第106話 狩人を狩る
糧が届き、隊は戦える体を取り戻した。
ザインは数日かけてガディウスの狩りの癖を洗い直した。これまでの襲撃の場所と時をすべて地図に落とす。鴉がどこを好み、どこを避けたか。点を結べば、線が見えてくる。線が見えれば、男の頭の癖が浮かび上がる。ガディウスは、決して同じ手を二度使わない。だが二度使わぬという癖そのものが、ひとつの癖だった。
「読めてきた」
ザインは地図の上で指を走らせた。
「ガディウスは、こちらが守りを固めた場所を避ける。手薄な所を辛抱強く探して突く。だから俺たちがわざと一点だけ手薄に見せれば、そこへ来る。だが前と同じだ。あいつはそれが餌だと見抜く。餌だと見抜いた上で、こう考える――餌の裏に、本物の罠がある、と」
バルガが眉を寄せた。
「見抜かれるなら、餌の意味がないだろう」
「いや。あいつが餌を餌と見抜き、罠を警戒して回り込む。その回り込む先を俺は読む。鴉は、餌をくぐって裏へ回る時、必ず身を隠せる地形を通る。隠れ場のない野は通らない。だから回り込む道は限られる。その一本に、本物の罠を置く」
ザインの指が、地図の一点で止まった。糧道の北、低い丘と林に挟まれた、細い窪地だった。
「ここだ。手薄に見せた餌から裏へ回るなら、鴉はこの窪地を通る。林に隠れ、丘の陰を伝って近づく。その窪地の出口をこちらが塞ぐ。狩人が獲物に忍び寄るつもりで、自分が袋へ入る」
マルトが低く口を開いた。
「窪地の奥は、自分も見やした。林から丘の陰を伝う道は、あの一本しかねえ。だが、ガディウスがそこを通る確証は」
「ない。だから餌をどうしても欲しがるように仕立てる。痩せて見せた俺たちがまとまった糧を一筋の道へ運ぶ。鴉の腹が減っていれば、見過ごせない餌になる。確証は作る。待つだけでは賢い鴉は釣れない」
ザインは段取りを組んだ。コルネリアの蒼い焔を窪地の出口に伏せ、バルガの槍で袋の口を縛る。裂かれた肩はまだ十全ではないが、その槍の型は崩れていなかった。マルトが鴉の動きを読み、合図を送る。カイルには、餌の糧を運ぶ囮の隊を任せた。家名で侮られた若者に、初めての大役だった。
「私が、囮を」
「ああ。お前が運ぶ糧が、鴉を窪地へ引き込む。危ない役だ。だが、お前なら引き際を誤らない」
カイルは深く頷いた。その目に家名ではなく責の重さが宿っていた。
翌日から隊は静かに動いた。窪地の出口に、コルネリアと弓兵が身を伏せる穴を掘る。土を掻き、枯れ草で覆い、人がそこにいると気取られぬよう跡を消す。狩人は、わずかな違和を見逃さない。土の色が乱れていれば気づく。鳥の飛び立ち方が不自然なら勘づく。だからザインは罠の気配をことごとく地形へ溶かし込ませた。掘った土は遠くへ運び、踏み跡は枯れ枝で払う。兵は息を殺し、一日かけて窪地を何の変哲もない野へ戻していった。
ザイン自身も窪地を歩き、鴉の目になって隅々を検めた。ここに伏兵がいると気づくか。この茂みは不自然でないか。狩人を狩るには、こちらが狩人以上に細やかでなければならない。一点でも粗があれば、賢い鴉は袋の口の前で足を止める。ザインは半日、地に這うようにして罠を磨いた。
夜には囮の糧を整えた。鴉の腹を誘うだけの量を、いかにも護衛の薄い列に見せかけて積む。多すぎれば疑われ、少なすぎれば見過ごされる。その匙加減をザインは何度も量り直した。餌は、本物でなければ釣れない。だが本物すぎれば奪われて終わる。奪われる寸前で袋を閉じる。その一瞬の見極めに四人の弔いが懸かっていた。
頭上に、二つの月が冷たく冴えていた。大小ふたつの蒼い光が、狩人を狩る盤を組む将と、その手足となる戦友たちを照らしている。南の野で散った四人の名が、ザインの胸の底で静かに燃えていた。
盤は組んだ。あとは、鴉がこの餌に喰いつくかどうか。狩人の腹の減り具合に、すべてが懸かっていた。これまでザインは、敵が動いた後を読んできた。だが今度は違う。敵が動く前に、敵を動かす盤を自ら描いた。受けの読みから、攻めの読みへ。将としての一歩が、その盤には刻まれていた。
ザインは窪地の図を、もう一度睨み据えた。今度こそ読みの上を行かせはしない。南の野で散った若い兵に、討ち取った鴉の頭を手向ける。それが、ザインの胸に固まった唯一の答えだった。




