釣果
昨晩。
別荘に戻るとエルゼはそこにいた。俺が探している間、こっそり持ち出した夕飯の残りを森の中で隠れて食べていたらしく、俺達が戻る少し前くらいに戻っていたらしい。
当然ぶちのめした。
まぁ、エルゼがそうしてフラッとどこかへ行って、なかなか見つからなかったから会ちょ──流華先輩に会ったわけだけど。
それで、今日は姉さんの要望で釣りに行くことになった。
天候に恵まれなければ、最悪魔法でもぶっ放して雨雲を晴らせばよかったのだが、どうやらその心配もなかったらしく、見事なまでに快晴であった。
早速海に出るのもということで、まずは岩場での釣りを、演習がてら行うことに。
一本道を辿って海に出ると、西に向かって少し進む。ごつごつとした岩場が広がっていて、そこに打ち付けた波が白く立っていた。
「2人は大丈夫だと思うけど、足元には気を付けてね。特に千夏」
流華先輩が言う。水色のビキニを着用し、その上から体が冷えないようにと上着を羽織っていた。
「不安定~」
白いビキニと、腰にパレオを巻いた冴菊先輩。こちらは暑いから大丈夫~と言って、特に上から何かを着たりはしていなかった。
そして先程から、何度か転びそうになっているのを流華先輩に止められている。
「颯、いっぱい釣った方が勝ちよ」
「魚が釣れるといいね」
「どういう意味よ」
姉さんは以前買いに行った黒いビキニにサングラスをかけ、肩には釣竿を担いで勇ましく歩いていた。なんともちぐはぐなものだが、本人がそうしているなら何も言うまい。
岩場は洞窟と同じようにウニョウニョ君を使って歩くのかと思っていたが、流石にこの程度でバランスを崩したりはしないらしい。
軽く岩場での釣りで練習してから海に出る予定だ。
「釣り餌はこれね」
姉さんは岩場に着くなり置かれた箱を開け、中身を取り出していく。
「る、流華……!」
姉さんが手に持った餌を見た冴菊先輩は既に脱落しそうな勢いだが、それを考えていない訳もなく、別の餌を渡されていた。貝らしい。
釣り竿の糸は事前に巻いてもらっていたらしく、後はそれが絡まっていないかだけ気を付ければいいとのこと。
「よし、出来たわ!」
「がんばえ~」
「何よそのやる気のない応援は。大物が釣れても分けてあげないから」
今日釣った魚は昼に焼いて食べるのだそうで、そのために幾つかクーラーボックスを運んでいた。
釣れるのかどうかがまず分からないのだが、それも見越して具材は最初から用意してあるとのことなので、あくまでおまけ程度のものだ。
姉さんはマグロでも釣ってやるというような威勢のよさだが、多分無理だろう。
「えっと…構えて…」
「あ、姉さ──」
「よいしょっ!」
後ろに竿を構えた時、ふと後ろを見ると、冴菊先輩がいそいそと釣り針に餌を付けていたので教えようとしたのだが……少し遅かった。
小さい悲鳴が聞こえると同時に、ポチャンと音がした。
「ん……?なんか釣れた?」
釣り針が海に入る直前、そこに何かついているのを発見した姉さんは、早速リールを巻きあげていく。
「なにこれ、水着じゃない」
姉さんの手元に帰ってきたのは白い水着だった。
流華先輩は水色、姉さんは黒。おのずとこれの持ち主は決まる。
「か、返して~」
後ろを振り返ると、胸を腕で覆い隠して座り込んだ冴菊先輩が。
「あははははっ!」
俺は手を叩いて笑った。魚が釣れるといいなとは言ったが、まさか水着を釣るなんて思ってもみなかった。
「なっ…!なによ!」
「いや?大物が釣れてよかったねって。いいじゃん、俺には分けなくていいからお昼にでも食べなよ」
「んがああああぁぁぁぁ!!」
俺が揶揄うように言うと、激昂した姉さんが襲い掛かってきた。
「ちょっ!痛い痛い!背中に岩がっ!」
魔力で強化された身体なので怪我をするという事は無いだろうが、ゴリゴリされるのは普通に痛い。
「2人共、そんなところで暴れたら危ないから…」
「返して~…」
その後しばらく練習をし、魚を何匹か釣れるようになると、釣った魚を預けて船着き場へと移動した。
「次はもっとデカい奴を釣るから」
「え、冴菊先輩のも結構大きかったと思うけど」
移動中に呟いた姉さんにそう返すと、頭を思い切り叩かれた。
△▼△▼△▼△▼△
「よーし……!」
船を進ませ沖合に出ると、早速意気込む我が姉。
何が彼女を釣りに駆り立てるのかは知らないが、ちゃんとやれば普通に何匹か連れていたので問題はないと思う。
ただ、俺は1つ思った。ウニョウニョ君で捕まえたほうが早いのではないかと。
それを伝えると、バカにしたような目で「情緒が無いじゃない」と言われてしまった。
「情緒なんて分かるんだ…」
「沈めるわよ?」
空飛んでる時は自分で飛んだ方が速いとか言ってたクセに。
「ごめん。でもあれ使った方が巨大なのは釣りやすいと思うけど」
「……自力で釣れるから大丈夫よ」
少し迷っていたが、結局そう言って釣り竿の準備をし始めた。
流華先輩と冴菊先輩は姉さんから距離を取り、水着を剝がされないようにしている。
「ほっ…!」
姉さんが糸を垂らすと、2人もそれに続いた。糸が絡まないように距離は保ちながら。
俺も同じように少し離れて竿を構え、針を投げ入れた。
ゲームみたいにそうすぐすぐ釣れるものでもないため、完全に待ちだ。
時折竿を振って餌を揺らしながら、獲物がかかるのを待つ。
「そういえば…流華と何かあった~?」
ただ黙って待つのも暇だと、冴菊先輩が横から訊いてきた。
「何かって…なんです?」
「呼び方とか変わってるから、何かあったのかな~って」
「あぁ…昨日の夜、山の上の展望台みたいなところで流華先輩と会って、しばらく話してただけです」
特に隠すようなことでもなかったので、あったことを話した。
すると、何か納得したような表情を浮かべた。
「なるほど~。だからスッキリしたような顔してたんだ~」
「そう…だったんですか?」
「うん。よかったよかった~」
「ならいいんですけど…」
流華先輩がスッキリしたような顔をしていると言っているこの先輩の顔が、今この場で一番スッキリしていないように見えた。
何故だろうと考え合点がいったところで、俺より先に口を開いた。
「私の事は苗字で呼んでるのにね~」
行き道の船の上でのことを言っているのだろう。名前で呼ぶよう言われ、それに抵抗して苗字で呼ぶに落ち着いた。
その傍らで別の人をあっさりと名前で呼ぶようになっているのを見れば、確かにこんな顔もしたくなるだろう。
というか失礼極まりないし、俺が同じことをされたら気分が悪いと吐き捨てると思う。
「すいません、苦手なもので」
人を名前で呼ぶのがどうにも慣れない。真や傑はいつの間にか名前で呼ぶようになっていたが、知り合ってそう長くもない、それも3年の先輩となるとどうにもたじろいでしまう。
だからか、分かり易い役職があるとついそれで呼んでしまうのだ。
良いか悪いかは別として、癖である。
「えっ…。苦手ってどっち?私の事?」
そんな俺の返答を少し取り違えた冴菊先輩は、思わず素が出ていた。
「えっと…あ!魚来た!」
「ちょっと~?」
釣れたのはイサキ。
クーラーボックスに入れてもよかったのだが、せっかく1匹目だったのでその場で捌いてもらうことにした。
綺麗な白身の魚で、脂ののった癖のない身だ。それを4人と、当然のように手を伸ばしてきた1匹で食べた。
「颯くん!これ美味しいですよ!」
「そう?お前を餌にすればもっとおいしいのが釣れると思うよ」
「それだと僕が食べられないじゃないですか!」
「は?何言ってんの?ちゃんと食べられるよ」
「それ完全に意味が違いますよね」
「意味っていうか主語がな」
そうして1時間ほど経過した頃、姉さんが叫んだ。
「釣れないんだけど!」
巨大な魚を釣ると言って餌もそれ用に付け替えていた姉さんだったが、一向に釣れないことに焦れたらしい。
勝てないゲームがつまらないのと同じように、釣れない釣りも嫌なのだろう。
「これで釣ってやるわ!」
そう言って、数本のウニョウニョ君を極細の糸状にして海に突撃させた。
「結局やるんじゃん」
「それで釣れるの~?」
「さぁ?何かにぶつかったらそのまま掴んで引き揚げるのよ」
「こんな釣りは見たことがないから、何が釣れるのか少し楽しみだね」
「今度は食べられるやつでお願いね」
垂らしていくこと3分、何本かが海底についたらしく、そのまま引き揚げられた。
小さい魚などは逃げられたらしく、引き揚げられたのはある程度の大きさ以上の魚のみ。
さっき俺が釣っていたイサキなんかもあったが、全員の目は別の方に向いている。
「っ、グロいわね……」
「深海まで垂らせるとは思ってなかったから無警戒だったよ…」
「炸裂して死んだな。エルゼ、食べなよ」
「……や、やめておきます」
姉さんが細糸を一気に引き上げたことで、船の上に魚が出てくるなり、そのうちの2匹が突如爆発して死んだのだ。
そしてあたりに散らばった魚の残骸、かつて魚だった彼ら、もう魚ではない何か。
元より深海魚なんぞ釣り上げても誰が捌くのだという話でしかないのだし、どちらにせよなのだが。
因みに冴菊先輩は興味深そうに真っ先に姉さんに近づき、その目の前で魚が爆発したせいで心神を喪失している。
怪我をしたわけではなさそうだが、生き物が目の前で破裂するというのは、なかなかにトラウマ物かもしれない。
そんなこともあったが、結局何度か試行錯誤してカツオやマダコを引き揚げていたので、これで十分だと船を戻すことにした。
「どうやったの?」
「数千本の糸を下まで垂らして、それを全部繋げて網みたいにしたのよ」
「はぁ……器用だね」




