道化魔族
ピエロって、知っているだろうか。
漢字で書くと道化師…だっけ?
元は曲芸や冗談などを通して人々に笑いを届けたり、その中にお偉いさんへの皮肉じみたメッセージなどを込めたりする存在だったそう。
ジェスターやジョーカー、クラウンなんて呼び方もあり様々だが…まぁ似たり寄ったりのモノだろう。
ただ時代の流れというべきか、そういった存在が今日必要な場所というのはまずない。
だからこそ、その存在意義も変わり、今ではもう遊園地などでその姿を見れるかどうか、といったところだ。
それとは別に、こういった存在に怖いといった印象を持つ人も多い。
デザインなどで変わってくるのだろうが、俺だって夜闇に紛れてこんなのが現れたら腰を抜かし、一心不乱に魔法をぶっ放してしまうに違いない。
そして今、そんなピエロに俺は扮していた。
「何でこんなことに…」
この暑さの中、ピエロの着ぐるみを着込んで遊園地を歩き回る。そんな苦行としか言えない行為に悪態をつく他なかった。
「俺はそもそもスタッフとして入ったんであって着ぐるみ着るとは言ってねぇだろうがクソがっ…余計なこと押し付けやがってあん畜生がっ…」
殺意を孕んだピエロが遊園地内を闊歩する。
字面だけ見ればほぼホラーだが、陽気に笑う、デフォルメされたピエロの着ぐるみは、周囲の人間にそれを感じさせなかった。
そもそもなぜ遊園地にいるのか。それはまたバイトを入れたからだ。
本来であれば涼しい部屋の中、わざわざこんな暑い時期に遊園地なぞを訪れるアホな愚民どもを尻目に簡単な仕事をして金を頂いていく。そんな算段であった。
にもかかわらずだ。
シフトの調整ミスったからなどと言って、あのクソったれな雇い主はこの地獄のような仕事を押し付けてきたのだ。
当然抵抗はした。割とガチな目で「殺すぞ」と。
ただ怯むことなく押し切られてしまい、情けなくもこうして文句を垂れ続けることしかできないでいる。
「まぁまぁ、せっかく遊園地に来たんですから。楽しんでいきましょうよ!」
「テメェ事の顛末見てた上で言ってんのか?殺すぞ」
「あ!あのポップコーンっていうやつが食べたいです!きっとおいしいですよあれ!」
「聞けよ。ていうか客じゃないんだから買う訳ないだろ!」
こんな場所の利益になど1円たりとも貢献してやりたくない。ポップコーンなら帰りにスーパーかどこかで買って帰ればそれでいいだろう。
とまぁ、鬱陶しい奴ではあるが1人で1日着ぐるみを着て歩き回るよりは、気が紛れる分幾らかマシだ。
……マシなだけだ。最悪であることに変わりはない。
そうしてジリジリと暑い遊園地内をムシムシとする着ぐるみでトボトボと歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。
声のした方を見やると、何やらイベントでも始まったのだろう。子供達を初めとした多くの人が集まっているのが見えた。
まぁ、遊園地だしな。イベントの激戦区だ。
「何が始まるんでしょうか…僕、気になります」
フェンスに張り付き、興味津々に会場の方を見るエルゼ。どうせ暇だしと、俺もそれを見て行くことにした。
仕事中であって暇ではないのだが、イラついているし素直に従ってやる義理はない。
精々反抗期の子供のように振舞ってやることにしよう。
△▼△▼△▼△▼△
「レディース、エーン、ジェントルメッ!」
ガキ相手のイベントでそれ言ってどうするんだろうか。親御さんに関してはそうだろうが。
司会進行を務めるらしいスタッフの少しずれた言葉選びに内心ツッコミを入れる。
そうしてイベントが少し進むと、早速本題に入り、メインキャストが呼ばれる。
司会に呼ばれて出てきたのは…ピエロか。あー、なんかもうすでにイラついてきた。
見るのやめようかな。
何というか妙にリアリスティックなデザインというかメイクというか、人によってはそれこそ嫌悪感のありそうなものではあるが、特に怖がられるといったような気配も見られなかった。
でも実際ピエロを怖いものとして認識するための知識が無ければ、受け入れるのは容易いのかもしれない。人間は知ることで恐怖が増え、また同様に、知ることで恐怖を失っていく生き物なのだ。
お化けという存在を、その概念を学習するからこそ暗闇の中に誰かがいるのではと考えるようになるワケで、そう言った知識を手に入れなければ恐怖というのは生まれないのではないかと思う。勿論そんな教育を施すことなど不可能に近いのだろうし、あるいは人間が本能的なモノでそれを学習している可能性だってあるかもしれないのだから、実際のところは何とも言えないのだが。
反対に、物の原理を知ったりすることで人間が感じる恐怖というのは薄れたりもするわけだ。心霊現象の様なものが起こったとして、それが科学的に証明のできる自然現象であるという事を知ることが出来たら、例え物音に驚くことがあるとしても、それを未知の恐怖として捉えることはすなわち無くなるワケだ。
「おぉ…!」
エルゼは動かなそうなので、そのまま見ていくことにした。
ピエロというのだから何か面白い芸でも見せてくれるのかと思っていたのだが、やるのは景品を賭けたクイズらしい。
全問正解した人達には特別な景品があると。なるほど、道理で参加者の多いわけだ。
「みなさ~ん!ピエロさんの掛け声に合わせてくださいね~!いきますよ~!」
「マジカルピエロの~?マジカル~?」
「「「「「「「クイズ~!!」」」」」」」
会場に響き渡る掛け声。子供たちの元気な声がよかったのか、ピエロは嬉しそうに跳ねまわり、ドタバタと足を鳴らした。
「…………なんじゃこりゃ」
まぁ、こういう参加型のイベントには一体感が必要か。
そんな事を考えていた時、エルゼが叫んだ。
俺はその声が緊急事態を示しているものと考え、着ぐるみ姿のまま構えた。なんとも恰好がつかないが、元より変身したところであの格好では恰好などつかないのだから、今更である。
「颯くん!」
「何、魔物!?」
こんなところに現れたとなれば最悪も最悪。最悪なのは俺のこの状況だけで十分だ。
出来れば俺の事も誰かが救ってくれればいいのだが。
と思っていると、俺はその答えに頭をフェンスに打ち付けることになった。
「参加したいです!」
「無理に決まってんだろ」
「きっとあのクイズに正解すればポップコーンが貰えるに決まってますよ!」
絶対に貰えないと思う。何でそう自分にとって都合よく話を展開できるのか、俺はその思考回路の不可解さに戦慄した。
こいつ、今の俺の状況を分かっていないのだろうか。
一応、ホントに一応ではあるが俺はバイト中で、例えエルゼがこのクイズ大会に参加できるような人間の姿であったとしても、絶対にあの中に混じったりはしなかったと思う。
しかし今の世の中を生きていくにはこれくらいの図太さも必要なのではないかと、くだらないことを考える。
まぁ、魔物じゃないならなんでもいいんだ。せっかくのイベントに魔物が現れるとどうなるかはこの間分かったからな。
そうでないなら無視すればいい。
こいつの扱い方も何となく心得てきたというか、あんまり押され過ぎないようにするのが大事なのだ。一番押されてはいけない所をまんまと押し込まれてしまった所為でこうなっているのだが、人間はやはり失敗から学ぶことのできる生き物である。
だったらピエロも断れよと、どこかから声が聞こえたような気がしないでもないが。
そういえば、この間のライブでの一件。後でエルゼに聞いてみた事なのだが、あの発声する者の舌を攻撃するような名前を持つテュルニュクスュルなる魔物は、歌や音楽に反応していたらしい。
今日この国、いや、この世界で音楽が流れない土地というのも、宗教的なあれやこれやのある場所でもなければかなり少ない訳だが、アレはつまりそう言ったものに反応して暴れ出す魔物だったそうだ。
何故あんな所にいたのかは不明だが、また近くに魔族でもいたのだろうか、それとも。
俺は視線と意識を戻した。
壇上のピエロはルールを説明していく。飛び跳ねながら体を左右に揺らし、ケタケタと楽しそうにしていた。
「今からクイズを出していくから、マルだと思う人はこっちに!バツだと思う人はこっちに集まってねぇ!全問不正解の子にはちょっとした罰ゲームもあるからねぇ!アヒャッ!」
ちょっとテンションが高すぎやしないだろうか。浮いてますよ完全に。
「颯くん…」
ルール説明を聞いたエルゼがまた話しかけてきたのを尻目で睨んだ。とは言えそれはピエロの着ぐるみ越しで、俺が睨んでいることは伝わらないのだろうが。
そして再度、クイズ大会への参加は不可能だと告げる。
「だから参加は無理だって──」
しかし。
「違います、今若干魔力が動きました」
険しい顔でフェンスに張り付くエルゼは、冗談など一切を抜きにしてそう言った。
「魔族か?」
「えぇ。あのピエロが、です」
早速かよ。俺は首を回してピエロを見て、なるほど。妙にリアルな感じがしたのはそれが本物だったからかと、状況に似つかない納得感で首を縦に振った。
どっちにしろ最悪だ。ぶち壊しでしかない。
いや、でもアイツまだ何もしてないし、その点ではロマンス怪人と似たようなもんか?
なら取り敢えず放置で様子見を……あぁ、ダメだ、違う。罰ゲームとか言ってたよなアイツ。それと称してピエロが子供喰いましたとかなったら大惨事だ。
それを避けるためなら。
「仕方ないか」
俺はこうも行く先々でトラブルが起こることにげんなりしつつも、ステッキを握るのだった。




