ヒマワリ畑
海から戻ってくると、バーベキューをするための場所を探すことになった。
海辺でやるのもよかったのだが、森の中の方がバーベキューっぽいと姉さんが言ったからだ。何故海鮮でバーベキューをするのに山の中がそれっぽいと言ったのかは分からなかったが、まぁいいだろう。
流華先輩は一度食材を準備しに姉さんと千夏先輩を連れて行ったので、場所取りは俺が行うことになった。
おかしい。言い出しっぺの姉さんが場所を探すべきじゃないのだろうか。
森の中とは言っても色々置かなければならないので、それなりに広い場所が求められる。
もしもの時は風魔法か何かで辺り一帯を切り裂いてやろうかとも思ったが、流石によそ様の島の生育環境を滅茶苦茶にするというのは頂けない。
なので、開けた場所くらいあるだろうと祈りながら森の中へと侵入していく。
「誰かが手入れしてんのかな」
「確かに、そうとしか思えませんねぇ」
森の中は草木でボーボーになっているのかと思っていたのだが、それなりには整えられているように見える。人工的な自然、なのだろうか。それは不自然というべきなのだろうか。
「こんな離島にも仕事はあるんだな……」
「仕事のない場所というのはこの世界には存在しないのでしょうねぇ。フューリタン星には何をするでもなく漂うだけの存在も結構いたんですけど」
「そうなんだ。何か腹立つなそれ」
「えぇ?な、何でですか?」
「お前と同じような見た目の奴らが働きもせずフラフラしてるんでしょ?イラつくでしょ普通に」
「…………これは僕に対する言葉なんですよね、きっと」
「まぁ働く精霊ってのもよく考えりゃ意味わかんないけどな」
「もうどうあれば納得するんですか颯くんは」
「さぁ……、別に精霊のイメージとか無いし、どうあってもピッタリこれとハマるものは無いな」
「何なんですかもう」
にしても。
それなりに歩き回ってかれこれ10分程は経つものの、なんというかこの森、少しおかしい。
開けた空間が無いというのは仕方のないことなのかもしれないけれど、それにしたって森としておかしい。
何がおかしいのか、それは──
「俺はいつの間にひまわり畑に来たんだ…?」
「まぁ『いつの間にか』でしょうねぇ」
──辺り一面、ひまわり畑なのであった。
「お前ヒマワリの種とか食べないの?」
「え、これですか?食べませんけど」
食べないのか。ハムスターのような見た目をしているのだからヒマワリの種が一番似合うとは思ったのだが、そうだよな。人間と同じもの食べるコイツにとっては今更だよな。
「ヒマワリって太陽の方向いてるんじゃないんだな」
「ヒマワリが向いているのは太陽ではなく東ですよ。咲いたばかりの花は太陽を向くみたいですけどねぇ」
「ふぅん……」
「ネットで見ました!」
「知ってる」
子供の頃は輝く太陽を追いかけてあちこちを向き、大人になるとただボーっと東を見つめて登ってくる太陽を待つだけになる──と。なるほど、人もヒマワリもこうしてみるとなかなかどうして似てるじゃないか。
ただ、そんなことはどうだっていいのだ。大して重要な事でもなければ、今考えるべきことでもない。
俺はひまわり畑の中心に目を向けた。
そこにいた、いや、この場合は咲いていたという方が適切なのだろうが、見えたのは巨大な花。順当にいけばヒマワリなのだろうが、顔が付いているせいでどうにもそうは見えない。
それは蔓なんだか根っこなんだか分からない何かをうねうねと泳がせていて、心なしか周囲に咲く花もそれに合わせて小躍りしているように見えた。
「とりあえず、あそこに行けばいいのか」
「ですね」
ヒマワリが渦を巻くようにして、中心までの道が作られていた。
「あの魔族もたぶんハズレなんだろうなぁ」
「ハズレって……いやまぁそうなんでしょうし別にいいんですけど」
花の形をした魔族。どう考えてもこの世界をどうこうしようという目的があるようには思えない。そういう意味でハズレだ。
俺はもう察しているのだ、知っているのだ、分かっているのだ。どうせ俺の望みを叶えるに足る魔族などそう簡単には現れてくれないのだろうな、という事くらいは。
実のところ、この生活には慣れている。あの恰好にも慣れている。ああいう力を持った存在になれる自分に慣れているのだ。
改めてそれを認識した時、俺はやはり否定するのだろう。
いや、違うはずだ。俺はこんなの嫌に決まってる。と、自分自身に言い聞かせるようにして、それを否定するのだろう。
流されれば楽なのかもしれないし、事実この国や世界をなんだかんだで守っているという今の自分は、あの日以前の自分よりもきっと世の中の為になっているという点で、ずっと良い人間になれているのかもしれない。
「けどなぁ……一回決めたことだし」
「……?」
諦めることと放り投げることは違う。諦めは肝心だし、時には潔く退くことだって大切だ。それは分かる。
どうしたって無理なことというのは存在してしまうわけで、それに挑み続けることは必ずしも褒められたことではない。実現可能か不可能かの判断さえできなくなったことを挑戦とは言わないからだ。
しかし可能性がある状態なら、少なくともその可能性がすべて潰えるまでは実現できるかもしれないわけで、結局のところここまで来てしまったというサンクコスト的なモノが俺をここに、つまりは今の状態に縛り付けているのだと思う。
ゲームのガチャとかで「100連しても出なかったけど、ここで諦めたら100連分の石が無駄になっちゃう!」なんて言って最後まで引いちゃうアレ。
これは人によって分かれるところなのかもしれないけど、俺は断然こっち側、つまりは深追いしてしまう側なのだ。
まぁ、深追いした後の喪失感を考えればやめておくべきなのだろうし、そうしたいのはやまやまなのだけれど……それが出来たらこんなことはしてない。
なんてことを、目の前のヒマワリ怪獣を見ながら思った。
何なんだこれ一体。
「人間ですね」
巨大なヒマワリは言った。
「「「人間ですね、そうですね!」」」
小さいヒマワリ達も言った。
巨大なヒマワリと、その周囲に咲く比較的小さめのヒマワリ。ここで言う比較的小さめというのは、勿論、この巨大な奴に比べたらの話だ。普通のヒマワリからしてみれば相当デカい。
「えっと、こんにちは」
何をどうして切り出したものか分からず、取り敢えずの挨拶。
「こんにちは」
「「「こんにちは!」」」
すると向こうもそれに返して見せた。なるほど、こんな見た目でも常識程度は備えているらしい。てっきり光合成だけしてるのかと思ったが、これなら。
「何してんの?」
「見ての通り、楽園を作っているのです」
「「「パラダイス!」」」
「はぁ、楽園……楽園って?」
「それはもちろん理想郷です。我ら花々にとっての、それはもう華々しい理想の世界を」
「「「花咲き誇るユートピア!」」」
なるほど。いよいよもって虚無な魔族が出てきたとみえる。何、花咲かせるだけの魔族って。
だが、そうだとすれば植物であるコイツがこんなところに現れたのはある意味で不幸だとも言えるのだろう。植物というのは根を張らねばならないもので、しかし残念なことにこの島は本州からは結構離れている。
移動することの出来ないであろうコイツはもっと広いところに活動の根を張らなければならなかったのだ。
「これまでの3000年、思えば色々ことがありました」
「「「花のようにカラフルな思い出!」」」
「楽しいこともありましたが、それ以上に苦難と挫折の連続だったのです」
「「「それを支えたカモミール!」」」
「魔界のような場所では私のように美しい花を育てたいと思う者は少なく、手間暇かけて育てた花々がいくつも枯らされてきたのです」
「「「恵みの雨は真っ赤っか!」」」
「ですが私はついに見つけたのです。この素晴らしき水の星を、あの輝かしい太陽を」
「「「燦々煌めくサンシャイン!」」」
「そして即決しましたとも。この世界でなら、私の待ち望む花の楽園を創り上げることも可能だと」
「「「今こそ創ろうフラワールド!」」」
「…………」
よく分かんないけど、言いたいことは分かった。つまりはこの世界を花で埋め尽くしたいと──これまで魔界という場所が自分達にとって適した環境でなかったからこの世界に移住してきたと──まぁそんな話をクソうるせえ合いの手を挟みながら聞かされたわけだが……うん。平和でいいんじゃないかな。
……とはならなさそうな光景がひとつ。
「花を咲かせたいのは分かったんだけどさ、とりあえずあの人返してくれない?」
いつの間に捕らえられていたのか、蔓に巻き取られ宙ぶらりんにされた副会長──千夏先輩の姿があった。水着のままということもあり、蔓の絡まり方によっては中々に卑猥である。
「ダメです」
「「「ダメです!」」」
「何でよ。こっちの連れだから返して欲しいんだけど」
「どうやら人間という生き物はいいものを食べているのだそうで」
「「「花にとっての水と土!」」」
「つまりは豊富な栄養を蓄えているに違いないわけです」
「「「栄養豊富な餌袋!」」」
「なのですみませんね。あの人間はこれから私どもの栄養としてここで生きてもらうことになります」
「「「フォーエバーフレンズ!」」」
虫に囚われたり花に囚われたり中々忙しい人である。
しかし返してもらえないと困る。そうしないとあの人の進路が花の栄養素に決定されてしまうから。この国では職業選択の自由があるわけで、植物人間になることを強制されてはならないのだ。
俺は変身し、何度目になるのかも分からないが、ステッキを向けた。
「なるほど、あなたも花を枯らす悪虐の使徒でしたか」
「「「おお」」」
「初めは放置してもいいかなとか思ってたけど、流石に花の分際で人間様を食い物にしようってのは頂けないからな」
「美しき理想郷の礎になれる事を拒むなど、信じられませんが……そうですか」
「「「人間は食い物!」」」
花たちにくっついていた顔、そこから今まで感じていたほんわかとした雰囲気が抜け、邪悪な笑みを浮かべ始めた。そこで少し安心した自分がいる。
──やっぱりコイツらは根っこの部分で魔族なんだな、と。
「まぁ、俺も仇花くらいなら咲かせられるから、安心して枯れろよ」
「ふふふ。いいでしょう。あなたたち、手加減は無用、全力で行きますよ」
「「「総員!発射用意!」」」
近くの花々が一斉にこちらを見た。
花びらの一枚一枚が淡く光り始めると、それが魔力であることがわかった。
「ウィーアー……」
「「「サンフラワー!」」」
そして放たれる無数の光線。黄色に光り輝く砲撃が、飛翔した俺を追尾した。
「あっぶねぇっ!」
嫌な予感がして変身していたが、その選択は正しかったらしい。地面の一部が焼け焦げているのを目視して、そう思った。
だが同時にもう1つ気が付いたこともある。コイツら、花に攻撃が当たる事だけは全力で避けているのだろう。俺が低空飛行をしていれば花たちによる光線の一斉放射は飛んで来ないのだ。
その代わりに蔓が槍の様に伸ばされるのだが、それ自体は弾けば何とかなる。
「それはいいんだけど……焼き払っていいのかな」
「人が囚われている以上は緊急避難として割り切るべきかと。流華さんも分かってくれるはずです」
「じゃぁ……キュアーフレイム・バースト!」
「ッ、アァァァァァアアアアアッ!」
「「「ファイアー!」」」
吹き出た炎が巨大な花を焼く。にも関わらず調子を崩すことなく騒ぎ続ける小さな花達。
「何のこれしき……!雨にも風にも、魔界のどんな逆境にだって茎を折ることのなかった私に、勝てぬ敵など……!」
「「「頑張れ~!」」」
「頑張れじゃありません!あなたたちも戦うのです!」
「「「はい!総員、発射用意!」」」
「幸せの種を撒きなさい!私たちの未来の芽は摘ませてはならないのです!」
「「「シードブラスター!」」」
迫りくる数千の弾丸。頬を掠めた痛みで、それがヒマワリの種だと気が付いた。
「ブレード・ウィンド!」
種を切り裂き、茎を切りつける風の刃。騒がしい花々が根元の辺りから吹き飛び、辺りに散らばった。
それでも植物というのは強いのだろう、無惨に狩り取られて尚騒いでいた。
「あ、あなたたち!」
「「「青い空!白い雲!」」」
「早く根を張り直すのです……ハッ!」
「これで……終わりだッ!」
△▼△▼△▼△▼△
ステッキをしまい、変身を解きながら、巨大なヒマワリが枯れていくのを見届けていた。小さい奴らも同様、楽しそうに消えていった。
枯れて……消えて……
「あっ、千夏先輩!!」
「落ちる~」
蔓が消えれば自ずとそこに囚われていたはずの者も落ちる。この世界には物理法則があるのだ。例外を除けばそれに抗うことのできる人間など存在はせず、千夏先輩も自由落下を始めた。
変身を解くんじゃなかった、そんな事を思いながらその回収へと向かった。
「いや~助かったよ~」
間一髪。滅茶苦茶な体勢ではあるものの、千夏先輩の回収には成功した。何とか、頭から地面に突っ込んで真っ赤な花を咲かせる様なことにはならなかった。
「そうですね。何であんな所にいたのかは知りませんけど」
「流華たちと一緒にお屋敷の方に向かってたんだけどね~?途中でヒマワリが咲いてるのを見つけて……こう……ね?」
「はぁ……」
まぁヒマワリが咲いてるのだけを見れば、それがまさか魔物や魔族に通じているのだと考えるほうがおかしいのだから、仕方が無いのかもしれない。
初手でそう考えた俺が染まり過ぎともいえるのかもしれないが、それはあくまでも一般人目線だ。
この人はその存在の事だって知っているはずだし、十分に警戒するべきだろう。いや、すべきだった。
今更だけど。
「にしてもキレイだね~」
千夏先輩が辺りを見回しながら言った。
どうやらあの魔族とその手下みたいな奴が消えたとはいえ、そいつらが丹精込めて育ててきたであろうヒマワリまでは消えなかったらしい。
魔族が消えたことで生まれた大きなスペースを中心にして、辺り一面ヒマワリ畑が広がっていた。
「場所……ここでいいか」
釈然としないが、癪ではあるが、お誂え向きの場所を手に入れたのだった。