第105話 残された者たち
翌朝、痩せた陣に薄い日が差した。
ザインは兵を集めた。傷ついた者も立てる者は立った。ヨナと三人の古参は戻らない。その空席を誰もが胸に抱えていた。ザインは隊の前に立ち、低く口を開いた。
「昨日、四人を失った。俺の読みが輪の上を行かれた。その差をあいつらが命で埋めた。詫びはしない。詫びであいつらは戻らない。代わりに約束する。あいつらが繋いだこの隊を必ず生かす。そして、あいつらを死なせた鴉の頭を必ず討つ」
言葉は短かった。だが兵の目に消えかけていた芯が戻った。将が倒れていない。その一事が残された者を立たせた。
列の中からカイルが進み出た。家名を笠に着ていたあの若い士官だった。
「少尉。一つ、申し上げたい」
ザインは頷いた。カイルは隊の前でまっすぐにザインを見た。
「私は初めて会った日、あなたを家名なしと侮った。家柄こそが将の器を決めると信じていた。だが昨日、私は見た。あなたは先頭で囲みを破り、最後まで兵の名を呼んでいた。家名のある将で、あんな背中を見せられる者を私は一人も知らない」
カイルは深く頭を下げた。
「私はあなたの下で戦いたい。家名のためではなく、この隊のために。あなたを将と認めます」
陣に静かな波が広がった。古参が頷き、新参が頷く。家柄の壁が、戦場の現実の前で一枚崩れた音だった。ザインはカイルの肩に手を置いた。
「ならば覚えておけ。認めた以上、お前も死なせる側に回る。その重さごと背負う覚悟があるか」
「あります」
カイルの目に、迷いはなかった。ザインは小さく頷いた。一人、確かな手が増えた。失った数は埋まらない。だが残された者が、前より固く結び合った。
その日、隊はゆっくりと立ち直り始めた。傷の浅い者が深い者を介抱し、古参が新参に槍の握りを教え直す。死を共にくぐった者たちの間には、言葉にせずとも通じる結びつきが生まれていた。後方から来た見知らぬ顔と、前線からの古い顔。その境目が、ヨナと三人の古参の死を境に、確かに溶けていた。共に走り、共に失い、共に生き延びた。それが寄せ集めの兵を、一つの隊へと鍛え直していた。皮肉なことに、隊を一つにしたのは勝利ではなく、喪失だった。ザインはその事実を、苦い思いで噛みしめた。
兵の一人が、ヨナの槍を、鴉の引いた南の野から拾って戻っていた。穂先の欠けた、若い兵の得物だった。ザインはそれを陣の隅に立て、目印とした。死んだ者を忘れぬための、小さな標だった。兵はその槍の前を通るたび、足を止め、低く頭を垂れた。誰に命じられたわけでもない。残された者が、自ずとそうした。
ザインは欠けた穂先に指で触れた。隣の兵から離れるな――その掟を守って死んだ若い兵の槍に、もう一度、誓いを立てた。お前の守ったこの隊を、一人でも多く生かす。お前を死なせた鴉を、必ず討つ。声には出さなかった。だが胸の奥で、その誓いは鉄のように固まった。
その日の午後、後方から早馬が着いた。滞っていた糧が、ようやく届くという報せだった。カイルが後方へ送った証言が、ローレン大佐の耳に入り、ボードの妨害が露見しかけているという。後方の壁を後方の味方が内から押し返していた。ユリアンの顔がザインの脳裏をよぎった。家名のある者が、家名の世界を変えようとしている。その流れは確かに動き始めていた。前線で結果を出し、後方で味方が動く。二つが噛み合って初めて、平民の将は壁を越えられる。ザインはそれを、痩せた陣の只中で改めて知った。糧が届けば、隊は鴉と戦える体に戻る。喪失の沈黙に沈んでいた陣に、わずかながら前を向く力が戻り始めた。
「糧が来れば、隊は立て直せる。あとは、ガディウスだ」
ザインは北を見据えた。悲しみはまだ胸の底にある。だがその上に冷えた読みが組み上がり始めていた。鴉の頭を討つ。ヨナの死を、ただの損失で終わらせない。そのためには、ガディウスの狩りの癖をこちらが逆に狩り返す一手が要る。
頭上に、二つの月が朝の空に淡く残っていた。大小ふたつの蒼い光が、残された者たちと、新たに一つになった隊を、静かに照らしている。
ザインは地図を広げ直した。鴉を落とす盤を、今度はこちらから組む。失った四人の名を胸に刻んで、ザインは次の戦の読みへと沈んでいった。




