「さて、ショータイムと行こうか!」
「こんなサプライズ、全然嬉しくないわよ!」
蒸気機関車の蒸気が抜ける音が響くホームで女性の甲高い声が響き渡る。
乗務員や乗客、出迎える人々でごった返すホームで、その声が響いた瞬間水を打ったように静かになった。
なんだなんだと様子を伺う人。状況を把握して立ち去る人。様々反応がある中、大声を出した女性は20代を半ば過ぎた辺りの年齢に見える。
ブロンドの美しい髪を肩の位置で切りそろえ、上流階級が羽織っているような質の良いコートを着込んでいる。
小刻みに女性の体が震え、時折鼻をすすり、しゃっくりする音が聞こえるから泣いているのだろう。
彼女の目の前には軍服を着た利発そうな青年が跪き驚きに目を丸くして赤い薔薇の花束を女性に差し出している。
いまこの機関車のホームにいるのは、大きな戦争から帰ってきた退役軍人や、その家族である。
戦争は争いあっていた二国の間で和平条約が結ばれ、ひとまずの終戦を迎えた。
女性…エマは戦からボロボロで帰ってきた恋人・ノアから正式にプロポーズを受けた。
終戦の知らせを聞き、エマは蒸気機関車で戦場から帰ってくる多くの兵の中からノアの姿を見つけて、泣き出しそうになるのをずっと堪えていた。
プロのマジシャンとしてサーカスで生計を立てていたノアは、エマに何も言わずに戦地へ向かった。
貴族の娘で教養があるエマと、地位も教養もないマジシャンのノア。
ノアはそんな自分に引け目を感じていた。
どんなにエマが地位も教養も関係ない、ノアだから好きなのだと言っても信じられなかった。
だから、どうしても彼女の隣にたつための、自分なりの勲章が欲しかった。
いずれ戦争で自分にも兵の招集がくる、終戦して生きて帰って来れたなら…自分はエマの隣に並べるほど、強くなれるのではないかと。
そうして、ノアは死の恐怖を抱えて、エマに戦場へ旅立つのを知らせるのを忘れ、戦地に行った。
ノアが戦地に向かったとエマが知ったのは彼が旅立った翌日のことだった。
「何も知らせず、不安にさせてごめんね。エマ、僕と結婚してくれますか?」
赤い12本の薔薇の花束をエマに差し出すノアに向かって、エマは泣きながら怒り、彼の頬をビンタした。
これが彼女が大声をあげた顛末である。跪く彼の襟首を掴んで無理やり立たせ、エマは涙を溜めた真っ赤な目で睨みつける。
「勝手に戦場に行って連絡もよこさない!見送りしたかった私の気持ち考えてないでしょ!あなたが戦場に行ったって聞いた時、もう会えないかもしれないって思った時、私がどんな気持ちになるか想像して行動しなさいよ!この大馬鹿者!!」
泣きながらまくし立ててぜーはーと息を整えるエマ。
「人生にサプライズは付き物ってよく言ってたけど!こんなサプライズ、素直に喜べない!!あなたが帰ってきて、プロポーズしてくれて嬉しい!でも、何も言わずにどっか行ったあなたを許せなくて怒ってる!このぐちゃぐちゃなわたしの感情、どうにかしなさいよ!!」
全て早口で言いたいことを言い終わると襟首から手を離してエマは顔を覆って泣き始めた。
今まで貯めていた感情を一気に放出して、涙が溢れたのだ。
ノアはエマのむき出しの言葉を聞いていかに自分の行動が愛する彼女を傷つけたのかをようやく知った。
「ごめん…エマ。ごめんね、考え無しで…無鉄砲で……本当にごめん……」
それしか言えず、ノアは花束を潰さないように彼女を抱きしめる。
泣き止まない彼女。
困ったように逡巡して、ノアは花束から一本だけ薔薇を抜き取りエマをそっと離す。
「エマ、君の涙を止めるショーをするよ」
場違いな言葉にエマは不思議そうにノアを見る。
彼は一本の薔薇の花束を指先で弄び、それを赤いチーフへと早変わりさせる。
エマも周りの人々も驚きに声をあげる中、ノアの手の上で赤いチーフの下から、リングケースに収められた宝石も何も付いていないシルバーのリングが現れる。
「ごめんね、帰ってきてすぐだったからこれくらいしか用意できなかった。…エマ、もう一度言うよ。…僕と結婚してくれますか?」
ビンタで片頬だけ赤くして、柔らかい笑顔で跪く彼。手元にはシンプルなリング。
答えなんてとうに分かっているのに、腹立たしいと唇をかみしめて、エマはぐしゃぐしゃに泣きながら彼に抱きついた。
「結婚するわよ!この馬鹿!!」
嬉しさや腹立たしさや複雑な感情を乗せて、エマは恋人にキスをする。
周りからはそんな二人を祝福するように幾重にも拍手の波がおこった。




