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悠久ラビリンス-とある現代社会のケーススタディ-  作者: 植葉厚史
三章

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38/42

アーキタイプのシンクロニシティ

その年の暮れのある日、宏が奈々子にショートメッセージを送るとまったく返信がなく、翌日に電話をすると妙によそよそしい態度で話をし始めた。


宏は


「最近、京都方面の応援がずっと多かったんだけど。やっと動きだしたんだ」


というと奈々子は


「ふーん。そうなの」


と気のなさそうな返事をすると、部屋に掃除機をあて始めたようで電話口から


「ヴィーン...」


という音が響き始めた。


宏は


「ん?何の音?掃除してるの?」


と聞くと


「うん、まぁね」といった。


その後もそのまま掃除をするのだが、音がうるさく声が聞き取りにくかった。


宏は少し困惑して


「その掃除、今やらないとダメなの?」


と質問すると奈々子は


「うん、しばらくやってなかったからね」


と答えた。


宏は他に興味を引く話がないか考えて


「最近ニュース見てる?あの竹北って人、前に会ったんだ。

なんかマリーとトラブったみたいで滅茶苦茶になってるけど、これ全部、マリーの情報と電波でこうなってるんだよ」


というと、


「ふーん」


とこれもまた気の無さげな返事をするだけだった。


どこか何か誘おうかと思ったもののそんな雰囲気でもないので電話を切った。


電話を切って宏はリビングの椅子に座り、天井の照明のライトを見あげ、その後そこから目を反らし、白い天井を眺めた。


しばらくして鼻を嗅ぐとイチゴを一個か二個つぶしたような青い"匂い"がした。

そのうちの一個はまだ新しくてここ一週間かそこらだった。


宏は三週間ほど奈々子と会っておらず、メッセージを送っても最近は返信が前よりずっと遅く、素っ気なかった。


宏は


「まぁ、このへんかな」


と思った。


半年あれば大体は一巡するだろう。

出張も年明けで終わりだ、結局何も煮詰まらない。想定通りの線に着地したものの

宏は落胆と安堵が入り混じったなんともいえない気分になった。


次に顔を合わせても何も確認しないつもりだった。


年が明けて、奈々子から連絡があり


「初詣に行かない」


と言うので


「何処?橿原?」


と聞くと


「そこはもう行ったからね」


と言うので


「八坂神社って行った事ないな」


というと


「京都?まぁいいわ」


と言うので八坂神社まで行った。


通りに面した赤い大きな門をくぐるとさすがに凄い人手でなかなか前に進めなかった。


「出張ももう終わりだね」


と奈々子が言うので宏は


「まぁ、とはいえ、三時間か四時間の距離だし、これからも京都にはよく出張はありそうだけどね」


と言うと奈々子は


「ふーん」と何か迷った様子だった。


宏は


「キミもまたこっち来たらいいよ。

鎌倉でも横浜でも東京でも案内するよ」


というと


「ありがとう」


といったが奈々子はどこか心あらずで余り乗り気でなさそうだった。


参拝を済ませると早々に人混みを避け境内から抜けて


駐車場から車に乗ると奈々子は


「あ、そうだ。あそこまだ行ってないでしょ?」


「どこ?」


「清水寺」


「そうだね」


というと清水寺に向かった。


付近の駐車場に車を止め坂を登った。

正月のせいか一際人通りが多く前に進むのが大変だった。


門をくぐり階段を登り、三重の塔を回りながら進むといくつかのお堂があり、それを抜けると本堂だ。


清水の舞台まで行くと、冬の枯れた木々の上に京都市内が広く見渡せた。


特に話もなく、そこからしばらく景色を眺めていると


「行こうか」


と出口の門に向かった。


帰りの車中で宏はそれでも一応確認しておくかと


「最近キミのメッセージの返信、なんか遅いね。電話もなかなか取らないし」


というと奈々子は少しためらった後に眠たそうな目をしながら思い切ったように


「他の人と居るからね」


と言った。


宏が「他?」と聞くと


「十歳程歳上の会社員と一緒に居る」


と言うので話を聞くとつきあってる訳ではないが最近懇意になった男が居るらしかった。


宏は話を聞いていて、


「大分、気が荒そうだね、その人」


というと奈々子は


「けど、はっきりしてるの」


と答えた。


「他は?」


と聞いていたら、


「昔付き合っていて、ケンカ別れした人から連絡がまた来るようになって、最近家に行くの、けどなんか仕事を辞めて引きこもっててね。なんか放っとけなくて」


と言うので


「ふーん。歳上?年下?」


と聞くと「八歳上」と答えた。


宏は


「そいつもなんかややこしいな」


と少し考えて


「奈々子はなんか相手の性格の荒さと男らしさを混同している様な気がするな」


と思ったけれど、宏もここまで全て曖昧にしてきたので何か言える様な立場でもなく。

そんな事よりも、四年も切れてて、また蘇ってくる腐れ縁の様な関係を目の当たりにするにつけ、正直奈々子から逃げたくなった。


マンションの前で降ろして貰うと


「じゃ、また」


といつも通りに別れた。


部屋に戻って、水を飲むとしばらく深呼吸し、ソファに座りこんだ。


するとまたベルが鳴り、タイミングを計った様にマリーがやってきた。


ドアを開けるといきなり、これでもかというほど思いっきりヴォーグのポーズを決めると


両手の親指と人差し指同士をくっつけ三角形のマークを作ると宏に示してから、玄関から上がりこむとリビングのテーブルに


「お土産です」


と紙袋を置いた。中を見るとラザニアとフランスパンだった。


それから


「まだ、ありますよ」


とバッグからイチゴ大福を取り出した。


宏は


「ありがとう」


と言うとパックを開け大福を一口に勢いよく頬張りイチゴを噛み潰した。


マリーはイスに座りながら


宏の様子を見ると目をパチパチさせ


「どうかしましたか?」


と尋ねてきたので奈々子の話をすると


「それは私にも想定外でした」


と言うと先日の宏と同じ様に天井のライトを眺めると鼻を嗅いだ。


宏はマリーの方を向くと


「その後どうなの?」


と尋ねると


「大体、いいように落ち着いてきました。ここまで世間を混乱させるつもりはなかったんですがね」


と答えた。


「そうなの、まぁいいんじゃない、誰も気づかないし」


というと


「もっとやっちゃいましょうかね?」


というので宏は


「世間が気づくまでやれば?」


と言った。


マリーは妙な顔で宏を見返して、少し間を置いてから


「最近神話を色々見てましてね」


と話しだした。


宏はマリーのことなので、自己啓発まがいのセールストークに使えそうなネタを探しているだけだろうと思いながら、元ネタそのものは興味深いだろうと思って


「うん、どんなの?」


と聞くと


「イザナギとイザナミって話があるんですけどね。

夫婦神のイザナギとイザナミは、沢山の神々を生んだんですけどね。


ある時に火の神であるカグツチを生んだ際、イザナミはひどい火傷を負い、死んでしまうんですよ」


「あぁ、なんか連れ戻す話だね」


「ええ、最愛の妻を失ったイザナギは悲しみに暮れ、彼女を連れ戻すために死者の場である『黄泉の国』へと足を踏み入れて、


イザナミを見つけだすと『一緒に帰ろう』と言うんですよ。


イザナミは『黄泉の国の神と相談するから、その間は決して私の姿を見てはいけない』と約束させ、暗闇の中へと消えるんですね」


「うん」


「ですが、あまりの待ち時間の長さに、イザナギは耐えきれず、持っていた櫛の歯を折って火を灯し、腐敗して、雷神たちが群がる変わり果てたイザナミの姿を見てしまうんですね」


「で、結局連れ戻せないんだよね?」


「ええ、で、醜い姿を見られたことに恥と怒りを感じたイザナミは、追っ手を差し向け、イザナギは命からがら現世との境界である「黄泉比良坂(よもつひらさか)」まで逃げ延びるんですね」


巨大な岩で道を塞いで二人は永遠の決別を宣言するんですけど。


イザナミが


『あなたの国の人々を、一日に千人ずつ殺してやる』


と言うとイザナギは


『ならば私は、一日に千五百人の産屋を建てよう』


と返すんですね。


この対立により、人間には「寿命」が生まれ、誕生と死が繰り返される世界が定着したというお話です」


そう言うとマリーはパンを細かく千切るとバターをつけ口に運んだ。


宏は特に返事することなくラザニアをパンにつけて頬張った。


「それからね、まだあるんですよ」


マリーはそう言うとギリシャ神話の「オルペウスとエウリュディケ」の話を始めた。


「名高い吟遊詩人のオルペウスは、最愛の妻エウリュディケを毒蛇に噛まれ、亡くしてしまうんですね。

悲嘆に暮れた彼は、妻を連れ戻すために死者の国(冥界)へ向かうんです」


「そう」


「で、冥界の王ハデスと妻ペルセポネの前で、オルペウスは切々と竪琴を奏でて、

その悲しく美しい音色は冷酷な神々の心さえも動かし、妻を連れ帰れる事になるんですが条件を出されます」


「振り返るなってヤツだよね?」


「そうですね。ハデスが出した条件は非常にシンプルで


『地上に完全に抜け出すまで、決して後ろを振り返ってはならない』


もし振り返れば、妻は永遠に冥界へ引き戻されるというものです」


「うん」


「で、地上へ戻る長い道のりの終わり、出口の光が見えたとき、オルペウスは妻が本当についてきているか不安になり、思わず振り返ってしまうんですが


その瞬間、エウリュディケの姿は霧のように消え去り、二人は永遠に引き裂かれました」


「うん」


「日本とギリシャでよく似た話ですね」


「それはアーキタイプと言って人類に共通して持ってる感覚に似たところがあるからそういう似た話が生まれるんだよ」


「そうなんですか?」


「世界あちこちの神話で似た話は一杯あるよ。人類のシンクロニシティだよ。

キミの中でその二つが結びつくのもシンクロニシティだよ」


と言ってから


「自己啓発っぽいロマンス詐欺に使うにはちょっと重たいね」


と言った。


翌日マリーは帰り際に大真面目な顔で


「イルミナティ・モードは楽しかったですか?まだ続くかもしれませんね」


というと


「私は多分、たまに現れますよ。それがどこでも」


というと手は振らずに、会釈して帰って行った。


宏は少ししんみりした気分になったが。

支度を整えるとマンションを出ると京都のオフィスに顔を出してから十五時過ぎの新幹線に乗った。


宏は窓際の席でリクライニングを倒すと


「多分、奈々子とも切れてはいないだろうな」


と思った。


京都から滋賀の田園風景をぼんやり眺め、米原を通り過ぎた頃、腹の底からもっさりとした熱を帯びた変な可笑しさがこみ上げてきたからだ。

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