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悠久ラビリンス-とある現代社会のケーススタディ-  作者: 植葉厚史
三章

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37/42

フェリーの爆発〜エプスタイン文書の嚆矢

翌日、アリサが帰った後、棚倉が冷蔵庫からジンジャエールを出して飲んでいると、窓の外から大音響が聞こえた。


窓の外を見ると、沖合で大型のフェリーが炎上し、黒煙を上げていた。


しばらく眺めているとまた別の箇所が爆発し、黒煙が上がった。


唖然としてしばらく眺めていると、消火用のヘリや救命艇が次々とフェリーに接近していき、鎮火作業が始まった。


棚倉はニュースをチェックしたものの、一報はまだ出ていなかった。


隣近所の住民もベランダに出て、ざわついた雰囲気になっていた。


後から知ったところによると、積み荷の防衛装備品の火薬や火器類が暴発したようだった。


* * *


宏にはその日、マリーからメッセージが入った。


「ちょっとこれから人に会いますので同席してもらえますか?」


といったものだった。


京都から十九時頃に大阪に着き、約束したコーヒーショップに行った。


話は単に商談というよりかは親睦に近いものであったが、話が度々飛躍する自己啓発めいた内容だった。


宏はマリーの話術をその日初めて目の当たりにした。


宏が店に入ると、マリーは立ち上がり、


「こちらです」


とテラス席から手招きした。


コンクリート打ちっ放しのテラスは二十席ほどあり、テーブルからは道路が見下ろせ、柵にはグリーンカーテンが這い、オレンジのライトで照らされ、品の良いバイオリン曲がかかっていた。


行くと、マリーと五十代後半程の男性が座っていた。


男性は白髪交じりの七三分けで、スラックスに半袖のストライプのYシャツを着ていた。


中肉中背で額は血色よく艶があり、一重の切れ長の目をしていた。


宏は


「こんばんは」


というと、マリーの横に座り、男と向き合った。


男はにこやかな笑みを浮かべていたが、端々に独特の硬さがあった。


「なにがしかの公務員だろう」


と宏は踏んだものの、そこまで偉い人間でもなさそうだった。


マリーは愛想よく微笑みながら宏の方を向いてから、男の方に向き直り、


「ビジネスパートナーです」


と紹介した。


男は


「そうですか、はじめまして」


と挨拶すると手を差し出した。宏は握手した。


しばらくとりとめのない話が続いた中で、


男は


「人には誰しも使命がある」


と言ったような話をした。


マリーは頷きながら、


「竹北さんのお話を聞いていていつも思うんですが、他の人と全然違いますよね。


みんな、ただ生活のために嫌々仕事をして、時間を浪費している。

でも、竹北さんは違いますね。


何か強い志のようなものをお持ちなのは、言葉の端々から感じられます」


というと、

竹北は大きくうなずき、


「そう言ってもらえるとうれしいですね」


というと、自分の仕事についてさらに饒舌に喋り始めた。


マリーは


「素晴らしいですね。

そのような志をお持ちの方と、今も多くご一緒させていただいているのですが、まだまだ繋がっていければと思っています。

今日は大変光栄です」


というと、竹北は


「この人もそうですか?」


と宏を見るとマリーに尋ねた。


マリーは


「ええ、そうです。パートナーというよりかは志を同じくする同志です」


と答えた。


宏は脇で頷きながら話を聞いていたが、会話は独特の飛躍の仕方をしていた。


竹北はマリーと宏を交互に見ては、時折、熱のある粘着的な視線を送った。


宏は、恐らくこの人物はマリーと関係を持っているだろうと思った。

同時に、竹北も宏に対して同じように思っているだろうと思った。


「竹北さんも志を同じくする同志ですね。私達の考え方を共に多くの方々に広めていければ光栄ですね」


マリーは噛んで含めるように、同じような言い回しを繰り返した。


それからマリーはタブレットからバリ島の影絵芝居の動画を開いて、竹北に見せた。


竹北は大変感激した様子で、


「私も現地で見てみたいと思ってるんですよ。他にも世界中に行ってみたいところは沢山あります」


と言った。


マリーはバリ島の伝説を引いて、


「天界の神インドラは地上に美しい場所を作ろうと神々を率いて地上に降りた時に、空を飛んでいた神の馬が逃げ出してしまいました。


インドラは馬を探し出し、その際にこの地に美しい村を作ることを決めました」


というと一呼吸置いて、


「私達もこのビジネスを通じて、このような美しい村を作っていきましょうね」


と言った。


宏には大仰過ぎて理解できなかったものの、竹北は大変感激したようで、顔を紅潮させながら


「はい、私も周りにそのような世界観を持つ同志を見つけたいと思います」


と言った。


マリーは竹北をディストリビューターにし、インドネシアの天然成分由来のシャンプーやらトリートメント、種々雑多な美容関連グッズを数百万円で卸した。


マリーが海外のサイトから直接仕入れ、原価は百分の一かそれ以下ほどだった。


マリーはどのグループにも属さず、単独でそれを行い、宏を出すことで多少の信頼性を持たせたようだった。


後日、マリーは宏に電話で、


「あの人は私の客で公務員なのですが、業者と共謀して水増し請求を行い、不正な利益を得ているんです。


他にも会計や口利き、情報漏えいなどが色々ある上に、様々な人間の弱みを握り、関西は元より中央にまで幅を利かせているんですよ」


と教えてくれた。


そして、


「色々話すから全部録音しています」


と言った。


後日、竹北はマリーから仕入れて家に送られてきた一連の商品を確認した。


段ボールの梱包は粗末で、現地語の書かれたパンフレットや書類が箱の中から色々出てきた。


不審に思い調べてみると、元の仕入れ値がかなり安いことに気づき、マリーに連絡を入れた。


「これはなんですか?

インドネシアではそれなりに流通している既製品ではないのですか?」


「いえ、竹北さん、それは誤解です。

その成分はジャワ島の一部でしか採取できない、ラーマーヤナの恵みとも呼ばれる特殊な成分からできています。


私は現地に三ヶ月滞在し、色々探した上に自分で使用して確かめました。成分の配合を調整したカスタムメイドの特別品です」


問答の末に最初はなんとか説得したものの、やはり、


「こんなものは安物だ。詐欺だ」


と憤慨し始めた。


竹北は「同じ穴のムジナ」でマリーが自分に仕掛けてくることはないと思いこんでいたのだ。


ところがマリーの基本方針は「ミイラ取りをミイラにする」事だったのだ。


「いいんですか、竹北さん。

こちらには色々録音したファイルがあるんですよ。知りませんでしたか?


家にも職場にもメディアにもネットにも、いつでも流すことができます」


というと「これは告発です」と言った。


竹北はそこで黙ったものの、後日やはり収まりがつかないようで、支離滅裂なことを言い始めた。


マリーは最初にファイルを竹北の夫人宛に送ったが、さすがこの様な人物と長年連れ添っているだけあり、このようなことは日常茶飯時でまったく効果がなく、逆に竹北を刺激しただけになった。


なので概要の説明をつけて、メディアに送った。


そのままでは無視される可能性があったので、「メディアが連日取り上げて竹北が逮捕され、内部告発が相次ぐ」ようにシナリオを起動させた。


当然その通りのことが起きるので、竹北は疑惑の報道に包まれた。


いきなり連日多くの報道陣が押しかけ、マイク、カメラを向けられるとフラッシュが眩しく焚かれた。


「竹北さん、工事の予定価格を毎回、事前に業者に教えていたのですか?」


「竹北さん、耐震基準を満たさないビルや橋を耐震基準を満たしていると改ざんさせ、見返りに金品を受け取ったのですか?」


「竹北さん、備品を実際よりも多く購入したように業者に請求させ、差額を受け取っていたのですか?」


「竹北さん、先日道路が陥没する事故がありましたが、これは竹北さんが検査の基準を緩めさせたことが原因ではないですか?」


「竹北さん、複数の女子中学生をホテルに連れ込み、金銭を渡して猥褻な行為をしたと言われていますが本当ですか?」


様々な疑惑の末に竹北は逮捕され、それは徐々に様々な内部告発の連鎖に繋がり、単に不正の告発のみならず、様々なスキャンダルの暴露につながり、マリーのトラブルはうやむやになった。


年末にかけこの流れで、マリーは数人からそれ相応の利益をあげた。


同じようなトラブルも続いたが、報道を前にいずれのトラブルも沈静化した。


マリーは宏が以前に言ったことを参照したのか、本当に影響力の大きな人物は狙わず、中堅以下のそれ相応の影響力を持つ人物ばかり狙っていた。


世間は連日騒然とし、疑惑は公務員から徐々に地方及び国会議員にも及び、地方自治体、中央省庁に対する妙に生緩いアナーキックなムードが日本中に漂った。


するとそれに呼応するように、タレントの薬物、女性疑惑が様々取り沙汰されるようになった。


そちらも連日騒ぎになり、竹北から広がった事件の報道はトーンダウンした。


マリーと国家インテリジェンスらしきものとの攻防はしばらく続いた。


すると今度は警察絡みの不祥事のニュースが定期的に取り沙汰されるようになった。


何処かのグループがどさくさに紛れ、マルチビジネス取り締まりの報復のシナリオを起動させているようだった。


マリーはシナリオのバッティングに少し冷や汗をかいた。


その様に宏はその年の暮れにかけて、マリーの電子戦の一部始終を目撃することになった。

それは驚きというよりかは薄々感じていた事を確認する様な経験だった。


いずれもユダヤ人大富豪エプスタイン氏の文書が世界を騒がせ、騒ぎをもみ消すためにイランが攻撃され、ホルムズ海峡が封鎖される数年前の事だった。

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