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第112話 与えられた役

 作戦の全容が示されたのは、翌日の軍議だった。


 長卓に南方戦線の大図が広げられていた。ヴェイルが自ら筆を執り、布陣を説いた。南方軍は三つの軍団でロウガの主力を正面から押し包む。中央にヴェイル直属の本隊、左翼にガレウス将軍の軍団、右翼に諸侯の連合軍。大軍を横一線に並べ、ロウガを一気に圧し潰す絵図だった。


 ザインは図を見て、すぐに違和を覚えた。


 横一線は数で勝る側の戦い方だ。だが布陣の要所要所に薄い継ぎ目があった。軍団と軍団の境。そこが脆い。ロウガがその継ぎ目を突けば横一線は中央から裂ける。ザインの読みは瞬時にその一点を捉えていた。


 ロウガという男を、ザインは采配越しに幾度も相手にしてきた。あの将は決して数で正面から殴り合わぬ。必ず敵の最も薄い一点を見抜き、そこへ全てを集める。横一線で押し包む策は、まさにロウガが最も望む布陣だった。広く伸びた線は、どこか一点が裂ければ全体が崩れる。ヴェイルはそれを知ってか知らずか、最も裂けやすい盤を自ら敷いていた。知らぬなら無能。知っていて敷くなら――それはザインを潰すための、別の絵図だった。


「将軍。一つ、具申があります」


 ザインは口を開いた。場の視線が集まる。


「横一線は数を活かす布陣。ですがロウガは、必ず継ぎ目を突きます。軍団の境を、もう少し厚く重ねてはいかがでしょう。継ぎ目さえ固めれば、この布陣は崩れません」


「ザイン少尉」


 ヴェイルの声がぴしゃりと遮った。


「布陣はすでに決した。継ぎ目を案ずるなら、その継ぎ目を、貴官が守ればよい」


 ヴェイルが筆の先でザインの隊の位置を示した。それは中央本隊と左翼ガレウス軍団の、ちょうど継ぎ目だった。最も脆い縫い目に、ザインの小さな独立隊が置かれていた。


「貴官の隊はここを守れ。本隊と左翼を繋ぐ要だ。読みに長けた貴官にこそ相応しい、重要な役よ」


 言葉は栄誉に満ちていた。だが中身は逆だった。ザインは図を睨んだまま冷たく理解した。ここはロウガが必ず狙う一点だ。継ぎ目を突かれれば横一線は裂け、中央と左翼が分断される。その最も死にやすい場所に最も小さな隊を置く。功を立てれば隊は壊滅し、守りきれねば全軍崩壊の責を負わされる。どちらに転んでもザインは潰れる。自ら継ぎ目の危うさを指摘したことすら、ヴェイルはその口実に使った。案じるなら、お前が死ね。そういう采配だった。


 カイルが卓の下でザインの袖を強く握った。断れ、という合図だった。だがここで断れば「上の命に従わぬ将」の証明になる。ヴェイルの最初の問いが、ここで効いてきた。受けても地獄、断っても地獄。罠は二重に組まれていた。


「お受けします」


 ザインは、静かに頭を下げた。


 軍議の後、ガレウス将軍がザインを呼んだ。叩き上げの老将は、図を前に苦い顔をしていた。


「すまんな、ザイン。あの継ぎ目は、儂も気に入らん。だがヴェイルが中央を握る限り、布陣は変えられん。儂の左翼を、できるだけお前の隊に寄せておく。継ぎ目が裂けそうなら、儂が支える。一人で背負うな」


「ありがとうございます。将軍がいてくだされば、心強い」


 ザインは深く頭を下げた。後方の蛇の巣にも、まだ筋を通す将がいた。それがザインの数少ない頼みの綱だった。


 だが将軍の力にも限りがあった。ヴェイルが中央を握る以上、戦の主導はヴェイルの手にある。継ぎ目が裂けるか否か。それはロウガがどこを突くかにかかっていた。そしてザインには、ロウガがその継ぎ目を見逃さぬことが、痛いほど分かっていた。


 陣へ戻る道すがら、ザインは南の空を見上げた。日が沈み、二つの月が昇り始めていた。大小ふたつの蒼い光が、横一線の脆い継ぎ目に置かれた小さな隊を、静かに照らしていた。


「カイル。前線へ戻ったら、すぐに継ぎ目の地形を洗う。ヴェイルは俺をここで潰すつもりだ。なら潰されない盤を、俺の側から組む」


「……はい。お供します。ですが、継ぎ目はロウガが狙う一点。ヴェイルが守らせるのは、その死地。たとえ地形を読んでも、寡兵で大波を受け止めるのは――」


「容易ではない。分かっている」


 ザインは静かに遮った。だが目には怯えがなかった。


「だが容易でないだけだ。不可能ではない。少ない兵で大波を凌ぐ手は、北の山岳で学んだ。地形を読み、敵の力を一点に逸らし、受けて流す。盤を選べぬなら、盤の使い方で勝つ。ヴェイルは俺を死地に置いた。ならその死地を、あいつの誤算に変えてやる」


「……あなたは、本当に折れませんね」


 カイルが小さく笑った。その笑みには、もう侮りの欠片もなかった。


 罠は与えられた。ならば、その罠の中で勝つ。ザインの目は、すでに次の戦野を見据えていた。

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