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星の導きの元に  作者: 音頭
序章

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7/10

黒鉄の王冠

「……逸れた?」


カナヤは目を見開いた。

怪物の横。そこには、深々と刻まれた斬撃の跡が残っている。

確かに当てた。狙いも、タイミングも完璧だった。


それなのに――斬撃だけが、怪物の身体を避けるように逸れていた。

(……あいつが何かしたのか?)

カナヤは怪物を睨む。

(いや……それは無理だ。私の攻撃は……)

聖属性。魔に属する存在にとって、最も弱点となる属性だ。

仮に何らかの方法で斬撃を逸らしたのだとしても――無傷というのは、おかしい。


「……仕方ない」


カナヤは剣を構え直す。


「もう一度だ」


剣を掲げる。


しかし――


(……待て)

カナヤは、ふと違和感を覚えた。

(こいつは……なぜ逃げない?)

目の前の怪物は、微動だにしていない。

(そもそも、なぜ防御しようとしない?)

何か理由があるのか。

それとも自分の攻撃など、耐えられると思っているのか。不可思議な点はいくつもある。

だが、考えても仕方がない。

(ここで生かしておけば、後々必ず災いになる)

カナヤは剣を握り直した。

(……許せ)

そして――剣を振り下ろそうとした。

その瞬間だった。


「――ッ!?」


ドンッ!!


突然、全身を押し潰すような重圧が襲ってきた。足が地面にめり込む。身体が震える。呼吸すら苦しい。

(な、なんだ……!?)

まるで巨大な何かに、上から押さえつけられているようだった。

(潰される……!)

本能的に危険を察知する。カナヤはとっさに剣の軌道を変え、その場から飛び退いた。


直後――


ドゴォン!!


さっきまでカナヤが立っていた場所に、巨大な拳の跡が刻まれた。地面が大きく陥没している。

まるで巨人が地面に拳を叩きつけたかのようなクレーターだった。


「……な、なんだ?」


カナヤは息を整えながら、拳の跡を見つめる。


「なんで……ここに?」


背後から声が聞こえた。


「どうして、この人が……」


周囲がざわつき始める。カナヤも振り返った。


絶句した。そこに立っていたのは、一人の男だった。

鉛管を咥え。袴と羽織を身につけ。草履を履いている。一見すると、どこにでもいそうな和装の男。

だが、その存在感だけは明らかに異質だった。


「……クラウン閣下」


誰かが呟いた。カナヤは息を呑む。

この男を知らない者など、この国にはほとんどいない。

この国を統治する四人の王。その一人。


『黒鉄の王冠《アビス・クラウン》』


血塗られ、錆びついた王冠を被る者。

敵には容赦なく。しかし、味方には慈悲深く。

その圧倒的な力から、この国では畏敬を込めて――


『クラウン閣下』


そう呼ばれている。

表舞台に姿を現すことは、ほとんどない。

だからこそ「なぜ、ここにいる?」

カナヤには理解できなかった。


「カナヤ」

「……はい」


クラウンが、こちらを見る。


「どけ」

「……一体、何の用で?」

「……」


クラウンは鉛管を口から外した。


「もう一度言うぞ」


声は静かだった。


「どけ」


その瞬間。


ゾクリ。


カナヤの背筋を冷たいものが走った。

幾度となく修羅場をくぐってきた。死線だって越えてきた。

それでも――これほどのプレッシャーを感じたことはなかった。


「ですが……」


カナヤは踏みとどまる。いくら閣下の命令であろうと、それだけはできない。

目の前にいるのは、手に負えない怪物だ。もし閣下に万が一のことがあれば、ギルドの面子どころか国そのものに関わる。


「そうか」


クラウンは淡々と呟いた。


「だったら――這いつくばってろ」

「……は?」


次の瞬間。


ドゴォン!!


「ぐはっ!?」


カナヤの身体が、まるで何かに殴り飛ばされたかのように吹き飛んだ。地面を何度も転がる。


「ぐっ……!」


何とか受け身を取り、顔を上げる。しかしもう遅かった。

クラウンはすでに、怪物の目の前に立っていた。

(まずい!)

カナヤは立ち上がろうとする。

その瞬間――


「誰も動くな」


クラウンの声が響いた。


ゾワァァァァァ……。


先ほどとは比べ物にならない。桁違いのプレッシャーが周囲を包み込む。

心臓が激しく脈打つ。動けない。いや――動こうと思うことすらできない。

冒険者たちも同じだった。誰一人として動く者はいない。

そんな中。クラウンは、ゆっくりと怪物へ手を伸ばした。


そしてその巨大な頭に、そっと触れる。


「彩花」


その声は、不思議なほど優しかった。


「もういい」


怪物が、ピクリと動く。


「もう将也をいじめる奴はいない」


クラウンは、まるで子供に言い聞かせるように続ける。


「安心しろ」


そして――


「後は俺に任せておけ」


その瞬間だった。


ズズズズズ……。


巨大だった怪物の身体が、ゆっくりと縮み始める。山のようだった巨体が。人間とは思えないほど巨大だった身体が。次第に小さくなっていく。そこに残ったのは、一人の女性だった。

女性は、力を失ったようにクラウンへ倒れ込んだ。クラウンはそれを受け止める。

そして、自らの羽織を脱ぐと、彼女の身体へそっとかけた。


「終わったのか……?」

「一体、誰なんだ……あの子?」

「さすがクラウン閣下だ……!」


冒険者たちが安堵し、口々に言葉を漏らし始める。クラウンはそんな声を気にする様子もない。そのまま歩き始める。向かった先は先ほど吹雪の中で生まれた巨大な氷柱だった。

クラウンは氷柱の前で足を止める。そっと手を添えた。


「……」


ピキッ。ビキビキッ。


氷柱に亀裂が走る。


「……?」


冒険者たちが息を呑む。


バキィィン!!


氷柱が崩れ落ちた。その中から、一人の男が姿を現す。


「俺が……俺が……」


男は、ぶつぶつと何かを呟き続けていた。クラウンが目の前に立っていることにも気づいていない。


「将也」

「……」

「顔を上げろ」

「……へ?」


素っ頓狂な声を上げて、男が顔を上げる。


そして――


「……海人さん?」


その顔を見た瞬間、男の表情が一気に変わった。


「海人さん!」

「……」

「そうだ! 姉ちゃんが!」


男――将也は慌てて周囲を見回す。


「姉ちゃんが! 姉ちゃんが――!」

「うるさい奴だな」


クラウンは淡々と答えた。


「ここにいる」


そして、腕の中にいる彩花を指差す。


「少し眠っているだけだ」

「……」


将也は彩花を見る。


「……よかったぁ」


その場にへたり込みそうになる。


「……って」


ふと顔を上げる。


「なんで海人さんがここにいるの?」

「詳しい話は後だ」


クラウンは歩き始める。


「ついて来い」

「え?」


将也は一瞬だけ戸惑った。

だが彩花が無事だと分かった今、他に選択肢はない。


「……うん」


将也はクラウンの後を追いかける。その姿を見て、冒険者たちは慌てて道を開けた。

クラウン。そして、その腕に抱かれた彩花。その後ろを歩く、将也。

三人が進んでいく。


しかし――


「閣下!」


カナヤが声を上げた。クラウンが足を止める。


「……なんだ?」

「その女と男を、国の中へ入れるおつもりですか?」


カナヤは立ち上がり、クラウンへ向き直る。


「問題は大ありです」

「……」

「怪物と得体の知れない男を、そのまま国へ入れるなど反対です。せめて検査をしてからでなければ――」

「くだらん」


クラウンは即答した。


「問題があったら、全て俺が責任を取る」

「しかし!」


カナヤは食い下がる。


「特例を認めてしまえば、外来者に対して示しがつきません!」

「それに今回は、死人まで出ています!」


周囲が静まり返る。


「何の検査もせずに入れるというのは、筋が通りません!」


クラウンは黙ってカナヤを見る。

しばらくして――


「……面倒だな」


それだけだった。カナヤは頭を抱えたくなった。

このまま話は平行線。そう思った、その時だった。


「でしたら――」


別の声が割って入った。


「我々がお預かりいたしましょう」


そこに立っていたのは、制帽をかぶった男だった。クラウンが男を見る。


「……カミシロか」

「はい」

「統制機関、か……」


クラウンは少し考える。


「いいだろう」

「では――」

「ただし、条件がある」


カミシロが眉を上げる。


「条件……ですか?」

「執行機関」


クラウンは淡々と言った。


「その配置はなしだ」

「……なるほど」


カミシロは顎に手を当てる。


「それは、なかなか難しいことをおっしゃいますな」


少し考えた後。


「……いや」


ニヤリと笑う。


「大丈夫です」

「それでカナヤも文句はないな?」


クラウンが聞く。カナヤは少し迷った。


「……異論はありません」

「では、決まりだ」


話についていけていない俺を置き去りにして――どうやら話はまとまったらしい。

クラウンが歩き始める。その後ろを、カナヤとカミシロが続く。

俺も慌てて追いかけた。

(……なんなんだ、この状況)

何がどうなっているのか、さっぱり分からない。姉ちゃんは怪物になって。俺は全裸で異世界に放り出されて。冒険者に襲われて。姉ちゃんが暴れて。海人さんが突然現れて。気がつけば国の中へ連れていかれようとしている。


……うん。

全然分からない。


でも一つだけ、分かることがあった。

俺は今まで、ずっと巻き込まれてばかりだった。何が起きているのかも分からない。この世界がどんな場所なのかも知らない。自分が何者なのかすら、まだ分からない。


それでも――


クラウンの後ろを歩きながら、俺はふと思った。

(……やっと始まるんだな)

俺は空を見上げる。雲の隙間から、わずかに光が差し込んでいた。

(異世界の物語が――)

ようやく。本当に始まった気がした。

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