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私は黒竜との闘いの日から一ヶ月程寝ていたらしい。
でも怪我はまだ癒えていなくて、治療の片手間で歩くリハビリを頑張った。
きたる戴冠式に出席する為に。
ユベールの、婚約者として。
◇◇◇
目を覚ましてから三日経った頃。
「ヴィヴィアンヌ様」
「……また来たの?」
せっかく彼が来てくれたのに、嫌な声が出てしまう。だがしょうがないだろう。
彼が手に持っている魔力を回復する薬がとてつもなく苦いのだ。
「民に元気な姿を見せると決めたのでしょう?」
そこを突かれると痛い。
私は、自分が目を覚ましたという新聞を出してもらう時に、皆に顔を見せるのは戴冠式の日とも書いてもらった。
こうしなければ、まだ冬で寒いのに皆が王宮の前にもっと集まってしまうと思ったからだ。
予想は的中し、皆戴冠式の日を心待ちにするように最近は王宮周りが静かだ。
門番もようやく有給がもらえたらしい。
私はため息を一つつくと、鼻をつまんで薬を飲んだ。この世のモノとは思えない苦さが口いっぱいに広がる。
「に、苦い……」
「ヴィヴィアンヌ様、ミルクの入った紅茶をどうぞ」
見計らったように、イネス先輩が紅茶をくれた。最近彼女とブリジット先輩とコラリー先輩とカロリーナ先輩は私の専属侍女として働いてくれている。
それは嬉しいが、皆「もうあんな気安くは呼べない」と『様付け』と『敬語』に戻ってしまったのは少し淋しい。
イネス先輩が出ていくと、部屋に彼と二人きりになった。
「うう、苦い」
「あともう少しですから、頑張ってください」
「……ねえ、いつまで敬語なの?」
「へ?」
ふと問いかければ、彼は目を見開いた。
「私はもう、王女じゃないわ」
「あ、それもそう、ですね。これからは、そうするよ」
彼の敬語を抜いた言葉遣いに、心がキュンとしてしまった。チョロい自分に情けなくなる。
紅茶を飲みながら頬を赤らめていると、彼からも不満そうな声が上がった。
「ヴィヴィアンヌの方こそ、いつになったら俺を名前で呼んでくれるんだ?」
「んんっ……!」
紅茶を変に飲み込んでしまう。言われた言葉もそうだが、呼び捨てというのが破壊力が高かった。
「名前、名前ね?」
「ああ、呼んでほしいのに」
胸がトキメキながらも、私の頭は冷静で、彼の名前を考える。
どっちを呼ぶのが正解なのか、ずっと分からなかったのだ。
「……ずっと、王女の私にとって貴方は『リュカ』だった。王女として処刑されるのだから、私は『ユベール』と呼ぶ権利はないって、ずっと思ってきたの。
だけど、もう私は王女ではないから、『ユベール』と呼んでも許されるのかな?」
「もちろんだよ」
彼の答えに嬉しくなって何度も「ユベール」と呼ぶと、ユベールも「なに、ヴィヴィアンヌ」と答えてくれた。
その問答が何回か繰り返された末に、私は自分でも気づかない間にとんでもないことを口走ってしまった。
「私が、もう王女じゃないなら、貴方に想いを伝えても、許される?」
「……え?」
「好き。ずっと前から好き、ユベール」
彼の頬が赤く染まる。
そして、絞り出すような声で私に想いを告げてくれた。
「俺も、ずっと前からひたむきに頑張る貴方を愛していた」
そう言って、唇にキスを落とされた。
ゆっくり顔を離された後、恥ずかしいのか顔を隠すように彼は私を抱きしめる。
ふにゃりと顔が緩んだ。
「えへへ、やりたかったこと、全部叶っちゃったぁ」
――もう、私たちは昔の呼び名では生きていけない。だけどその呼び名は確かにあったから。
その時の幸せな気持ちを胸に抱きながら、新しい呼び名で呼び合うのだ。
さようなら。ありがとう。
『ねえ、リュカ』
『なんでしょうか、王女様』




