特命部門と蜘蛛の双子
一週間後――。
色々な検査を終えた俺は、制帽を被った男たちに連れられ、とある部屋へとやってきた。
扉には『統制機関長室』と書かれている。
(……ここは?)
部屋の中を見回してみるが、特に気になるものはない。
俺を連れてきた男たちは一礼すると、そのまま部屋を出ていった。
「昨日は眠れたかね?」
男たちが出ていった直後、声をかけられた。声のした方へ目を向けると、制帽を被った男――カミシロがいた。
長机の向こう側で指を組み、こちらをじっと見つめている。
「色々な検査があって大変だったよ。ただ、結果はまだ聞いてないんだけどな。それと姉ちゃんは?」
「検査結果については……多分問題ない。ただ、彼女は引き続き検査中だ。少なくともあと一か月はかかるだろう。」
(……何、その間? 絶対、何かあったじゃん!)
姉ちゃんは、どうしてまだ検査が必要なんだろう。というか、一か月って長すぎないか?
「その目を見れば、言いたいことが山ほどあるのは分かる。だが、質問は受け付けない。要点だけ伝えさせてもらう。」
むう……仕方ないか。
「今日から君の名前は変わる。それがこれだ。」
カミシロは長机の上に一枚のカードを置いた。俺はそれを手に取り、まじまじと眺める。
カードには俺の顔写真が貼られていた。
「アンレイル・ラナウェイ……執行機関特命部長?」
おそらく身分証のようなものだろう。前半が名前なのは分かる。問題は後半だ。
……特命部長って何?
「君はこの世界の外から来た者だ。我々はそういう者を『外来者』と呼んでいる。」
「外来者……」
「外来者がこの国を訪れること自体は珍しくない。しかし、我々は彼らを無条件に歓迎するわけにはいかない。彼らがこの国に害を及ぼすかどうか、事前には判断できないからだ。」
なるほど。確かにどこの誰とも分からない人間を、何の確認もなしに受け入れるわけにはいかないだろう。…まあ俺の場合は確認したところで、説明できないことだらけなんだけど。
「今回はクラウン閣下の要望を無下にするわけにもいかない。かといって、素性の知れない者をそのまま仲間に迎え入れるわけにもいかない。」
カミシロは一度言葉を切り、続けた。
「そこで、執行機関に所属させることにした。執行機関であれば君たちの行動を把握し、監視することもできるからな。ただ通常の職務に就かせるわけにはいかない。…そこで新たに部門を設立することにした。それが『特命部門』だ。」
…なるほど?
要するに、海人さん――いや、今はクラウン閣下か――の頼みを無視するわけにはいかない。でも、素性の分からない俺を信用することもできない。だから執行機関に所属させて監視する。ただ普通の仕事を任せるわけにもいかないから、新しい部署を作った。……ということだろう。
うん、理屈は分かった。分かったんだけど。
(そもそも、執行機関って何なんだ?)
「その顔……何か気になることでもあるのかね?」
「……執行機関って何?」
名前からして警察みたいなものだろうか。いや、そもそもこの世界の警察がどんな組織なのかも知らないんだけど。
「執行機関は、この国の治安を司る機関だ。検死、諜報、暗殺、粛清。それらが主な仕事となる。」
ほう?
……ほう?
見えてきたぞ。思っていた以上にヤバい組織だ。
(いや、暗殺と粛清って何だよ! 警察の仕事じゃないだろ!)
クラウン閣下がいなかったら、俺は一体どうなっていたんだ……。
思わず胸を撫で下ろす。
「それで、特命部門っていうのは?」
特命。特別な命令。
つまり、普通の部署ではできないような特別な仕事を任されるってことだろうか。
……おお、なんだかワクワクしてきたぞ!
「つい最近、思いついた名前だ。」
「……え?」
ガクッ!
俺は思わずずっこけた。
(適当なんかい!)
心の中で盛大にツッコむ。
「どうした?」
カミシロは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
(あんたのせいじゃい!)
俺は再び心の中でツッコんだ。
……この人、絶対わざとじゃないんだろうな。
それが余計に腹立たしい。
「それでは、本題に入ろう。」
カミシロは組んでいた指を解き、真剣な表情でこちらを見た。
「君には、蜘蛛の双子の面倒を見てもらう。」
「…………は?」
蜘蛛の双子?何それ?新しい部署の仕事って、蜘蛛の世話なの?猫の世話とかじゃなくて。
いやそもそも蜘蛛って、あの八本足の蜘蛛だよな?
「この国には、かつて宰相がいた。」
俺の困惑をよそに、カミシロは説明を続けた。
「その男は非常に優秀だった。まるで雲の上から盤面を見下ろしているかのように、あらゆる局面を読み的確に立ち回った。人々は彼を『雲海の賢者』と呼んだ。」
雲海の賢者。なんだか、ものすごく頭がよさそうな二つ名だ。
「彼はある日突然、姿を消した。そして、彼がいなくなった後に残されていたのは、一つの卵だけだった。」
(卵……?)
「その卵から生まれたのが、赤い目をした白い蜘蛛と同じく赤い目をした黒い蜘蛛だった。二匹は成長し、やがて人の姿を取るようになった。一人は赤い瞳に白髪の少女。もう一人は赤い瞳に黒髪の少女だ。」
なるほど。一つの卵から二匹の蜘蛛が生まれ、その二匹が人間の姿になった。それで、蜘蛛の双子ってわけか。
……いや、待て。
卵から生まれた蜘蛛が人間になるって、普通に考えたらとんでもない話だな?
まあ俺自身が普通じゃない状況にいる以上、今さら驚いても仕方ないのかもしれないけど。
「双子の蜘蛛は、宰相が残した形見として、我々が責任を持って守ると約束したはずだった。」
「……だった?」
その言い方、何か引っかかるんだけど。守るって約束したのにどうして過去形なんだ?
「業務が多すぎてな。そこまで手が回らなかった。今の今まで、後回しにせざるを得ない案件として扱ってきたのだ。」
「……えぇ。」
守るって約束したんだよね?それなのに、仕事が忙しくて放置してましたってこと?
いや、事情は分からなくもないけどさ……。
「だが、ようやくその穴を埋められる者が現れた。」
カミシロの視線が俺に向く。
(……はい。俺ですね。)
なんとなく、そんな気はしていた。
「その子たちの年齢は、お前と同じくらいだ。名前はマグロとマシロという。」
「…………ん?」
マグロ?マシロ?
(……気のせいだよな?)
いや、なんだか聞き覚えがあるような……。でも、同い年というだけで、髪の色や特徴まで一致するなんてことは――。
(……まさかな。)
俺は頭に浮かんだ考えを、ひとまず無理やり押し込めた。
うん。きっと偶然だ。……そういうことにしておこう。
「お前が何をするべきか、理解できたかね?」
「う、うん。」
正直、分からないことだらけだ。ただ、蜘蛛の双子の面倒を見る。それだけは理解できた。
「それでは、早速その場所へ向かってもらおう。」
カミシロが言い終えると、数人の制帽姿の男たちが部屋に入ってきた。
「最後に一つ。私からの命令のみに従え。」
「……うん?」
今、なんて言った?カミシロは気にした様子もなく、手元にあった小さな物をこちらへ放ってよこした。
「これを肌身離さず持っておけ」
慌てて受け取る。手のひらに収まるそれは、長方形に加工された石だった。
「それは私との連絡石だ。念じれば、私と連絡を取ることができる。困ったことがあれば、すぐに連絡してこい。」
なるほど。この世界の携帯端末みたいなものか。
……いや、待て。スピーカーらしきものがどこにも見当たらないんだけど、どこから声が聞こえてくるんだ?というか、どうやって使うんだ、これ。
「あの、使い方は――」
「付いて来い。」
「ああ……ちょっと待って!」
結局、使い方を聞くこともできないまま、俺は男たちに連れられて部屋を後にした。……この世界、説明不足な人間が多すぎないか?
♦
アンレイルが部屋を出ていった後。カミシロは一人、机の上に広げられた資料に目を通していた。
そこには、一週間にわたって実施されたアンレイルの検査結果が記されている。
(身体機能の各項目は満点。火属性と土属性に適性あり……)
カミシロの視線が、ある項目で止まった。
(特に火属性に関しては……)
そこに記された数値は、通常の基準から著しく外れていた。
単なる高い適性、という言葉では片づけられない。その結果は、彼を安易に野放しにしてはならないと、はっきり告げていた。
(アンレイル・ラナウェイ……)
カミシロは資料を閉じ、深く息を吐く。
(線路のない道を突き進む暴走車か。進む先もどこへ向かうのかも分からない。……操縦を誤らないようにしなければな。)
彼は改めて、これから始まる厄介な仕事を思い、眉間にしわを寄せた。




