第2話 新しい服
第2話 新しい服
私は咄嗟に両手を挙げて(あげて)それを遮り(さえぎり)、驚愕の声を上げた。
「な……何よ、その不気味な物件は!?」
当然の拒絶だった。私がすべての行政データを入力し終えた(終えた)瞬間、目の前に立つ少し頑健な体格をした**『刑事』**の女性、アン・ルイス(Anne Lewis)の傍ら(かたわら)に待機していた看護ロボット(かんごロボット)が、一本のインジェクション・ガン(注射槍)を突きつけ(つきつけ)、私の肉体へとインジェクション(注射)しようとしたからだ。
「申し訳ない(もうしわけない)わね」
アン刑事は苦笑を浮かべて(うかべて)言った。
「あなたへの説明という名のシステムログを失念していたわ。これはシグナル式の『位置ロケーター(追跡器)』よ。あなたの肉体へ直接注入することで、このロケーターは絶え間なく(たえまなく)シグナルを発信し、私たちのシステムにあなたの座標をリアルタイムに開示し続ける。当然だけど……これは星際連邦議会の最高命令によって執行される防盾よ」
「そんなことをしたら、私の……私のすべての行蹤(こうしょう:行くえ)が、私がどこへ移防しようとも、星際全体のシステムに筒抜け(つつぬけ)で監視されるってことじゃない!」
「仕方のない(しかたのない)ことよ。これは上層部が絶対執行を命じた(めいじた)剛性の規則なのだから」
「彼女は犯人でもシステムエラーでもないわ!」
傍ら(かたわら)のエマ師長も、その職人的な気炎を上げて抗議した。
「あなたたち、一体何の権限があってこの子にそんな地牢のような真似をするの!?」
「これが不条理なノイズであることは重々(じゅうじゅう)承知しているわ。でもね、これは上から交付された絶対の号令なのよ。私たち末端の兵隊はただ執行するしかない。お願い(おねがい)だから私を難民の板挟み(いたばさみ)にして、システムを卡關(かかん:行き詰まらせる)させないで頂戴。交差対帳が合わなく(あわなく)なってしまうわ」
「そうね……」私は没好気(ぼつこうき:へそを曲げて)に吐き捨てた(はきすてた)。
「だったらこれから毎日、私はこのワシントン特区のあらゆるナイトクラブ(夜店)を全速でハシゴして遊んで(あそんで)あげるわ。あなたたちは私のために私設の防盾(站崗)となって、私の安全のシステム数値を死死と保守し続けなさいよ」
「ク、クリスティーナさん……!」
アン刑事の顔色が瞬時に狼狽へと移防した。
「そんな過激な冗談はやめて(やめて)ちょうだい。物事は友好的に商議しましょう……」
「来なさい!」
私はおもむろに袖を捲り上げ(まくりあげ)、拳を強く(つよく)握り(にぎり)締めて(しめて)彼女の前に突き出した(つきだした)。その眼光は、完全に定調していた。
「……さあ、早く(はやく)注入しなさいよ」
「頼む(たのむ)から……!」アン刑事の肉体が微かに(かすかに)震撼(しんかん:震えること)した。
「頼む(たのむ)から、そんな不穏な空間へは行かない(いかない)でちょうだい……私の仕事の首が肉体消滅してしまうわ……」
「私の自由よ! いいから早く(はやく)撃ち(うち)なさい!」
ついに、アン刑事は不情願(ふじょうがん:極めて不本意)に看護ロボット(かんごロボット)へシグナルを送り、インジェクション・シリンダーを私の腕へと押し当て(おしあて)させた。──『ピッ』という無機質な電子音とともに、冷たい(つめたい)ロケーターが私の皮膚の下へと落鎖された。
「間もなく(まもなく)、特務があなたの新しい『IDチップカード(ID晶片卡)』をここへ緊急移送してくるわ。外出する際は、絶対にそのカードを携行することを忘れないで(わすれないで)ね……。クリスティーナさん、他にシステムログ(用事)がなければ、私はこれで失礼するわ」
「ええ、ご苦労様、ありがとう」
アン刑事の欲言又止(よくげんゆうし:言いたげだが口をつぐむ)な滑稽な表情は、見ている(みている)だけで笑い(わらい)を誘った(さそった)。私は大将の自律で必死にそれを堪えた(こたえた)が、エマ姉ちゃんはすでに完全に我慢の限界を超え(こえ)、口を覆って(おおって)クスクスと絶え間なく(たえまなく)笑い(わらい)続けて(つづけて)いた。アン刑事は彼女を鋭く(ふるく)一瞥すると、ゆっくりと行政データを格納し始めた(はじめた)。
「とにかく、私は事前に忠告したわよ。行くか行かないかは、あなたの自由だけどね……」
そう言い残し(いいのこし)、アン刑事は看護ロボット(かんごロボット)を引き連れて(ひきつれて)、その場を転身し去って(さっていった)いった。
「それにしても」エマ姉ちゃんが極めて(きわめて)好奇そうに私に問いかけて(といかけて)きた。
「不思議ね、妹よ。あなたはあの蛮荒の辺境惑星D7星の出身のはずなのに、どうしてこのA1特区の裏の社会にそれほど精通しているの?」
「私は元々(もともと)、A2星の居住者だったのよ。大学はまさにこの特区の最高教育専門大学で学んで(まなんで)いたわ。卒業後、システム(議会)による学校への配属を待って(まって)いたのだけど、当時はこのA星群のコア市場には一切の職缺(しょくけつ:職の空き)がなかったの。空き(あき)があるのはどれもこれも、システム(地図)の最果て(はて)にある辺境の孤星ばかり。私はこれ以上の無駄な(むだな)垃圾時間を消費したくなくてね、思い切って(おもいきって)D7星の教壇へ移防したのよ。まさか、そこで私の唯一の真実──アントニオ(Antonio)に出会う(であう)なんて思っても(おもっても)みなかった。彼と結婚してからは完全にあの地に定居し、二度と(にどと)このA星群へ戻る(もどる)つもりはなかったわ。だからね、お姉ちゃん、私がこの惑星のインフラやルールについて、それほど見知らぬ(みしらぬ)雜音を抱く(いだく)ことはないのよ」
「そういう底白(背景)があったのね。あなたはなんて偉大な(いだいな)重騎士なのかしら。普通なら、あんな過酷で一無所有な辺境の地へ進んで(すすんで)赴く(おもむく)エンジニア(教師)なんていないわ。この私だって絶対に御免よ。……でも、そうなると、あなたにはもう、あのA2星には一人の親族も残されて(のこされて)いないの?」
「……あの劇烈な竜巻が、私の愛する(あいする)家族のすべてを、一瞬で肉体消滅させてしまったから」
「あなたの家は、あの伝説の超巨大ハリケーン『サニー(Sunny)』の直撃を受けたというの……!?」
私は静かに(しずかに)頷いた(うなずいた)。
「本当にごめんなさい! まさかあなたに、それほどの過酷なシステムエラー(不運)の過去があったなんて……。これで、私の背負う(せおう)看護の責任は、さらに重大なものになったわ」
「お姉ちゃん、そんなに自分の負荷を高め(たかめ)ないで……」
「そういえば、妹よ。あなたの『第二言語【注1】』は一体、どの言語システムにアライン(対齊)されているの?」
「フランス語よ。それから大学時代に、日本語も選修(せんしゅう:選択履修)していたわ。D7星でアントニオに出会って(であって)からは、彼の母国語であるスペイン語もシステム(脳内)に実装したの。これらの言語システムであれば、私は何ら(なんら)問題なくリアルタイム対話が可能よ」
「なんてことかしら! 私の妹は、これほど圧倒的な他言語のポートを所有しているのね……!」
エマ姉ちゃんは、ここから突如、流暢な**『日本語』**へとシステム(言語)を切り替えて(きりかえて)語りかけて(かたりかけて)きた。
「お姉ちゃんの第二言語は、まさかの日本語だったのね」
私も即座に、完璧な日本語のコードで応答した。
「ええ、私の祖母が純粋な日本人だったのよ。だからね、私たちのクーツマン家の第二言語は代々(だいだい)、日本語と決まっているの。それにしても驚いた(おどろいた)わ、クリスティーナ。あなたの日本語の流暢さは、完全にインフラレベル(本物)ね」
「そんなことないわ。多言語のスペックを高めて(たかめて)おけば、この広大な(こうだいな)星際のどこへ移防しようとも、絶対に有利なポジションを確保できるもの。……でも、本当に意外だわ。お姉ちゃんの外見からは、黄色人種の血の白骨(面影)は完全に消え去って(きえさって)いるように見える(みえる)けれど」
「ええ、遺伝子のダウングレードで、表皮の特徵はもうほとんど残って(のこって)いないわね。でもね、クリスティーナ、私のこの眼球をよく見て(みて)ごらんなさい」
彼女は目を大きく(おおきく)見開き(みひらき)、私の視界の限界まで顔を近づけて(ちかづけて)きた。
「……ほら、完全に『黒』でしょう?」
「わあ……本当だわ、本当に純粋な黒ね!」
私たちが他言語のコードで歓談を続けて(つづけて)いると、病室の自動ドアが再び(ふたび)開き(ひらき)、一人の男が侵入してきた。彼は英語の音声プロトコルで告げた(つげた)。
「失礼する。データ収集(しゅうしゅう:お邪魔)の非礼を許して(ゆるして)いただきたい」
「あなたは……?」
私も即座に、英語のシステムへと切り替えて(きりかえて)交談に応じた(おうじた)。
「おっと、自己紹介のログが遅れた(おくれた)ね。私はこの特区の**『警察署長』**、ハリー・キャラハン(Harry Callahan)だ。君のバイタル状況を実地確認するために、特別に足を(あしを)運んだ(はこんだ)。同時にね、連邦議会からの一鍵給付が完了した君の新しい『IDチップカード(ID晶片卡)』を、私の手から直接緊急移送しに来たのさ」
彼は突如、私の顔を死死と凝視(ぎょうし:じっと見つめる)し始めた(はじめた)。
「まさか、最高の権限を持つ警察署長みずからが、このような末端の病室へ足を(あしを)運んで(はこんで)くださるなんて……恐縮の極み(きわみ)ですわ……」
私は彼の硬派(こうは:鋭い)で冷徹な眼光という名のシステム圧に耐え(たえ)かね(かね)、視線(し線)を伏せ(ふせ)ながら、新しいカードを恭しく(うやうやしく)受け取った(うけとった)。そして、極めて(きわめて)小さな(ちいさな)音声コードで告げた(つげた)。
「……ありがとうございます」
「そういえば、クリスティーナ先生」ハリー署長は冷酷なデータを突きつけて(つきつけて)きた。
「アン刑事からの内部報告によると、君はこの特区のナイトクラブ(夜店)へ全速で移防することを計画しているそうじゃないか……。君は未だに(いまだに)この惑星の基本面を看破していないようだが、現在、私たちの警察署の人力リソースは極めて(きわめて)逼迫(ひっぱく:限界)している。さらに日々の総務の負荷は計り知れない(はかりしれない)ほど重厚なのだ。もし君のような『全星際の注目の的』に万が一のシステムエラー(事故)が起きたなら、私たち警察の防盾(ぼうじゅん:責任)では到底、交差対帳が合わなく(あわなく)なってしまう」
「……ご安心ください、署長先生。あれは彼女(アン刑事)のシステム数値をテストするための、ただの冗談ですわ」
「フゥ……それなら良い(いい)。本当に、それなら良いんだ(いいんだ)」
ハリー署長の冷徹な面色から、ようやく全ての重圧という名の負荷が完全にリリース(安堵)されたようだった。
「ですが」私は彼の眼光を鋭く(ふるく)抓漏し、反撃のコードを打ち込んだ(うちこんだ)。
「……なぜ、私の座標をそれほど死死と追跡しなければならないのですか? 私は、星際連邦の確定した『犯人』なのですか?」
「……確かに(たしかに)、君の皮下に落鎖されたあの物件は、本来であれば星際の『仮釈放犯』の管理システムに用いられる(もちいられる)剛性のツールだ」ハリー署長は一切の偽り(いつわり)なく、真実の骨骼を語り出した(かたりだした)。
「しかしね、連邦議會はすべての惑星に対して、君たち55名の生還者の『絶対的な安全』を完全に保証することを厳命しているのだよ。各惑星の全警力を火線投入して、あなた方をフルプロテクト(死守)せよ、と。あのロケーターの注入は、議会の最高警事庁が直接下した(くだした)剛性のシステムコマンド(号令)なのだ。私たち地方の警察は、ただそれに盲目的に従う(したがう)しかないのさ。……実際の話、君たちのような全星際の『至高の嬌客(きょうかく:大切なお客様)』に対して、私たちがどこへ行く(いく)ななどと制限する権限など皆無だ。ただ、万が一にも君が不適切な(ふてきせつな)暗黒空間へ足を踏み入れ(ふみいれ)、システムが完全崩壊(ほうかい:死亡)したなら、私たちは上層の『最高高官』たちへ、絶対に言い訳が立たなく(たたなく)なるのだからね」
「要するに(ようするに)……あなたもただ、ご自身のその優良な警察署長という名の『金株(高給職)』のポジションを、市場から肉體消滅させたくないだけなのでしょう?」
「ハはは……君のその鋭い(ふるい)抓漏には、一本取られた(とられた)ね。大目に(おおめに)見て(みて)やってちょうだい。……さて」彼は私の眼光を測り(はかり)ながら、欲言又止(よくげんゆうし:言いたげだが言葉を濁す)なステータスとなった。
「……いや、何でもない。間もなく(まもなく)次の火線の総務が詰まっていてね。もし今後、システム(生活)に何らかのバグや要求があれば、いつでも私たちの警察署へログ(連絡)を入れて(いれて)くれ。私はこれで失礼する」
ハリー署長は私に対して大将の礼を以て(もって)頷く(うなずく)と、その頑強な背中を転身させ、病室の防盾(自動ドア)の向こうへと去って(さっていった)いった。
ハリー署長が去った後、私はすぐにでも衣服やいくつかの日用品を購入したい衝動に駆られた。なぜなら、先ほど新しいIDチップカード(ID晶片卡)を病床のAlmighty個人コンピューター(小型萬能電腦)のスロットに挿入した瞬間、システム(議会)からリアルタイムの通知メッセージが届いたからだ。
なんと、ストリックランド校長が明日、私を校長室へ召見(召見)し、今後の教育プログラム(教学事宜)について閉門対帳(討論)するというログだった。
「ふふ、わざわざ外出(出門)する必要なんてないわよ!」
エマ姉ちゃんは笑いながら、私に最高の日本語のコードで解説してくれた。
「このAlmightyのモニターか、あるいは壁面のテレビ・ショッピング・システム(電視購物)を起動すればいいのさ。あなたが欲しい商品の型番コード(型號代碼)を入力して、そのIDチップカードを差し込んで送付先(送貨地點)を選択すれば、それだけで一鍵落鎖(取引完了)よ。間もなく、専任のデリバリー特務があなたが購入した現物をここに緊急移送してくるわ。現場で試着(試穿)して、もしシステムログ(不満や不適合)があれば、その場ですぐに返品や交換が可能なのさ!」
「この世界のインフラは、そんなに流暢(方便)に機能しているのね……」
「あなたが蛮荒(蠻荒)の未開のセクター(D7星)に長く定住しすぎて、文明(文明)という名の真金白銀の潤い(滋味)を忘れてしまっただけよ」
「もう、お姉ちゃん、私を糗のはやめてよ。早く私の建倉(買い物)をサポートして……」
「これだけの莫大な臨時資金(500万マルクの臨時収入)が口座に直接注入されたんだもの。シャネル(CHANEL)のような世界的な名牌のセットアップを何着か一括購入するっていうのはどうかしら? あなたの市場反応(気分)もきっと上向くわよ」
「あまり贅沢な名牌は好きじゃないの。私はいつもカジュアル(隨便)な衣服ばかり着ているから」
「滅多に連邦議会が真金白銀を給付(送錢)してくれたんだもの。2、3着くらい購入して、自分自身のメンタル数値を高めて(高興)あげなさいな。若い今のうちに綺麗な服を着なくてどうするの? 私くらいのシステム年齢(年紀)になってから着るつもり?」
「は、はい……お姉ちゃん大人(お姉さま)。それじゃあ2着だけ購入するわ。お姉ちゃんも一着選びなさいよ、妹からのささやかな報酬よ!」
「ダメダメ! 絶対にダメ、受け取れないわ。それはあなたの命の保証金(錢)だもの。それにね、私が理由もなく高価な衣服を一着増やして帰宅してみなさいな。うちの夫(老公)のセキュリティ・システム(猜疑心)が作動して、絶対に疑心暗鬼(疑神疑鬼)のノイズを鳴らし始めるわよ」
「ふふ、分かったわ。その話が出たついでに、今度お姉ちゃんの家(家)へ表敬訪問(拜訪)させてちょうだいね……」
「歓迎するわ、いつでもおいで。ええと、それじゃあシャネル(CHANEL)のポートを選びましょう。この老舗のクラシック・ブランドは、今も全星際で圧倒的な人気(受歡迎)を誇っているのよ」
「お姉ちゃんのチョイスに従うわ。へえ……彼女たちのプロダクト(製品)は、思っていたほど法外な高値(貴)ではないのね……」
「シャネルは現在、戦略的にミドル・プライス(中價位)とハイ・プライス(高價位)の二大ラインに市場(市場)を分流させているのよ。この中価位のラインは、特に若い世代からの市場反応が非常に熱狂(熱烈)的なの」
画面をスクロールしながら、私はいくつかのミドル・プライスの洗練されたスーツ(套裝)を選択し、送付先のデータ欄に『ワシントン記念病院・〇号病床』の名前を入力して、即座にチェックアウト(結帳)を落鎖した。
一微秒の後、Almightyのメインモニターに剛性のシステムメッセージがポップアップした。
──『取引成功。デリバリー特務、現物を緊急移送中……』のログが出現した。
私たちが他言語のコードで歓談していると、それほど時間を置かずに、一人の非常に美しい女性が、看護ロボット(かんごロボット)にいくつかの精美な紙袋を提げさせて病室に入ってきた。
このスタイルの良い、高挑(背の高いいわゆるモデル体型)な美女は、流暢な英語の音声プロトコルで私に問いかけてきた。
「あなたが、クリスティーナ・ホフマン(Christina Hoffman)さんですね?」
「はい、私がクリスティーナです」
「私はシャネル(CHANEL)のA1星セクター統括マネージャー(経理)、エミリー・ブラント(Emily Blunt)と申します。我が社のミドル・プライス製品をご購入いただき、誠にありがとうございます(真是不敢當)。さあ、現物をお持ちしましたわ。サイズが合っているか、ぜひ試着(試穿)してみてくださいな」
私はセットアップ(套裝)を一着受け取り、病室のバスルーム(廁所)へ入ってそれに着替えてから外へ出た。その瞬間、病室にいた二人の目が、まるで最新の光源システムが起動したかのように、パッと一亮(輝いた)となった。
「妹よ、あなたは本物の『衣服架子(衣服架子:何を着ても似合う抜群のスタイルの持ち主)』ね! どんな服を随便に着ても完璧に着こなしてしまうわ!」
「ウエストのラインがほんの少し緩め(寬)のスペックのようね。でも、胸元(胸部)のパーツが少しタイト(緊)かしら」エミリーがプロの職人眼光で私の肉体を抓漏した。「すぐにその場でジャストサイズに修正(修改)させてあげるわ。……それからね、クリスティーナさん。私から一つ、重大な上申(請求)があるの。……不躾ながら、我がシャネルの『イメージキャラクター(代言人)』になってはいただけないかしら?」
「イメージキャラクター? 代言人って、一体何をするの?」
「つまり、我が社の専属の『モデル(モデル)』として、広告やプロモーション写真(照片)の撮影に協力していただきたいのですわ」
「私が? まさか! 私は美しくもないし、スタイルだって凡庸(一無所有)だわ。身長(身高)だって全然足りないし……それに、私のこの皮膚の色(膚色)だって……」
「そんな不適切なシステムログ(弱気な発言)は間違っているわ、クリスティーナさん」エミリーは私の眼光を死死と見つめ返した。「少し身長がミドルサイズであること以外、私のプロの法眼から見れば、あなたの肉体構造は完全に完璧のインフラよ。それにね、今のこの新時代において、未だに表皮のメラニン(膚色)のノイズを気にする人間なんて、この星際のどこに存在するというの!?」
「現実には……確かに存在するわ」
「クリスティーナさん、私は真実(誠心誠意)の骨骼を以て、あなたを招待しているのよ。我が社はここ数年、コア市場において圧倒的な存在感を持つ黒人モデル(黒人モデル)の獲得に飢えて(劇本荒)いたの。それにね、今やあなたの知名度(知名度)は、星際連邦の天頭(天花板)にまで達しているわ……」
「知名度!? それ、どういうシステムログ(意味)なの……?」私は完全に驚愕(驚訝)のステータスに陥った。
「ご自身がどれほど出名(有名)か、まだ看破していらっしゃらないのね?」エミリーが微笑んだ。
「あなたが暗黒の昏睡(昏迷)状態にあったあの忙しい日々の中で、星際中のあらゆる大物ニュースチャンネル(新聞頻道)が、あなたのバイタル数値をリアルタイムで追跡報道(追蹤報導)し続けていたのよ。多くの宗教団体も、あなたの生還を願って熱狂的な祈祷を捧げていたわ。あなたの名前と容貌は、すでに全星系の全人類が衆所周知(誰もが知っている)の真金白銀の真実なのよ!」
「エマ姉ちゃん……これ、本当のことなの……?」
エマ姉ちゃんは深く頷いた。「あなたがずっと意識不明のエラー状態にあったからね、多くの宗教団体や大手の報道メディアが取材(採訪)のために病院の防盾内へ侵入してきたのよ。院方ももちろん、全星際へのプロモーション(宣伝)になると判断して拒絶(反對)はしなかったわ。そしてあなたが清醒(覚醒)したというシグナルは、第一時刻(真っ先)に、すべてのメディアがトップニュース(頭條新聞)として世界へ配信(報導)したのよ」
「天神様……私は一体、どんな面色でこの現実に向き合えばいいの……」
「妹よ、そんな風に自分を去槓桿(卑下)しちゃダメ。あなたは全星際から祝福を注入された最高の嬌客(嬌客)なのよ……。そうだわ、まずは彼女たちのために数枚の写真(写真)を撮影することから始めましょう? 本格的なモデル(モデル)の合約については、後からゆっくり時間をかけて閉門対帳(商談)すればいいわ」
「でも……」
「みんな善意のシステム(好意)で動いているのよ。それに、あなたはさっき、自分は本当に完全に一無所有(一無所有)になったって言っていたじゃない、違う!?」エマ姉ちゃんが私の魂の奥底を突いた。
私は頭を低く(低了下來)垂れた。自らの肉体に起きたこの劇烈な現実が、どうしても信じられなかった。
「クリスティーナさんが何らかの疑慮(不安)を抱いているのであれば」エミリーもすかさず妥協のコードを打ち込んできた。「私も無理強いはいたしませんわ。ひとまずは、こちらの看護師長のお姉様が提案された通り、我が社のプロモーション用の写真を数枚撮影する……ということで、一鍵落鎖(合意)していただけないかしら?」
「私は本当に……他人の眼光に引人注目(注目)されるような空間は、極めて苦手(不喜歡)なのですけれど……」
「今のあなたのステータスじゃね」エマ姉ちゃんがまたクスクスと笑った。「注目されないようにシステムを隠蔽(隠す)することの方が、絶対に不可能(不行)よ!」
「もう! お姉ちゃん、意地悪(討厭啦)……!」私は怒りのポーズをしながらも、甘えた声を上げた(嬌聲叫著)。
「クリスティーナさん、まだお返事をいただいていませんわ。写真撮影(拍照)だけであれば、承認していただけますね?」
「……分かったわ、分かりました。でも、本当に真実(約束)よ? 写真を数枚撮る(拍照)だけで、他の余計なノイズ(仕事)は一切お断りですからね!」
私たちはシャネルの最高級緊急移送ビークル(車子)に乗り込み、凄まじい速度で特区の摩天楼を駆け抜けた。間もなく、彼女たちの巨大なフラッグシップ・ショップ(店面)へと到着した。
店内に一歩足を踏み入れるやいなや、即座に複数の看護ロボットに類似した計測ロボットが作動し、私の身長、体重、3箇所のサイズ(三囲)を完全に等比例スキャン(套量)した。傍らでは、メイクアップ(彩妝)組の女性たちが完全に戦闘待機(待命)のログを走らせていた。
「エミリー、これは一体何のシステム(挙動)なの?」
「先ほど、あなたの服をジャストサイズに修正(修改)すると申し上げたでしょう? 正確なサイズデータ(寸法)をスキャンしなければ、職人の修正は不可能なのよ。それにね、撮影(拍照)を行うというのに、完全なノーメイク(不化粧)の上鏡(カメラの前に立つこと)なんてシャネルのプライドが許さないわ。あなたはただ、私たちのプロトコル(施術)を身を以て体感していればいいのよ……」
彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、さらに数人の人間がこちらへ突進してきた。彼らは即座に小型万能コンピューター(Almightyデバイス)を取り出して私にカメラを向け、次々とフラッシュを点火させて写真を撮り(拍照)、画面の上でその指(手)を絶え間なくスワイプ(画来画去)し始めた。
「これ……これはまた、どういうシステムエラーなの?」
「彼らは我が社の一流のファッションデザイナー(服裝設計師)たちよ。あなたのサイズにアラインして、即座に専用のセットアップを設計(設計)しているの。間もなく完成する彼らの成品(仕上がり)の中から、あなたが最も歓心する一着を選択してちょうだい。私たちはそれを火線の速度で立体縫製(製作)するわ。そのセットアップは、世界にただ一着、あなた専用の『特注仕様(專屬)』となる。あなただけが再発注(要求再製作)する権限を持ち、他の市場の顧客がいくら真金白銀を積もうとも、我が社は絶対にこの設計図(接單)をリリース(販売)しないわ」
私の目から、ついに感動の涙が噴き出した(在噴)。「あなたたち……あなたたち、私に対してそこまで良く(太好了)してくれるなんて……!」
「クリスティーナ、あの壊滅の悲劇に比べれば、私たちのリソース給付なんてほんの少しのセーフティネットに過ぎないわ。……そういえば、今回の『報酬(ほうしゅう:出演料)』についてだけど……」
「えっ!? 報酬ですって!?」
「あなたが我が社のプロモーション写真の撮影に同意してくれたんだもの。契約書に基づく報酬の給付は、市場の絶対のルール(当然)よ……」
「そんなの受け取れないわ! 私はあなたたちにこれほどの衣服(恩恵)をいただいているのに、さらに議会以外の真金白銀の資金(錢)を貪るなんて……」
「あなたは水臭い(見外)わね! もし私があなたに正当な報酬をお支払いしなかったというシステムログ(事実)が、最高最高(總裁)の耳に届いてごらんなさい。私は一秒で荷物をまとめて市場から肉体消滅(クビ:捲鋪蓋走路)させられてしまうわ!」
「そんな誇張な(沒那麼誇張吧)……。だったら、私が直接その総裁先生と交談(対話)して説明するわ……」
「最高総裁とダイレクト対話(対話)してくださるの!? それは最高(太好了)だわ! ちょっと待っててね……」
エミリーが即座に彼女の小型万能コンピューターを起動した。数秒もしないうちに、彼女が極めて熱狂(興奮)的なフランス語(法語)の音声コードで画面の向こうの人物と交談し始めるのが見えた。そして間もなく、そのコンピューターが私の手元へと緊急移送(手渡され)された。
「クリスティーナさん、お目にかかれて光栄(真高興見到妳)だわ! 私はミランダ(Miranda)よ……」彼女の英語(英語)のプロトコルは、少し流暢さを欠いて(不流利)いた。
「総裁大人(總裁閣下)。もしよろしければ、私たちはフランス語(法語)のシステムで交談いたしましょう。私はそのポートを完全に所有しておりますので、何ら問題(完全沒有問題)ございませんわ」
「お、おお……素晴らしいわ(是..是)! エミリーからログ(報告)を聞いたけれど、あなたは我が社のモデル(モデル)になることをあまり欲していないそうね。一体なぜ(為什麼)かしら?」
「私は元々、そのようなファッション業界(這塊料)の人間ではありませんもの。容姿も凡庸(又矮又醜)ですし、そんな私がカメラの前でポーズを取るなんて、ただの出来の悪いマスコット(耍寶)になってしまいますわ」
「もしあなた自身のそのスペックを美しくないと言うならば、この星際の誰が美しいと言えるのかしら!? 他の人間はさておき、あなたの目の前にいるエミリーを見てごらんなさい。彼女は身長のスペックがあなたより少し高いだけで、他のパーツはあなたの足元(哪有妳那麼好)にも及ばないわよ」
「……エミリーはモデルではありませんもの」
「誰がモデルじゃないって!?(誰說我不是!)」エミリーが激動(激動)の声を上げた。「私はかつて、トップモデル(モデル)として第一線でランウェイを駆け抜け、そこからこのマネージャーの地位まで這い上がってきたのよ……!」
こうして、二人のファッション界の大物(大戶)による猛烈な多空挟み撃ち(夾攻)が開始された。案の定、私は数分もしないうちに彼女たちの怒涛のロジック(攻勢)に耐えかね(招架不住)、最終的に彼女たちの衣装専属『イメージモデル(服裝代言モデル)』になることを承認(答應)させられた。その場で即座に一通の剛性契約(契約)が落鎖(調印)された。
ただし、私は彼女たちからいかなる金銭的な金利・現金(金錢上的酬勞)も受け取らないという絶対の防盾(条件)を死守した。双方が一切の躊躇(猶豫)なくこのスペックで合意した結果、彼女たちが私に提示した究極の『リターン(回報)』は以下のようなものだった。
──今後、私がその肉体に纏う(まとう)すべての衣服、帽子、靴(鞋子)、そして化粧品(化妝品)などの消耗品に至るまで、そのすべてをシャネル(CHANEL)側が永久に無償供給(負責提供)すること。さらに、それらの洗濯(清洗)、メンテナンス(修補)、新品へのリプレイス(換新)のコストも、すべてシャネル側が完全に担保する。
「さあ、あなたが先ほど選択したあのセットアップの立体縫製が完工(做好)したわよ」エミリーが完成したばかりの真新しい服を掲げて持ってきた。「急いで試着してみて。もし不適合な部位(不合身的地方)があれば、私が即座に職人修正を行うわ」
私の周囲でメイクアップ(上粧)やヘアカット(修剪頭髮)を行っていたお嬢さんたちが、一斉にその作業を停止した。美しい衣服が私の手に手渡される。私は着替えるための専用の個室(換衣服的地方)を探して四処張望(あたりを見回した)。
「クリスティーナ、すまない(不好意思)。私たちプロのモデル(モデル)というのはね、この星際のどこであろうとも、その場が即座に着替えのランウェイ(換衣服的地方)になるのよ……」
「あなたたち……あなたたち、本当にこのオープンな空間(就這樣子)で……服を、着替える(換服)っていうの……!?」
「当然よ」エミリーは何の躊躇(隨手)もなく一着の衣装を掴むと、私の目の前で身に纏っていた全ての衣服を脱ぎ捨て(脱掉)、光溜溜(完全にまっ裸)の現物スタンスを衆目の前に現出させ、瞬時に別の衣装へと着替えてみせた。
「……こういうシステム(仕様)よ。何ら恥じるノイズ(何も甚麼の)なんてないわ」
私は心一橫(心を鬼にして腹を括り)、彼女たちに背を向ける(背對著她)と、その肉体から病室の衣服とスカートを脱ぎ去った。いよいよ新しいセットアップを着用しようとしたその瞬間、エミリーが背後から冷酷な追加コマンドを打ち込んできた。
「ブラジャー(胸罩)とショーツ(內褲)も完全に脱ぎ捨てる(脱掉)のよ!」
私の手(手)が激しく遅延(遲疑)し、震撼(發抖)した。
この年齢に達するまで、私のこの肉体の全てを光らせた(脱光)のは、あの最愛のアントニオ(Antonio)の眼光の前だけだったのだ。これほど多くの人間の視線(眼睛)の底で、完全に無防盾(光著身体)になるなど、私にとってはまさに精神の融断(很難為情)を起こすほどの禁忌だった。
「恐れる(別怕)ことはないわ」エミリーがそっと私の背中を叩いた(拍著我的背)。
「今日この空間にいるのは、全員が我が社の厳密な従業員(員工)よ。あなたに対して不適切なノイズ(怎麼樣)を走らせる者なんて、絶対にいないし、そんな度胸のある奴(不敢)も皆無よ」
ついに、私は全ての衣類を脱ぎ去り(脱光)、火線の速度でその特注のセットアップを開いて肉体へと落鎖(着用)した。傍らの一群のメイクアップ組のお嬢さんたちが、クスクスと絶え間なく笑って(不停的在笑)いた。私は恥ずかしさのあまり、床(地上)に巨大なシステムエラーの穴(洞)でも開けて、その中に引き籠もりたい(鑽進去)と切に願った。
しかし、私が衣服を完全に着用し、彼女たちの方向へと転身(転身)したその刹那──。
病室(店内)の全空間から、一斉に魂を揺さぶるような「賛嘆(讚嘆)」の音声シグナルが爆発的に鳴り響いた。一人の男性ファッションデザイナーは、あまりの衝撃に、非常に高調で響き渡る口笛(吹起響亮的口哨)を強烈に吹き鳴らした。
「完璧(蠻合身)なフィット感ね」エミリーは満足そうに何度も何度も頷いた(不停的點頭)。「本当に素晴らしいわ(真是不錯)……。よし、彩妝組、システム(施術)を再開しなさい!」
間もなく、私はその特注のセットアップをその肉体に纏い、スタジオの特設ステージ(舞台)の上で、フォトグラファー(攝影師)の要求する重力(指示)に従って、絶え間なくそのポーズ(pose)を切り替え続けた。私自身、一体何が起きているのか、なぜこのような劇烈な幸運が自分の上に発生しているのか、全く看破(解せ)なかった。
カメラの眼光が、左へ、右へ、あるいは笑顔(笑)、あるいは怒り(怒)の表情を要求する。私は突如、脳内の5倍の活動量(衝動)に突き動かされるように、身体を死死と使って強烈な一転身(轉身)を決め、極めて甘美(甜美)な微笑(微笑)をカメラのレンズへと叩き込んだ。
──その刹那、無数のハイエンドカメラ(照相機)のフラッシュが、狂気的な閃爍(拼命的閃爍)を爆発させた。
「オーケー、完璧よ!(OK了)」エミリーは歓心に満ちた笑顔で言った。「あなたは不折不扣、天生のモデル(天生的モデル)だわ。今のあのモーション、私は何一つ教育(教妳)していないのよ。それなのに、あんなにも自然(自然)にシステムを表現(表現)してしまうなんて。特に、今の最後のあの『転身(轉身)』──それこそが、今日のあなたの最高天頭(最完美的那一刻)よ!」
数日と経たないうちに、シャネルの全星際メガ・プロモーション・ウォール(廣告大牆)には、一幅の全人類を驚豔(驚豔)させる巨大な広告が掲げられた。それこそが、私のあの『転身の微笑み(轉身的微笑)』の現物スナップだった。
そしてショーウインドウ(櫥窗)の内部には、間もなく、私と完全に『1:1』の同一スペックで成形された人間形モデル(人形モデル)がその特注セットアップを着用し、優雅(悠雅)に椅子に腰掛け、通り過ぎる(過往)多くの歩行者(行人)やビークルの車流に対して、永遠に完璧なフェイクの微笑みを返し続けているのだった。
真新しい衣服(全新的衣服)をその肉体に纏い、彼女たちのビークル(車子)の座席に腰掛け、私は元の病院へと引き返していった。七上八下(七上八下:激しく動揺する)に波打つ私の心は、この先どのようにシステムを安定(安定)させれば良いのか、全く看破できないままだった……。
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【著者注 / 世界観設定】
【注1】第二言語(第二語言)システムについて:
筆者の設計。この遠い未来の世界において、全人類は異なる言語圏の惑星・住民との間で、バグやノイズのない滑らかなクロス対話を100%確保するため、義務教育の段階から少なくとも『2種類以上の完全な言語システム』を脳内に実装・習得することが剛性の義務となっている。




