スイカ
朝だ。
窓を開けると、少し遠くに海が見える。潮風が部屋に流れ込み、磯の香りが鼻を突く。
「ふぅ……」
気持ちのいい朝だ。時計を見るといつもより少し早く、2度寝してもいいかな…そう思ったのだが、ベッドには戻れない。
「なんでいるのこの人…」
「颯くんも早起きでしたけど……それよりも先に起きて潜り込んでましたねぇ」
朝起きた時、左半身がやけに生暖かった。恐る恐るそちらを見ると、いつの間にか布団に潜り込んだ姉さんの姿があった。
ビックリすると同時に安心もした。姉さんでよかったと。これでもし他の2人だと洒落にならないから。
起こさないように、怒らせないように、ゆっくりとベッドを降りて服を着替え、カーテンと窓を開けて──そして今に至る。
「寝ぼけて入って来たとか?」
「いえ、ちゃんと起きてたと思います。2度寝すると言ってましたし」
「そうなんだ。あのさぁ、止めろよ」
この邸宅のベッドはかなり大きい。宿泊できる部屋にはそれが基本1個か2個置いてある。
幅は俺が2人並んでもまだ少し余裕がありそうなくらいで、長さは足を延ばしてもまだ余裕があった。大体2m半とかそのくらいだろう。
うちのベッドはここまで大きくないので、たまに窮屈に感じる。だからといって別にこれを友好の証とか言って持っていくつもりはない。
このベッドが幾らするのかは知らないが、部屋に置かれたクローゼットや机、椅子、小さい棚にその上に置かれたランプ。そのどれを取っても上品なもので、相当に金がかかっているであろうことが見て取れる。
流華先輩の話を聞くと金持ちであることを羨ましがるのも憚られるけど、こういう部分を見るとどうしても思う。
そうしているうちに姉さんが目を覚ましたので、俺は顔を洗いに向かった。廊下を歩いていると、こんな時間だというのにも関わらず、忙しなく働いている姿が見えた。
ただこんな時間でもあるので最小限の声しか出さず、決して俺たちを起こさないようにとの気遣いもあった。流石である。
初日に案内されていた洗面所まで来ると、パシャパシャと水を掛けて顔を洗っていく。思った以上に冷たい水が体を冷やし、目を覚まさせた。
「ひぃ…タオル…」
「はい、どうぞ」
エルゼから差し出されたタオルで濡れた顔を拭う。たまにこういう執事的なことするんだよな。
今日は何をするのかと思ったが、まだやっていないことがあった。
海だ!
……まぁ、海には昨日も出たのだが、そうではなくて。
朝食を軽く済ませると、昼前には浜辺に来ていた。昨日はここから進んだ岩場に言っていたわけだが、今日はここだ。
思えばバーベキューもここですればよかったのではと思わなくもないが、済んだこと。魚は美味しかったのだからそれでいい。
全員再度水着に着替えると、海に向かっていた。
「青い海…」
「青い空…」
「そして埋められた千夏先輩…」
何だこの状況は。
「ふざけたこと言うからよ。海に沈めなかっただけマシでしょ」
埋めたのは姉さんだが、どうしてこうなったのか。
それは──
海に着き、準備も済ませていざ泳ごうかとなった時、千夏先輩が俺を見て言った。
「どうしたの~?見惚れちゃった~?」
「あ?何ですかいきなり」
「颯、この女を海に投げ入れなさい」
「いや別に投げないよ」
突然おかしなことを言い出した千夏先輩に、姉さんが掴みかかろうとした。
そんな姉さんを制止して様子を見ていると、先輩は更に下から覗き込むようにして近付いてきた。
「昨日頭でも打ったんですかねぇ?」
「そういうことか…可哀想に。ほら先輩、頭見せてください」
「え~?頭~?本当はどこ見たいのかな~?」
体をくねらせながら水着に手を掛ける千夏先輩。姉さんを見ると、かなり苛立っている様子。
「いいんだよ~?頭の中でなら私を脱がしちゃっても~。頭の中では自由なんだからさ~?」
「いよいよ重症だな…」
「どこまで脱がされちゃうのかな~?」
顔を手で覆いながらも、こちらをちらちらと見ながら続けている。
「颯、この女を生皮まで全部脱がすわよ。手伝いなさい」
「やめてね」
姉さんは額に青筋を浮かべながら、手をぴくぴくと動かしている。相当来ているらしい。
「も~。エッ──」
「ウラァッ!!」
こうしてこの人は砂に埋められてしまった。おふざけの延長線上だったんだろうが、相手が悪かったな。
「出して~」
「まだ砂をかけ続ける姉さんは鬼なの?」
「砂なんか掛けなくても、どうせ潮が満ちたらここは沈むわ」
「逃げられない~」
千夏先輩に興味を失くした姉さんが泳ぎに行った後、流華先輩によって救出されていた。
△▼△▼△▼△▼△
「スイカ割りがしたいわ!」
ひとしきり泳いだ後、砂浜に触っていた俺に姉さんが言った。
俺も泳いでいたのだが、何度泳いでも姉さんに勝てないので諦めた。物凄い水飛沫を上げて泳いでいたのだが、5秒も経つとその姿が見えなくなるのだ。
俺も魔力で体が強化されているとは言え、流石に勝ち目がなかった。
「スイカ割り?小指で割れる物を?」
話は戻して、スイカ割り。
夏の浜辺と言ったら定番も定番のこのイベント。目隠しをした状態で棒を持ち、数回転してから周りの指示を受け、スイカまで進んでそれを割る。
これまでやったことは無いが、今の状態でやって一体どうするのかというもの。
魔力云々を使わなくとも周囲に何があるのかは何となく感知できてしまうし、まず目を回すことが俺たちにはもう出来ない。
戦いの中でぐるぐると回ることがあるが、その度に目を回してゲロっているのでは戦いにならないし。
それに何より。
「……それもそうなのよね」
「まぁ、私達はスイカを割るというより破壊してしまうからね…」
これだ。千夏先輩はスイカ割りを楽しめるかもしれないが、俺たちがやればまず間違いなく地面諸共スイカが吹き飛ぶ。
それ自体は力加減をすればいいだけの話なのだが、そもそも棒なんか使わなくても指で突けば割れる。
まぁ、楽しいとは言えないかな。
「普通にスイカ食べようか」
「そうね……」
これからスイカが迎えるかもしれない悲惨な末路を想像したのだろう。大人しく普通に食べることを了承した。
「持ってきたよ~」
千夏先輩が運んできたスイカを姉さんが魔力で切り刻み、それを食べながら休む。
「ぷっ!」
「…?……今何飛ばし──」
遠方の洋上で巨大な水柱が上がった。少しして爆音が耳に届く。姉さんの口から飛び出したのはスイカの種だった。
「ぷぷぷぷぷっ!」
口から黒い種が連射されると、軽く世界でも滅ぼせそうな光景が目の前に広がる。
「いいわね。今度敵に試してみようかしら」
「汚いなぁ」
「……」
スイカを一齧りし、口をもにゅもにゅさせてこちらを見る姉さん。
俺はその瞬間、嫌な予感がして──
「…え、噓、やめてよ?そんな至近距離で喰らったら流石に死──」
「ぷっ!」
──次に気が付いたのは、島から少し離れた海の上であった。




