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第1話 新しい始まり

第1話 新しい始まり(あたらしいはじまり)


混乱(こんらん)していた思考(しこう)がようやく停止(ていし)したのを感じ(かんじ)ながら、私はゆっくりと目(め)を開けた(あけた)。視界(しかい)に映った(うつった)のは、自分が無機質(むきしつ)な病床(びょうしょう)の上に横たわって(よこたわって)いる現実(げんじつ)だった。


「本当に神(かみ)に感謝(かんしゃ)しなければね」


一人の看護師(かんごし)が、親しみ(したしみ)のこもった流暢(りゅうちょう)な英語(えいご)で私に語りかけて(かたりかけて)きた。

「ついに目が覚めた(めがさめた)のね。まだどこか、気分(きぶん)が優れない(すぐれない)ところはある?」


「ここは……どこ? 私に、何が起きた(おきた)の……?」

私はかすれた声の英語で問い返した(といかえした)。


「私は当直(とうちょく)の看護師(かんごし)のシーラ(Shira)よ。ここはA1星(せい)のワシントン特区(とっく)記念(きねん)病院(びょういん)。あなたはもう、ここで一週間(いっしゅうかん)以上(いじょう)も昏睡(こんすい)状態(じょうたい)だったのよ」


「そんな……一体(いったい)どういうこと……」


「あなたの居住(きょじゅう)していたD7星が、あの征戦(せいせん)による宇宙(うちゅう)戦艦(せんかん)の残骸(ざんがい)破片(はへん)の直撃(ちょくげき)を受けてね……。惑星(わくせい)全体(ぜんたい)がほぼ壊滅(かいめつ)したの。あなたは奇跡(きせき)的に生き残った(いきのこった)、極めて(きわめて)一握り(ひとにぎり)の幸運(こううん)な生存(せいぞん)者(しゃ)よ。捜索(そうさく)救助(きゅうじょ)隊(たい)に引き上げ(ひきあげ)られた後、すぐに私たちのここへ緊急(きんきゅう)移送(いそう)されてきたの」


シーラの言葉(ことば)が引金(ひきがね)となり、混沌(こんつん)とした記憶(きおく)の底(そこ)から、あの日の光景(こうけい)が鮮明(せんめい)に蘇った(よみがえった)。

当時(とうじ)、私は体育(たいいく)の授業(じゅぎょう)の真っ最中(まっさいちゅう)で、あの愛くるしい(あいくるしい)子供(こども)たちにフィットネス体操(たいそう)を教えて(おしえて)いたのだ。ほんのひと呼吸(いき)、振り返った(ふりかえった)瞬間(しゅんかん)だった。猛烈(もうれつ)な飛砂(ひさ)走石(そうせき)が、獣(けもの)のような咆哮(ほうこう)を上げて私たちに襲いかかって(おそいかかって)きた。私は咄嗟(とっさ)に身(み)を伏せ(ふせ)たが、子供たちを呼び(よび)止める(とめる)間(ま)すらなく、砂(すな)嵐(あらし)の要塞(ようさい)がすべてを飲み込んで(のみこんで)いった。何かに必死(ひっし)でしがみつこうとしたが、肉体(にくたい)は非情(ひじょう)な暴風(ぼうふう)によって宙(ちゅう)へと巻き上げ(まきあげ)られ、やがて巨大(きょだい)な物体(ぶったい)に激突(げきとつ)した。全身(ぜんしん)が麻痺(まひ)していくような激痛(げきつう)の後、私の意識(いしき)は暗黒(あんこく)の深淵(しんえん)へと墜落(ついらく)し、知覚(ちかく)を完全に失った(うしなった)のだ。


「そんな! 私の家は……私の小さなアントニオ(Antonio)は!? シーラ、お願い(おねがい)だから教えて(おしえて)! 私たちのD7星の生還(せいかん)者は、今どれくらいいるの!?」


「それは……」

シーラはポケットから小型(こがた)コンピューター(Almightyデバイス)を取り出した(とりだした)。

「すべての生存(せいぞん)者の名簿(めいぼ)が、このデータの中に格納(かくのう)されているわ。総計(そうけい)で54名。その大半(たいはん)が私たちのこの記念(きねん)病院(びょういん)に収容(しゅうよう)されていて、ごく少数(しょうすう)がA2星(せい)にいるの。そういえば、あなたの名前(なまえ)はクリスティーナ・ホフマン(Christina Hoffman)で間違いない(まちがいない)わね? もし、バイタルデータに問題(もんだい)がなければ、これで生存(せいぞん)者は55名になるわ」


私は涙(なみだ)を流し(ながし)ながら、端末(たんまつ)の画面(がめん)に映し出される(うつしだされる)名簿(めいぼ)の一行(いちぎょう)一行(いちぎょう)を食い入る(くいいる)ように見つめた(みつめた)。スクロールするたびに名前(なまえ)が消え(きえ)去り(さり)、私の心(こころ)は底(そこ)のない地獄(じごく)へと沈んで(しずんで)いった。

そして、ついに最後(さいご)の名前(なまえ)を読み終えた(よみおえた)とき──そこに、私が世界(せかい)で最も(もっとも)愛(あい)した人の名は、存在(そんざい)しなかった。


精神(せいしん)の防盾(ぼうじゅん)が完全に崩壊(ほうかい)し、私は狂った(くるった)ように放声大哭(ほうせいたいこく:大声で泣き叫ぶこと)した。歇斯底里(ヒステリック)な絶望(ぜつぼう)の絶叫(ぜっきょう)が病室(びょうしつ)にこだまする。

「私を最も愛してくれた人まで逝ってしまった! 私はもう、すべてを失ったのよ! お願いだから死なせて……私を今すぐ死なせてよ!」


「落ち着いて(おちついて)! ダメよ、そんなこと言っちゃ……!」

シーラは即座(そくざ)に、私のベッドサイドの生命(せいめい)維持(いじ)システムに直結(ちょっけつ)された緊急(きんきゅう)アラーム(警鈴)を叩いた(たたいた)。数秒(すうびょう)もしないうちに、部屋(へや)の自動(じどう)ドアが開き(ひらき)、複数の看護師(かんごし)と医療用(いりょうよう)の看護ロボット(かんごロボット)たちが火線(かせん)のごとき勢い(いきおい)で突入(とつにゅう)してきた。


「この子を、もう少し(もうすこし)眠らせて(ねむらせて)あげて!」


威厳(いげん)のある年長(ねんちょう)の女性(じょせい)看護師(かんごし)──彼女(かのじょ)こそが、この病棟(びょうとう)のすべてを統べる**『看護師長(かんごしちょう:師長)』**だった。

師長(しちょう)の冷徹(れいてつ)な指揮(しき)のもと、2体の看護ロボットが機械(きかい)の膂力(りょりょく)で私の肉体(にくたい)を完全に押さえつけ(おさえつけ)、別の看護師がインジェクション・ガン(注射槍)を私の腕(うで)へと強烈(きょうれつ)に打ち込んだ(うちこんだ)。瞬時(しゅんじ)に、私の意識(いしき)は再び(ふたび)遮断(しゃだん)された。


脳内(のうない)のシステムエラー(混乱)は未だ(いまだ)に止む(やむ)ことなく激しく(はげしく)回転(かいてん)を続けて(つづけて)いた。再び(ふたたび)目を覚ました(めをさました)とき、一体(いったい)どれほどの時間が経過(けいか)したのかすら知覚(ちかく)できなかった。ただ、両手(りょうて)両足(りょうあし)は完全に固定(こてい)ロックされ、全身(ぜんしん)が寸分(すんぶん)も動かせ(うごかせ)ない重力(じゅうりょく)的地牢(じろう)の中にいた。私は本能(ほんのう)的に身悶え(みもだえ)し、激しく(はげしく)抗った(あらがった)。


「目が覚めた(めがさめた)のね」


傍ら(かたわら)には、あの威嚴(いげん)ある年長の看護師長(かんごしちょう)が、看護ロボット(かんごロボット)を引き連れて(ひきつれて)立っていた。彼女(かのじょ)の胸元(むねもと)のネームプレート(名牌)には**『エマ・クーツマン(Emma Kuetzman)』**、そしてその下には『看護師長(かんごしちょう)』の剛性(ごうせい)の職称(しょくしょう)が刻まれて(きざまれて)いた。


「これがどれほど残酷(ざんこく)で受け入れ(うけいれ)がたい絶望(ぜつぼう)か、私には痛い(いたい)ほど分かる(わかる)わ。でもね、これは現実に起きて(おきて)しまったことなのよ。神(かみ)があなたをこの牌(はい)のテーブル(世界)に残した(のこした)のには、絶対に、何らか(なんらか)の崇高(すうこう)な理由(りえき)があるはずだわ」


「私はもう……本当に、完全に一無所有(いちむしょゆう:一物も持たないこと)になったのよ! これ以上のどんな理由(りえき)があるっていうの……!?」

私は嗚咽(おえつ)しながら、途切れ(とぎれ)途切れ(とぎれ)に言葉(ことば)を絞り出した(しぼりだした)。


「愛しい(いとしい)子(こ)」

エマ師長(しちょう)はそっと私の額(ひたい)に親愛(しんあい)のキスを落とした(おとした)。

「あなたはまだ、こうして息(いき)をして、生きている(いきている)のよ。もし、この広い宇宙(うちゅう)の誰も(だれも)があなたを必要(ひつよう)としないのだとしても──大丈夫(だいじょうぶ)よ。この私が、あなたのセーフティネット(防盾)になって、一生(いっしょう)面倒(めんどう)を見て(みて)あげるわ」


私の涙(なみだ)のダムが再び(ふたたび)決壊(けっかい)した。彼女(かのじょ)は私の顎(あご)を優しく(やさしく)持ち上げ(もちあげ)、手巾(しゅきん:ハンカチ)でそっと涙(なみだ)の痕(あと)を拭い去って(ぬぐいさって)くれた。


「……まだ、死に(しに)たい?」

私は力(ちから)なく、小さく(ちいさく)首(くび)を横に(よこに)振った(ふった)。


「それでいいわ。今から固定(こてい)ロックを解除(かいじょ)するからね。その後、全身(ぜんしん)の精密(せいみつ)健康(けんこう)診断(しんだん)へ連れて行く(つれていく)わよ」

エマ師長(しちょう)の言葉(ことば)が終わる(おわる)やいなや、手足(てあし)の固定(こてい)ロックシステムが小気味よい(こきみよい)電子(でんし)音(おん)とともに跳ね上がり(はねあがり)、完全に格納(かくのう)された。


「さあ、お行き(おいき)、可愛い(かわいい)お嬢さん(おじょうさん)。私について(ついて)きなさい」


その後、私は生還してからの記念すべき第一食を口にした。

それから、痛快なほどに熱いシャワーを浴び、ベッドへ横たわると、それほど時間を置かずに深い昏睡へと落ちていった。しかし、脳内は絶え間なく悪夢の迷魂陣に蹂長されているようだった。


グッと伸びをして、私はベッドから起き上がった。エマ師長(しちょう)は変わらず、私のベッドサイドに静かに腰掛けていた。


「クリスティーナ、目が覚めたのね……」


「エマお姉ちゃん……あなた、ずっと眠っていないの……?」


「おバカな妹ね、私が眠らないわけがないで書」

エマ師長は隣の伸縮式のリクライニング・チェア(躺椅)を指さして笑った。

「私はあそこでシステムを休めて(眠って)いたのよ。あなたも知っての通り、人間は少し年を重ねると、睡眠の維持に必要な時間(ウインドウ)がどんどん短くなるものなのよ」


「本当に、お姉ちゃんに大きな負担をかけてしまって……」


「何を言っているの。さあ、一緒に朝食を食べに行きましょう。今日はあなたをパトリス(Patrice)先生の精神科へ連れて行ってメンタル・テスト(檢測)を行うわ。最後に検査センターで昨日の精密検査のレポートを受け取る手筈になっているの」


「はい、それじゃあお姉ちゃん、案内をお願いします……」


精神のバイタルが大幅に回復したせいか、朝食は驚くほど食欲(モメンタム)が湧いた。

食堂に入って間もなく、あの巨大な牛肉バーガーが何ら抵抗もなく私の胃袋の中に完全に消失(消滅)していった。ミルクを飲みながら、さらに大きな2個目の牛肉バーガーを豪快に喰らおう(大口啃掉)としたその瞬間、エマ師長に呼び止められた。


「ちょっとクリスティーナ、今日はそんなに食欲(胃口)が良いの!?」


「自分でも分からないの。お腹がすごく空いていて、なんだか牛を一頭丸ごと平らげられそうな気分(體感)よ!」


「食べるのは良いことよ。この病院はあなたを飢えさせることなんて絶対にないわ。でもね、そんな風に狼呑虎嚥(ろうどんこえん:狼のように貪り喰うこと)しちゃダメ。胃袋が悲鳴を上げてシステムエラーを起こしてしまうわよ」


「御意に、お姉ちゃん大人……!」

私は笑いながら、カチッと音を立てて敬礼(敬禮)してみせた。


「このお転婆娘(頑皮鬼)!」


その後、7階の心理医師であるパトリス(Patrice)先生のオフィスでテストを受けたが、私の精神状態のシステムログ(異常)はそれほど深刻ではなかった。情緒(メンタル)は多少低落しているものの、他の54名の生還者たちに比べれば遥かに強靭だった。パトリス医師からは、定期的な回診と継続的な追跡観察(追蹤)だけを要求され、これを聞いたエマ師長は非常に歓心した。


「よし、それじゃあ……次は検査センターへ報告書(レポート)を見に行きましょう」


「うん、お姉ちゃん、道案内をお願い」


エレベーターに乗り込んで3階へと降り、間もなく検査センターへ到着した。エマ師長に手を引かれて中へ入ると、そこでは数人の医師(いし)たちが面色凝重(めんしきぎょうじゅう:顔色を硬くして)に議論を交わしていた。私たちの到来を察知するやいなや、彼らは一斉にその口(議論)を完全に閉ざした。


「どういうこと……?」エマ師長が鋭く特徵を抓漏(察知)した。「クリスティーナのバイタルに、何か異常なシステムエラーでもあるの?」


「二人とも、まずは座ってくれ」

この医師のネームプレート(名牌)に刻まれた職称は『脳神経医師』、名は『ドクター・マッツナー(Dr. Matzner)』。

「クリスティーナ、君は今、体調が優れない(不舒服)と感じる部位はあるかね?」


「いいえ、特に」私は椅子を引いて腰掛けた。「何か問題でもあったんですか?」


彼はモニターの画像をシステム上に秀(表示)してみせた。

「この数枚の頭部断層スキャン(CT)の显像は君のものだ。そして、こちらの数枚は普通の正常人のものだ。何が違うか、君たちに看破(判別)できるかね?」


「これは……!」エマ師長が声を上げた。「これはあまりに誇張(極端)だわ……!」


「私は一体、どうなってしまったんですか?」

私はマッツナー医師をじっと死死と睨みつけて(緊緊盯著)問い詰めた。


「もし医療計器のバグ(エラー)でないとするならば」マッツナー医師は冷酷な数字を告げた。「君の脳の一部の活動量(ニューロン負荷)は、正常人の実に『5倍』前後に達している。君の肉体(バイタル)にどんな地殻変動が起きたのかは分からない。しかし、この異常値が出た瞬間、私は即座に捜索救助部隊へ連絡し、君が発見された正確な現場の蛛絲馬跡(手がかり)を厳密に照会した。部隊の報告によると、君が捕捉(発見)された当時、君は巨大な電動ネオン看板の中に完全に閉じ込められて(束縛されて)いたそうだ。看板は当時、まだ回転を続けており、君の全身には無数の電球と回路配線が巻き付いて、未だに電撃の火花(スパーク)をパチパチと散らしていた。生命値(HP)はわずか『62/100』。数値は危険な底辺(偏低)だったが、君は口の中でずっと、謎の喃喃自語(つぶやき)を繰り返していたそうだ。部隊は多大な時間を費やして障害を排除(肉體消滅)し、ついに君を救出し、最高速度で私たちのここへ緊急移送してきた。そして、私たちも死神の手から君を奪い返した。私たちが先ほど出した決議は、君にもう一度別の装置(新型スキャナー)で再検査を受けてもらうことだ。私たちはこれを確認しなければならない……」


「もし……それが事実だと確認されたら、私はどうなるんですか?」


「これほど高い脳活動量だ。私は脳内に何らかの病変(エラー)が起きていることを非常に危惧(恐慌)している。そうなれば、院方は君をここに留置(隔離)して観察せざるを得ない。完全に安全であるというステータスが確認されて初めて、私たちは安心して君を自由な仕事と生活へ帰すことができるのだ」


「分かりました。あなたたちは医師(いし)ですものね。お姉ちゃん、私を連れて検査に行って」


エマ師長の顔色は、このとき非常に不快そうに歪んでいた。不情願(不情願:極めて不満げ)に私の手を引っ張り、検査センターを強引に飛び出した。


その後、私は再び別の巨大な装置(マシン)によってスキャン(掃描)された。完了後、そこの看護師のお嬢さんから、スキャン画像が完成(完工)したらすぐに検査センターへデータ転送(傳輸)するから、元の場所へ戻るようにと告げられた。


「やはり、全く同じだ!」マッツナー医師は眉をひそめて言った。「画像に表示されたステータスは完全に一致している。装置のバグでないことが証明された……」


「それで、私はどうなるんですか?」


「病院内に留置(隔離)すべきだ。私たちはさらに一歩進んだ化学分析と診断を行う。間もなく議論の上、正式な決議を下す」


「この子には今、生命の危機(リスク)なんて一切ないわ!」エマ師長は腰に手を当て、怒りを剥き出しにして咆哮(吼著)した。「それに、伝染病のシステムログだって皆無よ! あなたたち、一体何の権利(権限)があって彼女の自由を制限(束縛)しようっていうの!?」


「彼女には行くあてもないし、身寄り(親戚)もいないんだぞ……」


「私が! 私が彼女を収容(引き取る)するわ!」エマ師長は指先でマッツナーを激しく指し示した。「あなたたちに彼女の自由を束縛させるもんですか! これほど可哀想な目に遭った子を、あなたたちはまだ『白老鼠(実験用のモルモット)』にするつもりなの!? ええ!?」


「エマ、そんな風に感情的になるな。私たちも彼女の真の利益(ため)を思って……」


「あなたたちが彼女を強制制限(隔離)しようとするなら、私は今すぐ人権団体(人權團體)に告訴状を叩きつけて、あなたたち全員を『牢獄(牢飯)』に送ってあげるわ!」


「分かった、分かった、怒るなエマ。物事は友好的に商議(商量)しよう……」


「私は院長(いんちょう)に直接お目通りして裁決を仰ぎます! これほどの重大事、院長が黙殺し続けるはずがありませんわ!」


エマ師長は気炎万丈に突進していった。果たしてそれほど時間を置かずに、院長の**『サンドラ・クーツマン(Sandra Kuetzman)』**女史が自ら検査センターへと降臨した。事の始末(底白)をすべて把握した後、院長は即座に、私の以前の職業(キャリア)を尋ねてきた。


「私は以前……D7星のEタウン(E Town)で、小学校の教師をしていました……」


「それは素晴らしいわ!」サンドラ院長は満面の笑みを浮かべた。「私たちの病院の隣にある小学校で、ちょうど一人の教師が引退(退休)の準備を進めているのよ。先日、ストリックランド(Strickland)校長と歓談(聊天)した際、適切な人材(後任)が見つからずにずっとシステムエラー(卡關)を起こしていると言っていたわ。あなたなら完璧に適任ね。その学校には教職員宿舎(宿舍)も完備されていて、単身の教職員専用の生活空間が用意されているわ。食事(吃)に関していえば、この病院からいくらでも供給してあげる。数歩歩けばすぐに届く距離よ。このアレンジメントなら、何の問題(バグ)もないでしょう!?」


私は感動のあまり、涙のライン(眼淚)が絶え間なく溢れ落ちた。「……ありがとうございます、院長先生……」


「私に感謝する必要はないわ」サンドラ院長は優しく笑った。「エマが私に直訴してくれなければ、私はこのような黒箱(内情)を知る由もなかったのですから。あなたは安心して、可愛い子供たちに勉強を教えに行ってちょうだい。定期的に病院に回診に来て、精密検査を受ければそれでいいわ」


傍らの一群の医師(いし)たちは面面相覷(めんめんそうきょ:互いに顔を見合わせて)となり、完全に沈黙し、一言の異議(ノイズ)も挟むことはできなかった。


間もなく、院方は私のすべての検査報告書をデータ(資料)にまとめ、その後の小学校への教師就任の「上申書(建議)」とともに、連邦議会(議會)へとリアルタイム送信(傳輸)した。

それから数秒と経たないうちに、なんと院内放送(廣播)が流れ、会議室で私宛ての「ビデオ通話(視訊電話)」の会談が入ったと告げられた。エマ師長は慌てて私の手を引き、会議室の防盾の中へと滑り込んだ。中には複数の医師たちがすでに待機していた。しかし、モニターに映し出された(視訊)画面を見た瞬間、私は大いなる驚愕(大吃一驚)に包まれた。


そこに現れたのは、誰もがその貌を知る人物──。

星際連邦議会の最高総長、**『アーキテクト(Architect)』**その人だった。


「こんにちは」総長は私が入室するのを見るやいなや、即座に語りかけてきた。「君が、クリスティーナ(Christina)かね?」


「はい……!」


「本当に、言葉もないほど申し訳ない(非常に申し訳ない)。私たちの軍事行動(出兵)が、このような悲惨な結末(結果)を招いてしまった……。君たちに許し(原諒)を乞う資格などないが、少なくとも、私たちの手で君たちの後半生のセーフティネット(無憂無慮)を保証させてほしい。そうでなければ、私の胸の内の罪悪感という名のノイズを、ほんの少しも肉体消滅(消去)させることができないのだ。君は今、何か不足しているもの(缺少什麼)はあるかね?」


「私は……私はまだ、咄嗟には思いつきません……」


この時、エマ師長が横から鋭く割り込んだ(插了個嘴)。

「報告いたします、総長大人(総長閣下)! 彼女は現在、いかなる身分証明(ID)も持っておらず、当座の資金(資金)も皆無でございます。議会からいくらか資金を前借り(借給她)させていただき、当面の生活必需品や衣服を購入し、仕事が安定した後にシステムへ返済(償還)するという手筈にすることは可能でしょうか?」


「それを早く言ってくれ(早跟我說嘛)。実は、そのようなセーフティネットは議会ですでに完全に構築(安排)してあるのだ。間もなく、**『警察署(けいさつしょ:警察署)』**の専任の特務が病院へ向かい、君の新規登録の手続きをすべて完了させる。すべてが落鎖(完了)したとき、君の新しい**『IDチップカード(ID晶片卡)』**の内部には、一挙に**『500万マルク(500万丹:500万日圓)』**の資金が直接注入される。もちろん、返済(償還)など一切不要(不用妳還)だ。これで当面は十分に足りるだろうか? それとも、もっと必要かね?」


「十分です! 十分すぎます!」私は慌てて声を上げた。「私は一生懸命働き、一刻も早くこのシステムへ清償(返済)いたします!」


「君はまだ私の底白(本質)を理解していないようだね。この資金は君に給付されるものであって、返済など一分たりとも不要(不用償還)なのだよ……」


「そんな……そんなこと、お受けできません……」


「よし、私はまだ次の火線の閉門会議(好幾個會議)が詰まっていてね。これにて失礼するよ……」


「ありがとうございました……本当に、ありがとうございました……」


私の感謝の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ビデオ通話(視訊)の信号(シグナル)は完全に遮断され、画面は消失した。アーキテクト総長はすでにオフライン(離線)となり、私の目からは再び、涙が止まらなくなっていた。



【著者注 / 世界観設定】


【注1】小型オールマイティ・デバイス(小型萬能電腦)について:

筆者の独自設計。遠い未来の時空において、この小型デバイスはかつての「携帯電話(スマートフォン)」を完全に肉体消滅(代替)させており、ほぼ全人類が人手一台(一人一台)の剛性剛需として携行している。通信のシステムログはすべてリアルタイムの「ホログラム映像通話」であり、繁星星系の各惑星間・衛星間における超長距離通信も、バグや遅延(レイテンシー)なく完全に稼働している設定である。


【注2】IDチップカード(ID晶片卡)と通貨システムについて:

もう一つの根幹設計。未来の世界において、人類はすでに「現金(紙幣や硬貨)」という旧時代のノイズを一切携帯・使用しておらず、生活のすべての取引システムは、個人のアイデンティティを完全に統べる「IDチップカード」内に格納された電子データによって一鍵落鎖(決済)されている。なお、読者の皆様がこの星際連邦の世界観における富と対価の重力(体感)を最も馴染み深い基本面としてリアルに観測できるよう、作中に登場するすべての金額は、現代の「日本円(円)」の金利・貨幣価値のスペックに等比例換算して描写している

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