明らかになったことがある」
ヴェイルが、薄く笑った。
「敗北の発端は、先鋒の崩れにあった。先鋒が敵陣へ深く踏み込み、退き時を誤った。そこから全軍の混乱が広がった。先鋒を率いたのは――ザイン少尉、貴官だ」
間に、ざわめきが走った。ザインは耳を疑った。先鋒が深く踏み込んだ。退き時を誤った。事実は正反対だった。ザインの隊だけが深追いを止め、口の浅い場所に踏みとどまった。袋へ流れ込んだのはヴェイルの本隊だった。だがヴェイルは、その事実をそっくり裏返してザインに着せようとしていた。
手口は北の谷で見たものと同じだった。あの時は援軍を握り潰しておきながら、その罪をザインの苦戦にすり替えた。今度は本隊の暴走を、そっくり先鋒の暴走へ移し替える。事実を裏返し、責めを家名なき者へ流す。ヴェイルはこの手を何度でも繰り返す。盤が崩れれば、また別の盤を敷く。剣で斬れぬ敵の戦い方だった。ザインは静かにその底の知れなさを噛みしめた。前線の宿敵ロウガなら、まだ手が読めた。だがこの男は、事実そのものを描き換えてくる。
「お言葉ですが」
ザインは口を開いた。
「私の隊は深追いを止めました。袋の口で踏みとどまり、東の沢に退き口を開いて味方を逃がした。深く踏み込んだのは本隊です。私はこの攻勢を、評定の場で無謀と申し上げた。罠だと進言した。記録にも残っているはずです」
「記録か」
ヴェイルが、ボードへ目をやった。ボードが書類をめくり、冷たく告げた。
「記録によれば、ザイン少尉は確かに作戦に異を唱えた。だが異を唱えながら、いざ戦が始まるや先鋒として最も深く踏み込み、軍を崩した。口では反対し、戦場では暴走した。これが評定の見立てです」
筋書きはすでに組まれていた。ザインの進言すら暴走の証へ捻じ曲げられていた。反対した者が、反対した戦を自ら崩した。そういう絵図だった。
ザインは奥歯を噛んだ。何を言っても、絵図の側へ取り込まれる。進言したと言えば「異を唱えながら暴走した」となる。退き口を開いたと言えば「逃げた兵の戯言」となる。事実が片端から裏返される。これがヴェイルの組んだ盤だった。だがザインは、退かなかった。ここで折れれば、ティムも、沢で還らなかった四人も、ただ無駄に死んだことになる。何より、退き口を開いて生き延びた何百もの兵が、暴走の証人に貶められる。彼らの生還まで、罪の証へと塗り替えられる。それだけは、許せなかった。事実は事実だ。たとえ家名がなくとも、見たままを述べ続ける。それがザインの、この評定での戦い方だった。
頭上の高窓から、二つの月が昼の空に白く差していた。大小ふたつの蒼い影が、咎を着せる男と、着せられる将を、冷たく見下ろしていた。
ザインは間を見据えた。戦野では読み切った罠が、評定の間ではまた別の形で口を開けていた。後方の戦は戦野よりなお質が悪かった。だがどれほど巧妙な盤にも、必ず一つ綻びがある。ザインは、その綻びを探し始めた。




