閉話 特例の外来者
「カミシロ。今後の責任は、お前に一任する。」
会議は、デスカル総機関長のその一言で締めくくられた。
「……だるいなぁ。」
会議室には、私一人だけが残っている。椅子に深く腰掛け、天井を見上げる。
これからのことを考えると――正直、気が重かった。
私はカミシロ。この国の治安維持を担う組織――統制機関の長である。
この国は四人の王によって統治されている。法案一つを決めるにも、王の許可が必要だ。
四人全員の許可があって、初めて法案は成立する。
人が裁かれるか。それとも裁かれないか。それすらも、最終的には王の判断に委ねられている。
(……まあ、今まで一度しか問題が起こったことはないわけだが。)
その一度の出来事が原因で、最終決定に王が関わる制度になった。
…この話は長くなるので、今は置いておこう。
(話が逸れたな。)
この国の治安維持を担う機関は、大きく二つ。
――執行機関。
――統制機関。
執行機関には、基本的に誰でも入ることができる。主な仕事は、犯罪者の確保と刑の執行。
一方――
統制機関は、そう簡単には入れない。
適性試験。学力試験。執行機関で五年以上勤務すること。四人の王から印を受けた証明書が必要になる。
その仕事は、情報の精査。執行機関への指示。執行機関が暴走しないよう監督すること。
つまり執行機関を止めるための機関であり、同時に、正しく動かすための機関でもある。
(……そんな場所に、あの二人を入れろとはな。)
クラウン閣下の言い分は、無理難題もいいところだった。
執行機関の仕事をさせるだけなら、まだいい。
問題は――「統制機関に入れる」という部分だ。
これは前例がない。否、前例以前の問題だ。
統制機関に入るまでの過程。試験を突破し。執行機関で五年間以上の経験を積み。王たちから認められる。その全てを、あっさりと飛び越えることになる。
(……そんなことをすれば、今まで努力してきた連中はどう思う?)
しかも――今回の相手は、この国の外から来た者。『外来者』だ。
(国民は納得しないだろうな。)
もし、今回の特例を認めてしまえば。この国は、血筋や権力によって地位が決まる国になってしまう。
それに国家憲章に真っ向から反する。
この国には――身分による格差は存在しない。
そう明記されている。
(裁判にでもなれば、こちらが敗訴するだろうな。)
……まあ。王が「無罪」と言えば、それで終わるのだが。
それでは――法も。制度も。国民の自由も。全てが王の匙加減になってしまう。
「……」
私は窓の外を見る。自由があってこそ、幸福がある。私は、そう思っている。
だからこそ――「預かる」と言った以上。嘘はつけない。
(……仕方ない。)
統制機関であって。統制機関ではない。そんな、矛盾した仕事を彼らにさせるしかない。
検死。諜報。暗殺。粛清。それ以外の仕事。
私はあの時ふと思い出した。
偶然にも――統制機関の誰もが嫌がり、ずっと空いていたポストが一つだけあった。
そこなら。問題は起こらないはずだ。
私は椅子から立ち上がった。
「そうと決まれば……明日、伝えるとするか。」
そして――
「ああ、後は名前もだな。」
この国では、元々名前があったとしても、外来者には身分上の名前が必要になる。
すでに役所には通達済み。身分証も、もう届いている。
私は書類を確認する。
「キラキラネームではないからな。」
誰に言うでもなく呟く。
「気に入らなくても勘弁してくれよ。」
そう言って、私は会議室を後にした。
◆
――会議終了後。俺は、ひどく嫌な気分だった。
「空いているポストに入れる……だと?」
拳を握る。
「冗談じゃない。」
「あそこは……」
俺は焦っていた。そして、懐から通信端末を取り出す。
しばらく迷った後、電話をかける。
「……俺だ。」
『なんだ?』
「彼女は無事なんだろうな?」
電話の向こうから、男の声が返ってくる。
『自分の首が心配か?』
「……」
『それとも、統制機関に転入者が入ってくることか?』
「!?」
俺は目を見開いた。
「……なんで知ってる?」
おかしい。これは我々でなければ知り得ない情報だ。
『あんたが俺に連絡してくる時ってのは、大体焦っている時だ。』
男は淡々と答える。
『今日あったことと言えば、クラウンのことだろ?』
「……」
『だったら、統制機関のことじゃないか?』
男は少し間を置いて――
『その反応、本当だったのか。まさか本当に転入してくるとは思っていなかったがな。』
「……」
『まあ、彼女は無事さ。』
「ならいい」
『良くはないぞ。』
男の声が低くなる。
『彼女、水も飲もうとしないし、何も食べようとしない。』
「……」
『このままじゃ餓死するぞ。』
「……」
『俺が彼女を返しておこうか?そのほうが、あんたのためになるんじゃないか?』
「……無理やりにでも食わせろ。」
『あんたが「丁重に扱え」って言ってきたんだろ?』
「……」
『なら追加料金だ。』
「守銭奴め。誰が払うか。」
『そうか。』
男は楽しそうに笑った。
『本当に追加料金なしでいいんだな?』
「……」
『この場所が彼らにバレても、俺は知らんぞ。』
「いい。何度も言わせるな。」
電話の向こうが一瞬静かになる。
『……そうか。』
『俺は金以上の働きはしない。』
声から笑みが消えた。
『もし彼が来ても、傷一つでも付けば俺は撤退する。』
「……」
『それだけだ。』
プツッ。
電話が切れた。
「……」
俺は通信端末を見つめる。
「あんなガキに、何ができるっていうんだ。」
吐き捨てるように呟いた。
◆
一方――
「……」
電話を切った男は、静かに通信端末を置いた。
そして――口元を歪める。
「どこまでできるのか……。」
男は、不敵な笑みを浮かべた。
「見ものだな。」
窓の外へ視線を向ける。
その瞳には、明らかな興味が宿っていた。
「見せてもらうぞ。」




