第1話 新しい始まり
第1話 新しい始まり(あたらしいはじまり)
混乱していた思考がようやく停止したのを感じ(かんじ)ながら、私はゆっくりと目を開けた(あけた)。視界に映った(うつった)のは、自分が無機質な病床の上に横たわって(よこたわって)いる現実だった。
「本当に神に感謝しなければね」
一人の看護師が、親しみ(したしみ)のこもった流暢な英語で私に語りかけて(かたりかけて)きた。
「ついに目が覚めた(めがさめた)のね。まだどこか、気分が優れない(すぐれない)ところはある?」
「ここは……どこ? 私に、何が起きた(おきた)の……?」
私はかすれた声の英語で問い返した(といかえした)。
「私は当直の看護師のシーラ(Shira)よ。ここはA1星のワシントン特区記念病院。あなたはもう、ここで一週間以上も昏睡状態だったのよ」
「そんな……一体どういうこと……」
「あなたの居住していたD7星が、あの征戦による宇宙戦艦の残骸破片の直撃を受けてね……。惑星全体がほぼ壊滅したの。あなたは奇跡的に生き残った(いきのこった)、極めて(きわめて)一握り(ひとにぎり)の幸運な生存者よ。捜索救助隊に引き上げ(ひきあげ)られた後、すぐに私たちのここへ緊急移送されてきたの」
シーラの言葉が引金となり、混沌とした記憶の底から、あの日の光景が鮮明に蘇った(よみがえった)。
当時、私は体育の授業の真っ最中で、あの愛くるしい(あいくるしい)子供たちにフィットネス体操を教えて(おしえて)いたのだ。ほんのひと呼吸、振り返った(ふりかえった)瞬間だった。猛烈な飛砂走石が、獣のような咆哮を上げて私たちに襲いかかって(おそいかかって)きた。私は咄嗟に身を伏せ(ふせ)たが、子供たちを呼び(よび)止める(とめる)間すらなく、砂嵐の要塞がすべてを飲み込んで(のみこんで)いった。何かに必死でしがみつこうとしたが、肉体は非情な暴風によって宙へと巻き上げ(まきあげ)られ、やがて巨大な物体に激突した。全身が麻痺していくような激痛の後、私の意識は暗黒の深淵へと墜落し、知覚を完全に失った(うしなった)のだ。
「そんな! 私の家は……私の小さなアントニオ(Antonio)は!? シーラ、お願い(おねがい)だから教えて(おしえて)! 私たちのD7星の生還者は、今どれくらいいるの!?」
「それは……」
シーラはポケットから小型コンピューター(Almightyデバイス)を取り出した(とりだした)。
「すべての生存者の名簿が、このデータの中に格納されているわ。総計で54名。その大半が私たちのこの記念病院に収容されていて、ごく少数がA2星にいるの。そういえば、あなたの名前はクリスティーナ・ホフマン(Christina Hoffman)で間違いない(まちがいない)わね? もし、バイタルデータに問題がなければ、これで生存者は55名になるわ」
私は涙を流し(ながし)ながら、端末の画面に映し出される(うつしだされる)名簿の一行一行を食い入る(くいいる)ように見つめた(みつめた)。スクロールするたびに名前が消え(きえ)去り(さり)、私の心は底のない地獄へと沈んで(しずんで)いった。
そして、ついに最後の名前を読み終えた(よみおえた)とき──そこに、私が世界で最も(もっとも)愛した人の名は、存在しなかった。
精神の防盾が完全に崩壊し、私は狂った(くるった)ように放声大哭(ほうせいたいこく:大声で泣き叫ぶこと)した。歇斯底里な絶望の絶叫が病室にこだまする。
「私を最も愛してくれた人まで逝ってしまった! 私はもう、すべてを失ったのよ! お願いだから死なせて……私を今すぐ死なせてよ!」
「落ち着いて(おちついて)! ダメよ、そんなこと言っちゃ……!」
シーラは即座に、私のベッドサイドの生命維持システムに直結された緊急アラーム(警鈴)を叩いた(たたいた)。数秒もしないうちに、部屋の自動ドアが開き(ひらき)、複数の看護師と医療用の看護ロボット(かんごロボット)たちが火線のごとき勢い(いきおい)で突入してきた。
「この子を、もう少し(もうすこし)眠らせて(ねむらせて)あげて!」
威厳のある年長の女性看護師──彼女こそが、この病棟のすべてを統べる**『看護師長(かんごしちょう:師長)』**だった。
師長の冷徹な指揮のもと、2体の看護ロボットが機械の膂力で私の肉体を完全に押さえつけ(おさえつけ)、別の看護師がインジェクション・ガン(注射槍)を私の腕へと強烈に打ち込んだ(うちこんだ)。瞬時に、私の意識は再び(ふたび)遮断された。
脳内のシステムエラー(混乱)は未だ(いまだ)に止む(やむ)ことなく激しく(はげしく)回転を続けて(つづけて)いた。再び(ふたたび)目を覚ました(めをさました)とき、一体どれほどの時間が経過したのかすら知覚できなかった。ただ、両手両足は完全に固定ロックされ、全身が寸分も動かせ(うごかせ)ない重力的地牢の中にいた。私は本能的に身悶え(みもだえ)し、激しく(はげしく)抗った(あらがった)。
「目が覚めた(めがさめた)のね」
傍ら(かたわら)には、あの威嚴ある年長の看護師長が、看護ロボット(かんごロボット)を引き連れて(ひきつれて)立っていた。彼女の胸元のネームプレート(名牌)には**『エマ・クーツマン(Emma Kuetzman)』**、そしてその下には『看護師長』の剛性の職称が刻まれて(きざまれて)いた。
「これがどれほど残酷で受け入れ(うけいれ)がたい絶望か、私には痛い(いたい)ほど分かる(わかる)わ。でもね、これは現実に起きて(おきて)しまったことなのよ。神があなたをこの牌のテーブル(世界)に残した(のこした)のには、絶対に、何らか(なんらか)の崇高な理由があるはずだわ」
「私はもう……本当に、完全に一無所有(いちむしょゆう:一物も持たないこと)になったのよ! これ以上のどんな理由があるっていうの……!?」
私は嗚咽しながら、途切れ(とぎれ)途切れ(とぎれ)に言葉を絞り出した(しぼりだした)。
「愛しい(いとしい)子」
エマ師長はそっと私の額に親愛のキスを落とした(おとした)。
「あなたはまだ、こうして息をして、生きている(いきている)のよ。もし、この広い宇宙の誰も(だれも)があなたを必要としないのだとしても──大丈夫よ。この私が、あなたのセーフティネット(防盾)になって、一生面倒を見て(みて)あげるわ」
私の涙のダムが再び(ふたたび)決壊した。彼女は私の顎を優しく(やさしく)持ち上げ(もちあげ)、手巾(しゅきん:ハンカチ)でそっと涙の痕を拭い去って(ぬぐいさって)くれた。
「……まだ、死に(しに)たい?」
私は力なく、小さく(ちいさく)首を横に(よこに)振った(ふった)。
「それでいいわ。今から固定ロックを解除するからね。その後、全身の精密健康診断へ連れて行く(つれていく)わよ」
エマ師長の言葉が終わる(おわる)やいなや、手足の固定ロックシステムが小気味よい(こきみよい)電子音とともに跳ね上がり(はねあがり)、完全に格納された。
「さあ、お行き(おいき)、可愛い(かわいい)お嬢さん(おじょうさん)。私について(ついて)きなさい」
その後、私は生還してからの記念すべき第一食を口にした。
それから、痛快なほどに熱いシャワーを浴び、ベッドへ横たわると、それほど時間を置かずに深い昏睡へと落ちていった。しかし、脳内は絶え間なく悪夢の迷魂陣に蹂長されているようだった。
グッと伸びをして、私はベッドから起き上がった。エマ師長は変わらず、私のベッドサイドに静かに腰掛けていた。
「クリスティーナ、目が覚めたのね……」
「エマお姉ちゃん……あなた、ずっと眠っていないの……?」
「おバカな妹ね、私が眠らないわけがないで書」
エマ師長は隣の伸縮式のリクライニング・チェア(躺椅)を指さして笑った。
「私はあそこでシステムを休めて(眠って)いたのよ。あなたも知っての通り、人間は少し年を重ねると、睡眠の維持に必要な時間がどんどん短くなるものなのよ」
「本当に、お姉ちゃんに大きな負担をかけてしまって……」
「何を言っているの。さあ、一緒に朝食を食べに行きましょう。今日はあなたをパトリス(Patrice)先生の精神科へ連れて行ってメンタル・テスト(檢測)を行うわ。最後に検査センターで昨日の精密検査のレポートを受け取る手筈になっているの」
「はい、それじゃあお姉ちゃん、案内をお願いします……」
精神のバイタルが大幅に回復したせいか、朝食は驚くほど食欲が湧いた。
食堂に入って間もなく、あの巨大な牛肉バーガーが何ら抵抗もなく私の胃袋の中に完全に消失(消滅)していった。ミルクを飲みながら、さらに大きな2個目の牛肉バーガーを豪快に喰らおう(大口啃掉)としたその瞬間、エマ師長に呼び止められた。
「ちょっとクリスティーナ、今日はそんなに食欲(胃口)が良いの!?」
「自分でも分からないの。お腹がすごく空いていて、なんだか牛を一頭丸ごと平らげられそうな気分(體感)よ!」
「食べるのは良いことよ。この病院はあなたを飢えさせることなんて絶対にないわ。でもね、そんな風に狼呑虎嚥(ろうどんこえん:狼のように貪り喰うこと)しちゃダメ。胃袋が悲鳴を上げてシステムエラーを起こしてしまうわよ」
「御意に、お姉ちゃん大人……!」
私は笑いながら、カチッと音を立てて敬礼(敬禮)してみせた。
「このお転婆娘(頑皮鬼)!」
その後、7階の心理医師であるパトリス(Patrice)先生のオフィスでテストを受けたが、私の精神状態のシステムログ(異常)はそれほど深刻ではなかった。情緒は多少低落しているものの、他の54名の生還者たちに比べれば遥かに強靭だった。パトリス医師からは、定期的な回診と継続的な追跡観察(追蹤)だけを要求され、これを聞いたエマ師長は非常に歓心した。
「よし、それじゃあ……次は検査センターへ報告書を見に行きましょう」
「うん、お姉ちゃん、道案内をお願い」
エレベーターに乗り込んで3階へと降り、間もなく検査センターへ到着した。エマ師長に手を引かれて中へ入ると、そこでは数人の医師たちが面色凝重(めんしきぎょうじゅう:顔色を硬くして)に議論を交わしていた。私たちの到来を察知するやいなや、彼らは一斉にその口(議論)を完全に閉ざした。
「どういうこと……?」エマ師長が鋭く特徵を抓漏(察知)した。「クリスティーナのバイタルに、何か異常なシステムエラーでもあるの?」
「二人とも、まずは座ってくれ」
この医師のネームプレート(名牌)に刻まれた職称は『脳神経医師』、名は『ドクター・マッツナー(Dr. Matzner)』。
「クリスティーナ、君は今、体調が優れない(不舒服)と感じる部位はあるかね?」
「いいえ、特に」私は椅子を引いて腰掛けた。「何か問題でもあったんですか?」
彼はモニターの画像をシステム上に秀(表示)してみせた。
「この数枚の頭部断層スキャン(CT)の显像は君のものだ。そして、こちらの数枚は普通の正常人のものだ。何が違うか、君たちに看破(判別)できるかね?」
「これは……!」エマ師長が声を上げた。「これはあまりに誇張(極端)だわ……!」
「私は一体、どうなってしまったんですか?」
私はマッツナー医師をじっと死死と睨みつけて(緊緊盯著)問い詰めた。
「もし医療計器のバグ(エラー)でないとするならば」マッツナー医師は冷酷な数字を告げた。「君の脳の一部の活動量(ニューロン負荷)は、正常人の実に『5倍』前後に達している。君の肉体にどんな地殻変動が起きたのかは分からない。しかし、この異常値が出た瞬間、私は即座に捜索救助部隊へ連絡し、君が発見された正確な現場の蛛絲馬跡(手がかり)を厳密に照会した。部隊の報告によると、君が捕捉(発見)された当時、君は巨大な電動ネオン看板の中に完全に閉じ込められて(束縛されて)いたそうだ。看板は当時、まだ回転を続けており、君の全身には無数の電球と回路配線が巻き付いて、未だに電撃の火花をパチパチと散らしていた。生命値(HP)はわずか『62/100』。数値は危険な底辺(偏低)だったが、君は口の中でずっと、謎の喃喃自語を繰り返していたそうだ。部隊は多大な時間を費やして障害を排除(肉體消滅)し、ついに君を救出し、最高速度で私たちのここへ緊急移送してきた。そして、私たちも死神の手から君を奪い返した。私たちが先ほど出した決議は、君にもう一度別の装置(新型スキャナー)で再検査を受けてもらうことだ。私たちはこれを確認しなければならない……」
「もし……それが事実だと確認されたら、私はどうなるんですか?」
「これほど高い脳活動量だ。私は脳内に何らかの病変が起きていることを非常に危惧(恐慌)している。そうなれば、院方は君をここに留置(隔離)して観察せざるを得ない。完全に安全であるというステータスが確認されて初めて、私たちは安心して君を自由な仕事と生活へ帰すことができるのだ」
「分かりました。あなたたちは医師ですものね。お姉ちゃん、私を連れて検査に行って」
エマ師長の顔色は、このとき非常に不快そうに歪んでいた。不情願(不情願:極めて不満げ)に私の手を引っ張り、検査センターを強引に飛び出した。
その後、私は再び別の巨大な装置によってスキャン(掃描)された。完了後、そこの看護師のお嬢さんから、スキャン画像が完成(完工)したらすぐに検査センターへデータ転送(傳輸)するから、元の場所へ戻るようにと告げられた。
「やはり、全く同じだ!」マッツナー医師は眉をひそめて言った。「画像に表示されたステータスは完全に一致している。装置のバグでないことが証明された……」
「それで、私はどうなるんですか?」
「病院内に留置(隔離)すべきだ。私たちはさらに一歩進んだ化学分析と診断を行う。間もなく議論の上、正式な決議を下す」
「この子には今、生命の危機なんて一切ないわ!」エマ師長は腰に手を当て、怒りを剥き出しにして咆哮(吼著)した。「それに、伝染病のシステムログだって皆無よ! あなたたち、一体何の権利(権限)があって彼女の自由を制限(束縛)しようっていうの!?」
「彼女には行くあてもないし、身寄り(親戚)もいないんだぞ……」
「私が! 私が彼女を収容(引き取る)するわ!」エマ師長は指先でマッツナーを激しく指し示した。「あなたたちに彼女の自由を束縛させるもんですか! これほど可哀想な目に遭った子を、あなたたちはまだ『白老鼠(実験用のモルモット)』にするつもりなの!? ええ!?」
「エマ、そんな風に感情的になるな。私たちも彼女の真の利益を思って……」
「あなたたちが彼女を強制制限(隔離)しようとするなら、私は今すぐ人権団体(人權團體)に告訴状を叩きつけて、あなたたち全員を『牢獄(牢飯)』に送ってあげるわ!」
「分かった、分かった、怒るなエマ。物事は友好的に商議(商量)しよう……」
「私は院長に直接お目通りして裁決を仰ぎます! これほどの重大事、院長が黙殺し続けるはずがありませんわ!」
エマ師長は気炎万丈に突進していった。果たしてそれほど時間を置かずに、院長の**『サンドラ・クーツマン(Sandra Kuetzman)』**女史が自ら検査センターへと降臨した。事の始末(底白)をすべて把握した後、院長は即座に、私の以前の職業を尋ねてきた。
「私は以前……D7星のEタウン(E Town)で、小学校の教師をしていました……」
「それは素晴らしいわ!」サンドラ院長は満面の笑みを浮かべた。「私たちの病院の隣にある小学校で、ちょうど一人の教師が引退(退休)の準備を進めているのよ。先日、ストリックランド(Strickland)校長と歓談(聊天)した際、適切な人材(後任)が見つからずにずっとシステムエラー(卡關)を起こしていると言っていたわ。あなたなら完璧に適任ね。その学校には教職員宿舎(宿舍)も完備されていて、単身の教職員専用の生活空間が用意されているわ。食事(吃)に関していえば、この病院からいくらでも供給してあげる。数歩歩けばすぐに届く距離よ。このアレンジメントなら、何の問題もないでしょう!?」
私は感動のあまり、涙のライン(眼淚)が絶え間なく溢れ落ちた。「……ありがとうございます、院長先生……」
「私に感謝する必要はないわ」サンドラ院長は優しく笑った。「エマが私に直訴してくれなければ、私はこのような黒箱(内情)を知る由もなかったのですから。あなたは安心して、可愛い子供たちに勉強を教えに行ってちょうだい。定期的に病院に回診に来て、精密検査を受ければそれでいいわ」
傍らの一群の医師たちは面面相覷(めんめんそうきょ:互いに顔を見合わせて)となり、完全に沈黙し、一言の異議も挟むことはできなかった。
間もなく、院方は私のすべての検査報告書をデータ(資料)にまとめ、その後の小学校への教師就任の「上申書(建議)」とともに、連邦議会(議會)へとリアルタイム送信(傳輸)した。
それから数秒と経たないうちに、なんと院内放送(廣播)が流れ、会議室で私宛ての「ビデオ通話(視訊電話)」の会談が入ったと告げられた。エマ師長は慌てて私の手を引き、会議室の防盾の中へと滑り込んだ。中には複数の医師たちがすでに待機していた。しかし、モニターに映し出された(視訊)画面を見た瞬間、私は大いなる驚愕(大吃一驚)に包まれた。
そこに現れたのは、誰もがその貌を知る人物──。
星際連邦議会の最高総長、**『アーキテクト(Architect)』**その人だった。
「こんにちは」総長は私が入室するのを見るやいなや、即座に語りかけてきた。「君が、クリスティーナ(Christina)かね?」
「はい……!」
「本当に、言葉もないほど申し訳ない(非常に申し訳ない)。私たちの軍事行動(出兵)が、このような悲惨な結末(結果)を招いてしまった……。君たちに許し(原諒)を乞う資格などないが、少なくとも、私たちの手で君たちの後半生のセーフティネット(無憂無慮)を保証させてほしい。そうでなければ、私の胸の内の罪悪感という名のノイズを、ほんの少しも肉体消滅(消去)させることができないのだ。君は今、何か不足しているもの(缺少什麼)はあるかね?」
「私は……私はまだ、咄嗟には思いつきません……」
この時、エマ師長が横から鋭く割り込んだ(插了個嘴)。
「報告いたします、総長大人(総長閣下)! 彼女は現在、いかなる身分証明(ID)も持っておらず、当座の資金(資金)も皆無でございます。議会からいくらか資金を前借り(借給她)させていただき、当面の生活必需品や衣服を購入し、仕事が安定した後にシステムへ返済(償還)するという手筈にすることは可能でしょうか?」
「それを早く言ってくれ(早跟我說嘛)。実は、そのようなセーフティネットは議会ですでに完全に構築(安排)してあるのだ。間もなく、**『警察署(けいさつしょ:警察署)』**の専任の特務が病院へ向かい、君の新規登録の手続きをすべて完了させる。すべてが落鎖(完了)したとき、君の新しい**『IDチップカード(ID晶片卡)』**の内部には、一挙に**『500万マルク(500万丹:500万日圓)』**の資金が直接注入される。もちろん、返済(償還)など一切不要(不用妳還)だ。これで当面は十分に足りるだろうか? それとも、もっと必要かね?」
「十分です! 十分すぎます!」私は慌てて声を上げた。「私は一生懸命働き、一刻も早くこのシステムへ清償(返済)いたします!」
「君はまだ私の底白(本質)を理解していないようだね。この資金は君に給付されるものであって、返済など一分たりとも不要(不用償還)なのだよ……」
「そんな……そんなこと、お受けできません……」
「よし、私はまだ次の火線の閉門会議(好幾個會議)が詰まっていてね。これにて失礼するよ……」
「ありがとうございました……本当に、ありがとうございました……」
私の感謝の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ビデオ通話(視訊)の信号は完全に遮断され、画面は消失した。アーキテクト総長はすでにオフライン(離線)となり、私の目からは再び、涙が止まらなくなっていた。
【著者注 / 世界観設定】
【注1】小型オールマイティ・デバイス(小型萬能電腦)について:
筆者の独自設計。遠い未来の時空において、この小型デバイスはかつての「携帯電話」を完全に肉体消滅(代替)させており、ほぼ全人類が人手一台(一人一台)の剛性剛需として携行している。通信のシステムログはすべてリアルタイムの「ホログラム映像通話」であり、繁星星系の各惑星間・衛星間における超長距離通信も、バグや遅延なく完全に稼働している設定である。
【注2】IDチップカード(ID晶片卡)と通貨システムについて:
もう一つの根幹設計。未来の世界において、人類はすでに「現金(紙幣や硬貨)」という旧時代のノイズを一切携帯・使用しておらず、生活のすべての取引システムは、個人のアイデンティティを完全に統べる「IDチップカード」内に格納された電子データによって一鍵落鎖(決済)されている。なお、読者の皆様がこの星際連邦の世界観における富と対価の重力(体感)を最も馴染み深い基本面としてリアルに観測できるよう、作中に登場するすべての金額は、現代の「日本円(円)」の金利・貨幣価値のスペックに等比例換算して描写している




