消えた双子
研修が終わった後、俺は着替えを済ませ、ある部屋へと案内された。
そこは、ふかふかのソファに豪華なベッドまで備えられた、まるで貴族が住んでいるかのような部屋だった。
しかし、肝心の住人の姿が見当たらない。
部屋の中を見渡しても誰もいない。扉の外にも見張りらしき人間はいなかった。
(……留守か?)
まあ、双子にも何か用事があるのだろう。
(外出中なら仕方ない。帰ってくるまで待っておこう)
俺はソファに寝転がり、目を閉じた。
……それにしても、いい部屋だ。
♦
「……はっ! 今何時?」
どうやら眠ってしまっていたらしい。
懐から懐中時計を取り出す。時刻は十五時を回っていた。
ぎゅるるるるー。
腹の虫が鳴った。
(昼食は食堂に行けばいいんだったかな? いや、違った気もする……)
研修で何か説明されたような気はするが、正直あまり覚えていない。
「ま、いいか。食堂に行くか。」
俺はソファから起き上がり、食堂へ向かった。
♦
「食堂、閉まってた……」
俺は悲哀の声を上げた。
(しまった、寝すぎた! しくじった!)
あまりにも寝心地がよかったせいで、すっかり爆睡してしまった。
そういえば、食堂の利用時間は十五時までだとか言っていた気がする。
(そもそも、俺って目覚ましで起きたことがないんだよな。いつも姉ちゃんに起こしてもらっていたし……)
……振り返れば振り返るほど、姉依存だったような気がする。
いや、今は考えないでおこう。
「それにしても、誰もいないんだな。」
部屋に戻ってみても、やはり誰もいなかった。
まあ、不思議ではない。
こんな豪華な部屋に住んでいるお嬢様たちだ。どこかでお茶会でもしているのかもしれない。
(それならそれで、一言くらい伝えておいてほしいけどな。)
「何もしないってのも落ち着かないしな……。」
俺は懐から地図を取り出した。
広げてみると、施設全体の見取り図が記されていた。
(行くとしたら、図書室、資料室、訓練室、実験室……あとは運動場か。)
ただし、運動場は受刑者が使用する場所らしい。俺が勝手に使うわけにはいかないだろう。
(それ以外だと、面会室、処刑室、拷問室、検死室……)
……見なかったことにしておこう。
時にはダークでバイオレンスなものを見てみたい気もするが、今はそんな気分じゃない。
「……図書室だな。それ以外は特に用もないし。」
今のところ、興味があるのは図書室くらいだ。
誰にも何も伝えずに部屋を出るのは、後で怒られそうな気もする。
「…まあいっか。」
部屋には誰もいなかったのだ。俺に一言も伝えずに出かけた方にも責任はあるだろう。
……うん。きっと許してくれるっしょ。
俺はそう自分に言い聞かせ、責任を放棄した。
♦
「来たはいいけど……これはデカすぎるな。」
図書室の扉を開けた瞬間、目の前に広がる光景に思わず足を止めた。
二階分の高さまで伸びる本棚が、視界いっぱいに並んでいる。予想以上の規模だ。まさに壮観だった。
図書室には大勢の人がいて、思い思いに本を読んだり、調べ物をしたりしている。
その中には制帽姿の職員だけでなく、一般の人間もいた。
(角が生えている人や、耳が長い人……人間じゃない種族もたくさんいるな)
彼らの手には、受刑者に付けられているようなリングも見当たらない。
つまり、この国の一般市民ということだろう。改めて、ここが異世界なのだと思い知らされる。
同時に研修で聞いた話を思い出した。
(そうだ。ここは一般棟だった。)
この施設は、大きく三つの区域に分かれている。
地下二階から地上六階まであり、地下二階と地下一階が執行棟、一階から三階までが一般棟、四階から六階までが統制棟だ。
執行棟は受刑者の収容や刑の執行を行う場所。
一般棟には役所や図書室、面会室などが設けられている。
そして統制棟は、機関長室をはじめとした機密性の高い部屋が集まる区域だ。
ちなみに、俺の仕事場も統制棟にある。
……そういえば、双子に関する情報も機密扱いだったはずだ。
(ん? 機密……あ。)
俺はその場で固まった。
(……俺、部屋から出ちゃダメだって言われてなかったか?)
研修のとき、確かそんな話を聞いた気がする。
……今、俺がいるのは一般棟だ。つまり、機密扱いの双子を任された俺が、勝手に部屋を抜け出しているということになる。
(…………)
背中に冷たいものが走った。次の瞬間、滝のような汗が流れ始める。
(……もう遅い。堂々としておけばいいや。)
こういうときは、何事もなかったかのように振る舞うのが一番だ。見つからなければ問題ない。
……そう、見つからなければ。
「アンレイル。読書か。」
そう。見つからなければ――。
……あ。
俺に話しかけてきた人物を見た瞬間、汗が止まらなくなった。
なぜなら、目の前にいたのは――。
「カ、カミシロさん……。」
今、最も会いたくなかった人物だった。
「ん? どうした?」
「い、いえ。その……」
何と言い訳しようか考えていると、
ぎゅるるるるー。
「…………」
こんなときに限って、腹の虫が鳴った。
(おい!いい加減にしてくれ!これ以上、余計な問題を増やさないでくれ!)
「す、すみません。」
「何故謝る? 生理現象だろう。」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は観念して、部屋を勝手に出てきたことを正直に話した。
ところが、カミシロから返ってきたのは意外な言葉だった。
「そんなこと、私は指示していないぞ。」
「……へ?」
「部屋から出るなとは言っていない。」
「でも研修で……」
「研修?そんなものを行うよう頼んだ覚えはないが?」
「…………え?」
おっと?これはどういうことだ?俺の記憶違い……というわけでもなさそうだ。
カミシロの表情は冗談を言っているようには見えなかった。
「ここでは話しづらい。私の部屋に来い」
「あ……はい」
♦
「なるほど。そういうことか。しかし、顔は思い出せないか。」
「すみません。」
カミシロの部屋に移動した俺は、これまでの経緯を包み隠さず話した。
研修で聞いた内容。案内された部屋の様子。そして、今日ここへ来るまでにあったこと。
ただ、研修を担当していた人物の顔だけは、どうしても思い出せなかった。
「お前のことは、統制機関の職員全員に通達してある。だが部屋の状況といい、研修の内容といい……私が把握している情報とは食い違いが多すぎる。」
カミシロは腕を組み、険しい表情を浮かべた。
「彼女たちは、誘拐された可能性がある。」
「……誘拐?」
その言葉を聞いて、ようやく事態の異常さを理解した。
「アンレイル。」
「は、はい。」
「お前には、彼女たちの捜索をしてもらう。」
「……え?」
いや、ちょっと待ってくれ。
そんな重大なことを、そんなにあっさり言われても困るんだけど。
迷子の猫を探してくれ、くらいのノリで言われても……。
「いいか。この件は誰にも話すな。私からの指示があるまで、他言無用だ」
「へい。」
断れないから仕方ない。しかし何やら大変なことになってきた。でも何とかなるだろう。
俺はまだ、この事態の重大さを十分に理解していなかった。
追記
活動報告に裏設定・小ネタなどを今後記載していくので、そちらも良かったら見てください!




