黒い影
聞きたいことを聞き出し終えた姉さんに解放されると、作業途中だったことを思い出し、文学部の部室へと戻った。
まだ段ボールが1つ2つ残っていたはずだが、入りたいと思えない。
部長が先回りしていることはないとは思うが、部室の中から未だに声が聞こえる。あの2人が言い争いを続けているのだろう。
暇なら働け。
「もうあの段ボールの運搬はこいつらに任せて帰ろうかな…」
「まぁまぁ、これも頼まれた仕事なんですから。最後までちゃんと…あれ?そういえば…」
「どうした?」
「真くんの姿を見ていませんが…どこ行ったんですか?」
「買い出しも兼ねて先帰ってるよ」
「なるほど、そうでしたか。じゃ、覚悟決めて入りましょうか」
ため息交じりにドアを開ける。
「まだやってんのか……て、あ?」
部屋の隅で怯えたように小さくなる2人。
存外仲いいんだな。
ゴキブリでも出たのだろうか、ドアを開けた俺の姿を見てぶんぶんと首を振っている。
おいおいダークロードさんよぉ。世界を地獄に変えるんじゃなかったのか?台所を這いずり回るのが関の山のブラックロードさんに負けてんじゃねぇよ。
などと思っていたのだが、聞こえた声の主はこの2人じゃなかったのだろうか。そう疑問に思ったところで、エルゼから声が掛った。
「颯くん、魔族です。潜んでますね」
「こんなところにも出るのか…」
どうやら魔族らしい。さっき左腕がどうのこうの言ってたが本当に封印を解いたのか?
だが2人がいる以上変身もできず、廊下には普通に人がいるからそれも難しい。
トイレなどに入ればできるかもしれないが、ここでは緊急を要する。であれば生身の姿で戦うか、誘い出すなりなんなりしてどこか人目につかないところで抹殺するしかないだろう。
しかし、部屋をパッと見た感じ、それらしい姿は見当たらない。
「おい、なんか出たのか?」
「「…………!!!」」
頷かれても困る。出たことは前提でどこにいるかを聞いてるつもりだったんだが。
「ごめん、どこ?」
「「…!……!!」」
指さされた場所にあった本棚をどかすと何者かの影が。
「物理法則無視すんなよ」
「本棚の裏に板のように隠れてたんでしょうか」
壁に密着するように本棚が置いてあったのにもかかわらず、それをどかすと、どう考えてもそこにいるのがおかしいサイズの黒い何かがいる。
やに黒光りしていて、羽のような…これもしかして…
「クソデカゴキブリですね。歴とした魔族です」
「ぁ……うぇぇ……」
もう既に相手したくない。この身のまま戦う案は却下だ、絶対に触れたくない。
「いかにも」
「喋るのか…」
俺より少し小さいくらいのクソデカ害虫が喋り出したことに驚愕する。
「私達はまた、殺されてしまうのでしょうか」
「また…?何……何が?」
俺の記憶が正しければこんなに相手したくない魔族は初めてみるはずだ。それに”私達”と複数形だが、コイツは群体生物には見えない。
が、1つ心当たりがあるとすれば、また殺されるというのは意味が…まさか。
「私共はこれまでの長い間、その存在を忌み嫌われ、顔を見せただけで無残に惨殺されるという悲惨な歴史を紡いでまいりました」
「はぁ」
やっぱりか。私共っていうのはまぁ多分…そういうことだろうな。だとすればコイツ、魔界から遠路はるばるこの世界のゴキブリ助けに来たのか?
「私はそんな現状を憂いたのです。そして、これから先の我々の歴史を華々しいものに変えるために私がやって参りました」
俺ら人間の歴史が地獄に変わるんだが。
どちらにせよコイツはダメだ。虫は苦手と言うほどでもないが、害虫と呼ばれるような奴は普通に嫌いだし、コイツに世界征服されるとなると、地球が火星に変わってしまう。
それは色々と問題だし阻止しなければ。
なんとかしてこいつを外におびき出して…と考えていた折、再び声が掛かる。
「颯くん、あの2人気を失ってます」
「よっしゃ来た!」
エルゼからの報告を聞くと同時に、すぐさま事を終わらせるために変身を済ませると、戦うことを察してかこちらに振り返り名乗りを上げようとするクソデカゴキブリ。
「改めまして。私、名をコ──」
俺はその瞬間全身が粟立ち、何をすべきかを弾き出した。
「うわあぁぁぁぁっっ!!こっち向くなぁぁぁぁっ!フロストコフィン!死ねぇっ!」
一瞬で辺りが冷え込むような温度の氷がコ何とかさんを包み込んで凍てつかせると、氷を砕いて消滅させる。
これにて、コ何とかさんは故・何とかさんに変わったのだ。
それを確認すると変身を解除し、何事もなかったかのように段ボールを持ち去る。
「あっぶねぇ……」
裏返られていたらこの学校ごと破壊し尽くしてたかもしれない。先に述べたように、虫はそこまで苦手ではない。それはそれとして、裏側を見せられるのは普通に無理だ。気持ち悪い。
間一髪で起こしかけた大事故を防いだ俺は、なるべくさっきの奴を思い出さないよう、廊下を1人歩いて行った。
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先程の物置にまで戻ると、部長が待ち構えていた。
「あ、戻ってきた」
「忘れてた…」
「さっきの!やっぱり私の求める人材は君だよ!というかあんな動き、君達以外にはできない!いやぁ、私も恵まれてるなぁ……」
「そうですね。俺も恵まれてますよ、悪運に」
「そうかそうか、それは結構。それで…やってもらいたいんだけど、いいかな?」
「断ったら?」
「私にとっては不運なことに、君にとっては幸運なことに、何もない。こんなことなら事前に君の事調べて、弱味とか握っておくんだったなぁ……」
当然のように酷いことを言うな。
ただ、何もないとは言われたものの、だ。
今日以降、劇への勧誘のための弱味を握るために俺の周り嗅ぎ回られる可能性があり、そうなると正体がバレる危険性もあるわけで、それは非常に困るというもの。
「はぁ……」
こうなったのも全部、自分の失態か。
「やってくれるんだね!?」
先程と同じ溜息を見て、それを同意だと受け取った奏は声を上げる。
「演技とかはないんですよね?」
「うん!やっぱり聞いていた通り押しに弱いね!」
「……あ?」
「あ」
押されると弱い性格や目的を忘れがちな部分など、主に自分が原因ではあるが文化祭にて劇に出ることになり、気を落とすのであった。




