融合実験
もう倒してしまったのだから知ってもどうしようもないとは思うのだが、どうしても気になったという事もあり、帰宅後、ヴェルザを姉さんから借りると、何か知っていることが無いか尋ねていた。
魔物と魔族を混ぜることは出来るのか、出来るとしてそれについて何か心当たりがあったりしないかなど。
結果からすると、それは可能なのだという。しかし可能なだけで誰もやらない、やる必要性の薄いことでもあるのだそう。
やる必要性のないというのは結局のところ、生物の抱える欠点というのは他の生物を混ぜたところで解決できるものではなく、それどころか下手に混ぜ合わせることでその生物が本来持たないはずの欠点までついてきてしまい、それでは意味が無いのだ。
「最後に見たのは数千年ほど前の話だ。あの時我は初めて笑うことを覚えた」
「笑う?何が?」
「誰もやらなくなって久しい融合実験をやり始めた生まれたての悪魔がいてな。そいつは百年以上掛けて作り出した実験体の第一号に、隷属魔法や支配の呪いすら掛けずに逃走されたのだ。なんとも間抜けな悪魔だ」
そう言ってヴェルザはクツクツと、思い出すように嗤い始めた。
何が笑い所なのかはよくわからなかったが、つまりは意味のない実験をし始めたばかりか、その上で初歩的なミスを重ねたというのがその悪魔だったのだろう。
「はぁ……。どんな魔物かは知らないの?」
「カブティドスと魔族を混ぜるというような実験だったか。最後に見たのはそれだ。よく分からん悪魔だった」
「カブティドス……でも何で混ぜたんだろ。あのツノ特に何もしてこなかったけど」
先のベニマルを思い返す。あのツノは怪しさこそ満点であったものの、特に攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただただバランスを崩してしまうだけなのではと、そんな感想しか出てこなかった。
「悪いが間抜けの思考までは推察できん。配下として使える駒を作ろうとしていただのとそんな話は聞いたが、結局そんなことをするくらいなら適当な魔物や魔族をそのまま捕まえて使った方が早い」
「配下の駒…ふぅん…その悪魔は何て名前とか……って、知るわけないよな」
「あぁ。笑いはしたが、そんな奴の名に興味はない」
何というかコイツらしいと、関わってまだ数日ではあるがそう感じた。
コイツは基本、興味のないモノにはとことん興味を示さない。
自分自身でも何を言っているのかよくわからなくなるが、人はいろんなことを考えて生きているわけで、割と色々なことに興味を示す。そしてそれが自分に合っていないと分かった時点で、初めて興味を示さなくなるのだ。
しかしヴェルザは違う。コイツは自分の興味のあるモノというのを最初から設定されたかのように持っており、それ以外は自分に合っているかどうかさえ気にすることはない。初めから目もくれず、切り捨てていくのだ。
姉さんと契約して数日、何処かに引き籠っては魔法の理論や実験を繰り返している、そんな陰気な奴であった。そしてたまに出てきては特に何をするでもなく家の中を徘徊していたりする。この間は洗濯機の中にいた。
落ち着くのだそうだ。
姉さんが出掛ける時は一応付いて行くみたいではあるが、それでも姉さんの体内に引き籠り、呼び出されるまで出てくることは無いらしい。
活発的に外の景色を見ようと、そして様々な物を食べようとするエルゼとはかなり対照的である。
「にしても、悪魔が配下なんか集めて何すんだろうな」
「さぁな。魔界というのは何もせずに過ごすのにはあまりにも暇な空間でもある。悪魔にしては珍しく軍勢でも作って頂を目指すようなことでもしてみたかったか。それとも何か、別の目的でもあったのか。まぁ、知ったことではないがな」
別の目的。そいつの目的がここにあったりしたらそれこそ大迷惑なのだけれど、魔界で軍隊を作っているだけなら関係もないのかな。
「そういう点では特異な悪魔でもあったが、そんな悪魔もたまにいる。だが存外、そういう悪魔の方がとんでもないことをしたりもするものだ」
「とんでもないこと?」
「その答えまで求めるな、自分で考えろ。…………まぁ、例えば魔界とこの世界を繋げたりとか、そういうことを、だ」
俺が睨みつけるとヴェルザは少しその靄を揺らし、例を1つ上げてみせた。
これはただの例示なのだろうが、何者かが意図的に世界同士を繋げたという可能性も無いわけではなく。しかしそれを探る術がこちらには無いというのがもどかしく感じられた。
そして俺はその言葉の意味を、そう遠くない未来に知ることとなる。