(3月30日付けの手紙)
3月30日付けの手紙は、長いので分けます。
お母さん
今日の昼過ぎ、魔法研究所の転移魔法陣を使って王都へ飛んで、例のピアノの侍女さんことアマリエさんのコンサートへ行って来ました。
王都は初めてですので、完全にお上りさんでした。
一応、アマリエさんの指示通り、王宮前の停車場で国立音楽堂行きの馬車に乗って会場を目指したんですが、王都って、ほんとにきらびやかで活気があるすごいとこでした。
音楽堂の入り口に、キンバリー家からの大きな花籠が飾ってあったんですが、その隣に、ベネディクト家からの同じサイズの花籠が飾ってあって、お花が代理戦争しているようで、笑えました。
コンサート自体はとっても素敵で、夢のような時間だったんですが、ビックリしたことに、アンコールに『年越しの踊り』の曲を弾いてくれたんです。
あの大晦日の夜も盛り上がって素敵だったんですが、正式なコンサートで聴くと、素朴だけど新しい年に向けての期待感とか、年神さまの神々しさとかが感じられて、すごく良かったです。
歌詞はなくて曲だけだったからセーフでしたが、あれで、歌詞とダンスが付いていたら、リンダ先生が卒倒したと思います。
ビックリしたことに、このコンサートには、ジークも招待されていたんです。
コンサート会場で会って驚いたんですが、よく考えたら、元の雇用主で、お世話になった人ですから、招待しても変じゃないんです。
それで、ジークは、コンサートの後で招待されたキンバリー家の晩餐会で(何故か私も招待されてたんです)ベネディクト家も、キンベリー家とともにアマリエさんのパトロンになりたいと申し出て、キンバリーの皆さまやアマリエさんの了承を得ました。
これで、ベネディクト家の体面は、保てることになったんです。
この台本を考えたのは、シールド侯爵でしょう。
でも、晩餐会が終わってから、ジークがこぼしたことによれば、元々アマリエさんがお母さまの入院費用を給金から前借しようとしたら、その額がジークの裁量範囲を超えていたので、認めることができなかったそうです。
ジークが若年なので、一定額以上の法律行為は、ジークの一存では決められなくて、シールド侯爵の了解を得ないといけないシステムになってるんだそうです。
今回、アマリエさんの前借は、使用人の前借としては多すぎる額だったので、シールド侯爵が許可しなかったんだそうです。
で、仕方がないので、アマリエさんがキンバリー家を頼ったあとで、彼女の才能に気付いたシールド侯爵が、遅ればせながら、彼女をベネディクト家で囲い込みたいと思ったそうですが、すでに、キンバリー家の手中にあって、どうすることもできなかったというのが、ことの真相だったようです。
あの日のお怒りは、単なる八つ当たりだったんです。
あの侯爵さまは、本当に、老害といって良いレベルでジークの足を引っ張ってくれます。
で、晩餐会が終わった後で、本当は、アマリエさんのお宅に泊まる予定だったんですが、ジークに拉致されて、今に至ってます。
つまり、私は、王宮のベネディクト家の離宮にいるんです。
ジークは、ものすごく怒ってました。
というのも、私が、テスト最終日に、寮へ帰るやいなや、速攻で着替えてスレイ翁の下へ向かったんですが、ジークは、私が出発するのを翌日の早朝だと踏んでいたので、完全に出遅れたんですって。
で、翌朝、6時に起きて、食堂へ行ったらしいんですが、待てど暮らせど私が現れなくて、イライラしてたら、男爵令嬢ズが現れたそうです。
彼女たちは、春休みが2週間ほどしかないので、今回はテレサのお家に行くことになってるんです。で、荷造り万端意気揚々と現れたんですが、その中に私がいないことに気付いたジークが、訊いたそうです。
「エヴァは、どこだ?」って。
パメラが肩をすくめて、
「トーリ村は遠いから、昨日のうちに出発しましたわ」
って、答えたら、置いてけぼりを食らったことに真っ青になったそうなんです。
「ジークフリードさま、大丈夫ですか?」
「顔色が悪いですわ」
「エヴァなら、4月に帰って来ますよ」
って、口々に慰めたそうですが、なかなか立ち直れなかったそうです。
ジークにすれば、春休みは短いし、アマリアさんのコンサートに招待されているから(驚いたことに、魔法研究所の『転移魔法陣利用申請書』の許可決定した所長からジークに、私が30日に王都へ行くって報告があったらしいんです。本当にプライバシーなんかあったもんじゃないです。プンプン!)、村へ帰らず、休み中は、山へ日参すると思ってたんですって。
それなのに、さっさと村へ帰ってしまったと聞いて、春休み、スレイ翁に会えると心待ちにしてたのにって、がっかりしたそうです。
私がいないので、翁に会えなくなるんじゃないかって心配になったそうです。
ジークは、ケント会長さえいなければ、ツーノが出て来て、翁に会えるんじゃないかって、一縷の望みを持って、山へ日参したそうですが、ツーノは現れず、翁に会えなかったそうです。
スレイ翁は、ジークの態度で今後の対応を決めるって、言ってたから、見限られたわけじゃないでしょうが、ジークにしてみればショックだったようです。
それで、ジークの尋問が始まったんですが、それが、とんでもなくネチネチと鬱陶しいものでした。
どうやら、ジークは、男爵令嬢ズの話を聞いて、すぐに、私の後を追おうと思ったらしいんです。
でも、ケント会長が、本当に私が帰ったのかどうか確認すべきだと言って、とりあえず、駅馬車に乗ったことを確認しに行ったら、テストが終わった3月17日の午後、駅馬車に乗った生徒はいなかったことが分かったそうです。
だとすれば、私はどこへ消えたのだろうという話になって、魔法研究所の転移魔法陣でも使ったのかと、調べたそうです。でも、そこでも、私の名前はなかった。ただ、30日の王都行きの許可は取ってあったので、それまでに帰ってくるだろうと、我慢して待ってたそうです。
「いやあ、悪かったね。
こっちは、あんたは、ケント会長やエリザベートさまと過ごすものと思ってたから。
だって、雪が降ってから、お見限りだったじゃない。
だから、春になったからって、急に連絡があるとは思わなかったの」
って、言ったら、真っ赤な顔をして言い張ったんです。
「君は、私が、気候が良くなっても、ケントやエリザベートと一緒に行動すると思ってたのか?
だったら、それは、大きな誤解だ。
ベネディクト家の人間は、スレイ翁と交流することが、全てにおいて優先されるんだ」
「だったら、自分で頑張れば良いじゃない。
翁も、あんたの態度で、今後どうするか決めるって言ってたわ」
「なに?」
「そういうことよ。
翁もウイリアム殿下も自分勝手に付き合う人をコロコロ変えるような人は信用しないみたいよ」
「私は、そんな軽薄な人間じゃない!」
「そう。なら、良かった。
せいぜい、翁に見限られないように頑張ってね」
「君は、まるで、スレイ翁の心を知ってるような口ぶりだ」
「そうね。結構、会ってるから」
ジークの目が落ちそうなほど見開かれました。
「ずっと雪が降ってて、森へ行けなかったのにか?
嘘つくんじゃない」
「少なくとも、昨日、会ってきたから」
「どういう意味だ?」
「私、黒い森を横断してトーリ村まで往復して来たの。
だから、最後に、翁にお礼を言いに行って、ついでにお母さんのクッキーをお土産に置いて来たの」
「どうして、連れて行ってくれなかったんだ!」
エヴァとジークの大喧嘩が再び始まります。この二人は仲が良いのか悪いのか分かりません。




