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嘘つきの切り札  作者:


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第三話 最初の死者

死は結果だ。


問題は、その前に何があったかである。

 雨が降っていた。


 現場は都内のマンション。


 八階。


 高橋義人、三十八歳。


 死亡。


 神崎と黒崎は規制線の前に立っていた。


「警察が部外者を入れていいんですか」


 神崎が聞く。


「本当は駄目です」


 黒崎が答える。


「でも上が許可しました」


「期待されてるんですね」


「違います」


 即答だった。


「藁にもすがってるだけです」


 神崎は笑った。


 エレベーターに乗る。


 八階。


 降りる。


 部屋の前には鑑識がいた。


 中へ入る。


 静かだった。


 死亡現場というのは独特だ。


 人がいる。


 音もある。


 だが静かだ。


 生者が死者に遠慮している。


 そんな空気がある。


「こちらです」


 黒崎が案内する。


 リビング。


 男が倒れていた。


 すでにブルーシートが掛けられている。


「状況は?」


「飛び降り」


「自殺ですか」


「今のところは」


 神崎は部屋を見回した。


 綺麗だった。


 綺麗すぎる。


「家族は?」


「独身」


「借金は」


「なし」


「病歴」


「特になし」


「遺書」


「あります」


 黒崎が紙を渡す。


 神崎は読む。


『自分の責任です』


『誰も悪くありません』


『天城さんも悪くありません』


 そこで手が止まった。


「なるほど」


「何か?」


 神崎は遺書を返した。


「おかしいですね」


「どこが」


「最後の一文」


 黒崎は首を傾げる。


「天城さんも悪くありません?」


「ええ」


「変ですか?」


「普通の人間は」


 神崎は言った。


「自殺する直前に特定の人間を庇わない」


 黒崎が黙る。


「確かに」


「しかも名前付きだ」


 神崎は窓へ向かう。


 開いている。


 雨が吹き込んでいた。


「飛び降りたのはここから?」


「そうです」


「ふむ」


 神崎は床を見る。


 そして。


 しゃがみ込んだ。


「黒崎さん」


「何です」


「被害者は右利き?」


「そう聞いてます」


「そうですか」


 神崎は立ち上がる。


「なら変ですね」


「何がです?」


「遺書」


 黒崎の表情が変わる。


「右利きの人間が書いた文字じゃない」


 部屋の空気が凍った。


「待ってください」


「筆跡鑑定は?」


「まだです」


「なら急いだ方がいい」


 神崎は遺書を見る。


 違和感。


 ほんの小さな違和感。


 だが確かにあった。


「これは自殺じゃないかもしれません」


 その瞬間だった。


 一人の刑事が走ってきた。


「黒崎さん!」


「どうした!」


「被害者の携帯です!」


 刑事が叫ぶ。


「昨夜の通話履歴が出ました!」


「相手は?」


 刑事の顔色は悪かった。


 そして。


 震える声で言う。


「最後に話した相手」


 数秒の沈黙。


「天城誠です」


 神崎は笑った。


 初めてだった。


 死体を前にして。


 笑ったのは。


「面白い」


「何がです」


 黒崎が睨む。


 神崎は窓の外を見る。


 降り続く雨。


 灰色の空。


 そして静かに言った。


「やっと事件らしくなってきた」


 だが。


 神崎はまだ知らない。


 この死が。


 事件の始まりですらないことを。

死者は嘘をつかない。


だが、真実を語るとも限らない。


次回、「天城誠」。

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