地中からの脱出
見渡す限り、同じ景色だった。
暗い。それに土臭い。
「……っていうか、土だな。これ」
どうやら俺は、土の中にいるらしい。
「痛え……。」
そんなことより、めちゃくちゃ痛い。激痛だ。
身体を動かそうとしても、びくともしない。身動きが取れないから、痛む場所をさすることすらできない。
(現状、土に埋まってるってことだろ?)
(……ここから、どうやって出ればいいんだ?)
考えろ、俺。
こういうときこそ冷静に――
① 誰かに出してもらうまで待つ。
……化石になるわ!
そもそも、誰かが見つけてくれる保証がない。
② 自力で掘る。
……このカッタイ地面を!?
無理だろ!セミじゃないんだぞ、俺は!
③ この世は理不尽である。
……そうだ。生きていることに感謝しよう。
死んだと思ったのに生き返ったんだ。それだけで奇跡じゃないか。
……って。
「違ぁぁぁぁぁう!!」
俺は心の中で叫んだ。
生き返ったんだぞ!?これから第二の人生が始まるところだったんだぞ!?
なのに――
「もうゲームオーバーなんて、どんなクソゲーだよ!!」
俺はクソゲーの世界に転生したのか!?
「……ま、意味ないな」
叫んだら、冷静になった。
「何してんだろ、俺……」
とどのつまり。俺は詰んでいる。
そのときだった。
(溶鉱鎧を起動しますか?)
「……ん?」
頭の中に、無機質な声が響いた。
(メルトアーマー……?)
名前から察するに鉱物を溶かす鎧だ。
「……素晴らしい!」
そう思った瞬間だった。身体中から、白い蒸気が噴き出した。
「うおっ!?」
ジュウウウウウ……!!
周囲の土が、まるで溶岩のようにドロドロと溶けていく。
頭上から落ちてくる土も、触れたそばから溶けていく。
「すげぇ……」
どんどん空間が広がっていく。
俺の身体を圧迫していた土がなくなり、上を見上げられるほどの空間ができた。
顔を上げる。
そこには大きな穴が、ぽっかりと開いていた。
「ははーん……」
思わず笑ってしまう。
「すげーや、これ。」
まさか答えが②だったとは。
……いや。
「②だったのか?」
掘るというよりは溶かしてるだけだけど。
「外から見たら、俺どうなってたんだろ……」
地面から突然、蒸気を噴き出しながら這い出してくる男。想像すると、かなり怖い。
それにしても。
(あの声……なんだったんだ?)
さっきから頭の中に響く、無機質な声。機械みたいだった。
そのとき。
(私は代理人。マスターを補助するためだけに生み出された存在です)
「……!?」
返事が来た。
(そうなんだ。……どういうことができるの?)
(マスターの記憶補助。術式の演算。日常生活の補助。その他、ありとあらゆる補助が可能です。)
(マジ?)
それ、めちゃくちゃ便利じゃん。
「最高やん。」
(では、今後もよろしく)
(了。)
なんかすごい存在なのは分かった。
となれば――今の状況の解決も、楽々なのでは?
広い空間には出られた。だが地上はまだまだ遠い。
俺が溶かしたのは、あくまで縦穴だけ。周囲は土の層に覆われている。
試しに壁へ手を触れる。
ぽろっ。ぽろぽろ。
「……脆いな。」
簡単に崩れていく。これでは、普通に登ろうとしたら壁ごと崩れてしまう。
「上るには……ひと工夫いるな」
そこで俺は、頭の中の存在に話しかけた。
(オルタナティブ。今の現状を解決してみて)
(……。)
「……。」
(……。)
「……無視!?」
返事がない。しばらくして――
(手段を提示してください)
「ああ、そういうことね。」
どうやらあくまで補助役。自分から答えを出してくれるわけではないらしい。
「……となると、どうやって上るかだな」
さっきみたいに土を溶かす。
↓
壁が崩れる。
↓
俺も一緒に滑り落ちる。
……却下だ。
「土の中に爪を引っかけて登る……とか?」
それなら、ピッケルみたいに先端が長くて尖っていれば、安定して登れそうだ。
「問題は俺の体力が持つかどうかだけど。」
そこで。
(手顎化を使用しますか?)
「……!」
来た。これを待っていた!
「もちろん!」
俺が答えた瞬間。両腕に異変が起きた。
「おおっ!?」
手の形が変形していく。指が変わり。骨格が変わり。
やがて両手が巨大な鎌のような形へと変化した。
「……これって。」
よく見る。
あの形。あの時俺と姉ちゃんを掴んだ巨大なムカデ。その顎だった。
「マジかよ……」
とりあえず、右手を土へ突き立てる。
ズボッ!
腕の先端が、土の奥深くまで突き刺さる。
「……入った。」
ぐっと体重をかける。しっかり固定されている。
(これなら……上まで行けそうだ。)
続いて左手。
ズボッ!
こちらも問題なし。
「よし!」
右。
ズボッ!
左。
ズボッ!
右。
ズボッ!
左。
ズボッ!
リズムを刻むように、右、左、右、左。
土へ突き刺して。身体を引き上げて。抜いて。また突き刺す。
「……よっ!」
ズボッ!
「……はっ!」
ズボッ!
「……もうちょい!」
ズボッ!
「……やった。」
頭上に光が見えた。最後の一手を突き刺し。身体を引き上げる。
「……やっと。」
腕を地面にかける。
「やっと地上にたどり着いたぁぁぁ!!」
ドサッ。
俺は地面へ転がり出た。
「…………。」
眩しい。太陽の光が、目に刺さる。
「……うわ。」
思わず目を細める。そして腕を見る。
いつの間にか、鎌のようになっていた両手は元の人間の手に戻っていた。
「元に戻ってる……。」
俺は後ろを振り返る。
そこにはぽっかりと開いた巨大な穴。その先は真っ暗闇。
「……我ながら、よく登ってきたな。」
自分で自分を褒めたい。
というか、よく途中で心が折れなかったな俺。
穴から離れ、周囲を見渡す。
目の前には、地面が層のように積み重なっている。
「……これ、地面か?」
よく見ると、俺が出てきた場所を中心に、大きな窪みができていた。
「クレーターになってる……?」
しかも、そのクレーターはスロープのような斜面になっている。
これなら、普通に歩いて上まで行けそうだ。
「ラッキー」
俺は斜面を登り、クレーターの外へ出た。
「……。」
目の前に広がっていたのは一面の平原だった。
「…………。」
広い。とにかく広い。俺の知っている世界とは、明らかに違う。
だが――そんな感想を抱く暇もなかった。
「!!!!!!」
遠くから、騒々しい声が聞こえてきた。
「こいつ反撃しないぜ!」
「どう見ても、ここのエリアの奴とは違う!」
「レアな装備になるかもしれねえぞ!」
「……?」
俺には目的地なんてない。だったら、近づいてみよう。
声のする方へ歩いていく。
やがて数人の男女が、何かを取り囲んでいるのが見えた。
「やめて……。」
「え?」
「やめてよ……。」
その声を聞いた瞬間。俺の足が止まった。
囲まれているのは巨大な鯨だった。
大きさは五、六メートルほど。陸上にいること自体がおかしい。
しかもその鯨は足りない小さな前ひれを必死に動かし、自分の頭を覆おうとしていた。
「やめて……。」
そして、喋っている。
「……喋ってなかった?」
そんなことより、俺の頭の中では別のことが引っかかっていた。
「あの声……」
聞き間違えるはずがない。忘れるはずがない。何度だって聞いてきた声。小さい頃からずっと聞いてきた。
「……姉ちゃん?」
間違いない。あれは彩花姉ちゃんの声だ。
(そうか。)
俺は自分の身体を見る。ムカデから人間になった。
腕はムカデの顎になった。土を溶かす力まで使える。
今までの常識なんて、もう何の役にも立たない。
だったら。姉ちゃんが鯨になったって何も不思議じゃない。
「……姉ちゃん」
その瞬間、頭で考えるより先に身体が動いていた。
「姉ちゃんを――」
俺は地面を蹴った。
「いじめるなぁぁぁぁぁ!!」
一直線に、目の前の男へ突っ込む。
「うおおおおお!!」
全力のドロップキックを。
「――くらえぇぇぇぇぇ!!」
叩き込んだ。




