尾行
その髪を靡かせながら、黒髪の少女は街を行く。その名を御厨 楓。
彼女は用事を済ませるため、昼過ぎから出かけていた。
普段彼女は颯ほど積極的に魔物や魔族を倒したりすることはない。まずヴェルザはエルゼのような使命を持たない存在のため、楓にそう言ったことを提案しない。
大体は実験と言って何かよくわからない事をしているだけで、楓が出かける時は一応同行するが、それでも結構自由にしている。
楓も楓で休日は専ら家でゴロゴロとしてるため、魔物に出会うことがそうないのだ。もちろん、降りかかる火の粉は全て振り払い、灰の1つも残さず消し去るのだが。
本能的な感覚だけでその力を颯以上にコントロールしてのけるその腕もあり、そこそこ強大な魔族を人知れず葬っていたりする。
そんな楓だが、先日とある話を耳にした。
生徒会長と御厨の弟が勝負をした。結果は最終的に颯が膝をつき負けた、と。
その話を聞いた彼女は怒り心頭であった。
元はと言えば自分の所に来た頼み事を面倒だからという理由で弟に押し付けたことが全ての原因なのだが、経緯自体は周りの知るところではなかったが故に結果だけが広まり、それが楓の耳に入った。
やけに疲れた顔で道場から校舎までの渡り廊下を歩いていた颯を捕まえたあの日の出来事である。
詳しい話を聞いていなくとも、あの日の颯の話と繋ぎ合わせれば何となくの事情は察せそうなものだが、やはり相手が悪かった。
聖園 流華は一度自分の弟と交戦した相手。
どちらかと言うと楓の方が狙われていたのだが、それでも身内に手を出した以上、何かしらの報復は受けさせてやると内心考えていた。
それは颯本人に止められた上でのことで、もはや八つ当たりでさえあると自覚はしていたが、どうしようもなかった。
目をすっと据わらせ、ただ目的地へと歩みを進める。
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綺麗な髪を風に任せた凛々しい少女が街を歩いていた。その名を聖園 流華。
その表情とは裏腹に、内心はどうすればいいのか分からずにいた。
普段こういった日はリラのサポートの下、魔物や魔族から街を守っていた。
実力は折り紙付きで、日ごろの鍛錬の甲斐もあり、幾つもの悪を退治してきた。
悪即斬な性格のリラに洗脳まがいの行為を受けていたことが発覚してからはリラとの付き合い方や魔物に対しての行動原理においても若干の変化があったものの、概ね彼女の生活はそういったものであった。
そして、その件が引き起こした一連の流れで流華は今日、果たし状という名のお誘いを受け、楓と会うことになっていた。
先日、共通の趣味を持っていたことで仲良くしていた文学部の部長、櫛引 奏に頼まれて演劇部に協力することになり、もう1人の協力者と実力差を測るための模擬試合をしてほしいと頼まれた。
相手の顔を見て謀られたと、動揺を抑えるのが精一杯であったのだが。
そこからはお互いなんだかんだ楽しくなってしまい、周りに人がいるのも忘れて暴れてしまった。それ自体は何故かそこまでの騒ぎにはならなかったのだが、マズかったのはそこからだ。
流華が颯を打ち負かしたという結果だけが流れた。
その結果、一通の連絡が届いた。
『話がある。3日後に来い。来なきゃ殺す』
これだけだった。場所の指定が後から遅れて来た辺り、どういう感情でこの文を打っていたのかは大体想像がつく。
だから内心行きたくないと思いながらも、行かなかった場合の事を考えて渋々行くことにしたのだった。
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物陰に身を隠しながら隠密行動をとる少年が1人。その名は御厨 颯。
昼頃に家を出た姉の表情から何か嫌な予感を覚え追跡することにしていた。
どこに行くのかは分からないが、なんとなく何をしに行くのかは察しがついていた。会長に会いに行くのだろう。
その目的がもろもろの報復か平和的な話し合いか、出来ることなら後者を信じたいが、どうしても不安だったのでエルゼと相談の結果、尾行することになった。
我ながら面倒ごとにばかり首を突っ込むものだと呆れもしたが、それと同時に楓に対する説得が意味を成さなかったことへの罪悪感もそれなりにあった。元より止められるなどと考えていたわけではないものの、自分が無関係ではない以上は多少は責任も生まれてくるというもの。
今回の計画としては楓には好きにさせたうえで、問題があるようなら制止を掛けるというもので、そうせず行動を起こす前に止めてしまうと、結局は同じことの繰り返しになると、そう考えた。
颯は今回会長の身の安全を守るために行動するが、それと同時に姉の気分的な問題もどうにかしないといけない。
本人はそんな状況とは裏腹に、さながらダブルスパイにでもなったかのような気分であった。
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楓が待ち合わせに選んだのは、こじんまりとした喫茶店だった。流華はその店につくと、とりあえず店内であればいきなり争いに発展することもないだろうと安堵する。
静かな店で、少なくともこれから怒鳴られたりするような場ではないことも確かだろう。
無論、待ち合わせがこの店なだけで、その後別の場所で地獄の二次会が開かれるかもしれないが……ただどちらにせよ、覚悟は決めねばならないと、店内で楓の姿を探す。
少し入ると、奥の方の席で何かを飲みながら1人佇むその姿が見えた。彼女は流華の姿を見つけるとその目を険しいものにさせながらも、落ち着いた様子で座るよう促す。
その顔は、笑っているわけでもなければ怒っているわけでもない。
流華は頭の中で何度も「話せばわかる、話せばわかる」と、話しても分からなかったが故に殺された男の言葉を復唱し続けていた。
「やぁ、楓君。お誘いどうも」
なるべく敵意がないことを示すため、なるべくフレンドリーに振舞うため、いつものようにしてみせる。
「目的は分かってるわよね?」
「颯君の事だよね…?アレには少し事情が──」
「わざわざ衆目の中連れ出して負かすなんてどういうつもりだったのか、聞かせてもらえる?」
話している流華に被せるように言い放つ楓。
「そういうつもりじゃなかったって言うか、アレは少し経緯があって──」
「あの子を殺そうとして返り討ちにあったことの仕返しのつもりか知らないけど…卑劣ね」
またも話途中に被せて言い放つ。
「いや、ちょっと話を──」
聞かせてもらえるかと問われたのにもかかわらず、流華の主張を一切ガン無視で話を進めていく楓。
正直言ってどうにもならず、流華はそこからどう話を付けたものかと悩むことになった。
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「話は聞こえないか…」
「バレないように動いてますしねぇ」
店に入りバレない程度の距離にまでは近付くことができたのだが、如何せんこの距離では会話が聞こえない。
「なぁ、盗聴する魔法とかないの?」
「ありませんよそんなの。何だと思ってるんですか」
使えない、と悪態をつき観察に戻る。
こちらから見えるのは姉さんが冷たい表情で何かを言っていることだけだ。会長は身振り手振り動かそうとしてはその手を止めている。こちらは表情が見えないからどういう意図なのかが分からない。
姉さんにまともな話し合いができるとも思えないのだけれど、それでも怒鳴りあったり掴み合いの大喧嘩に移行していないのを見るに、結構落ち着いて話が出来てるんじゃなかろうか。
あの人は最近変わってきているからな、感心感心。
と、しばらく話したら満足したのか、2人で席を立ち店を出ようとしているのが見え、咄嗟に身を縮こまらせ視界に入らないようにする。
「どこ行くんだろ」
会計を済ませ店を出ていく2人をコーラをチューチュー吸いながら見送る。
「え、追わないんですか?」
「いやだってこれ…」
「やっぱ律儀ですよねぇ…」
注文していたコーラが届いてそこまで時間も経っておらず、流石に飲まずに帰るわけにもいかない。
変なことしてなきゃいいけど。そんな不安を押し込めて、コーラを飲んだ。




