勘違い
窓から差し込む日の光で昭人は目を覚まし、ベッドに横たわったまま太股を上げるが、完全に筋肉痛が抜けているようだ。一声発し、準備運動代わりに第一第二混ざりきったラジオ体操でまだ眠っている体を起こす。
「今日も世知辛い異世界生活ですが、頑張りましょう」
昭人が日本で働いていた会社の社長の声まねを誰に聞かれる訳でもなくして、必要な荷物を用意し宿を出ると、朝食に塩っ気の強い魚のフライとジャガイモのスープを野菜ジュースと一緒に食べる。
砂海で漁を続ける内に慣れてはきたが、こちらの地域は高温多湿な性か肉体労働者の利用する食堂では塩をふんだんに使われており、同じ理由で煮込みやスープ料理メインの店が多い。
出発
記憶を頼りに道を進みながら、一昨日発見するも手が出せなかった蜂の巣を探し出す。
「魔獣は即命の危険だが、方角見失っただけでも死ねるな」
幸いにもグレィティアからさほど離れてはいなかったので容易に蜂の巣を見つけ出す事に成功した昭人は、自分の運の良さに感謝する事となる。太い枝から子供の身長程もある蜂の巣が吊り下がっており、数匹が巣の周囲をパトロールしている。
襲ってこないだけの距離を保って背負い袋から固形チップに火をつける。昭人が普段から愛用している葉巻は虫避けになるのを禁煙しない理由にしているが、流石に蜂が襲ってこないほどではない。
まずチップから大量に立ちのぼる煙を体全体に染み込ませ、道具屋で購入した物の昨日は筋肉痛で使う事の出来なかった蜂の巣セットから長尺の棒に金網を取り付ける。
「手順は完璧。失敗したら・・・ダッシュで逃げよう」
そろそろと棒を押しやり蜂の巣に近づけ、目標地点まで辿り着くとゆっくり上に持ち上げる。
棒の端を持って操作しているので狙いが定まらず、手間取っている内に気づかれてしまったようで、蜂共が一斉に金網と棒に群がっていく。遠くにいる昭人にまで顎を打ち鳴らす警戒音が聞こえ余計な力が手元を危うくさせる。
「とっと、もうちょいか。こっちに気づくなよ・・・よしっ で、この紐を引くんだったな」
金網が蜂の巣の根本まで入ったのを確認し、焦っりながらも棒の端に備え付けられた紐を引くと、網が袋状に閉じ、巣の根本が枝から離れる。
「っく 重い~~。その次は走る! 」
地面に巣の入った金網を棒伝えに引きずり大急ぎでその場を離れる。この時ばかりは他の魔獣の警戒も出来ず、ひたすら駆ける。
昭人には後ろを見やる余裕すらないが、巣から飛び出し網に掛からなかった蜂達は巣があるべき場所に無い事が理解できず、その周囲をただ旋回している。
「蜂って近くで見るとトラウマになりそうな顔つきなんだな。おっこいつらも溶けるのか」
数匹に追いつかれた物の十分に距離を取れたと判断し、金網越しに出入り口から燻していくと、始めは金網を噛みちぎろうとしていた蜂共も不釣り合いに大きい羽だけを残し体が溶けていく。
相変わらず街の外で食事を出来る様な安全地帯を知らない昭人は、街で携帯食料を食べる。
「それは巣の値段も入っているのか? それとも蜂蜜の買い取りは別に専門業者がいるのか? 」
蜂の巣セットなどという道具を買った出費を差し引いても十分過ぎる利益は出てはいるが、素材屋が蜂の巣を査定しようともしない姿勢に疑問を投げかける。目を見開き昭人の方を向き直った店長は、かさばる蜂の巣を苦労して持ち帰ってきた昭人にとって衝撃の一言を告げ破顔した。
「にいちゃんわかってなかったのかい。こいつらは肉食だから、花粉を集めたりしないんだよ。だから当然だが巣に蜂蜜は貯め込まれていない。」
「!! じゃぁ巣を運んで来たのは無意味だったと」
「魔獣を飯の種にしようってのに無知なのは自己責任だな。無駄な荷物持って無事に帰ってこれただけで儲け物だ。
その労働に金を払う事はしないが、この蜂の羽は鉱石として採掘した物より強度の高いガラスになる。お貴族様なんかが買う物だから、小型の魔獣の中では結構な値段付けてやってる。まぁそう落ち込むなや」
食事、体調管理に続き勉強の必要性を突きつけられ、爽快感溢れる異世界イメージが崩壊していく幻聴が昭人に聞こえた。
借金 235万6500円
支出 11万5500円(船着き場使用料10万円)
利益 23万 0円
残り 224万2000円
返済日まで 40日