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 やってきた戴冠式の日。


 私はようやく人の支えなしで歩けるようになったが、まだ本調子じゃないからと装飾品の少ない、だけど一目で上等な品だと分かるドレスを身にまといユベールが王冠を頭に載せられているのを見る。


 ユベールは、この時をもってこの国の王となった。


◇◇◇


 戴冠式の後は、パレードの時間だ。

 屋根のない馬車のような物にユベールと共に乗り、民に手を振る。

 今日は青空が澄み切っていて、とても良い日だ。


 私たちが婚約を結んだことは、新聞と、あと冬の間に作らせたあの大きな劇場で『恋物語』として公演することによって、瞬く間に広がった。

 劇場は大きいのに、連日大賑わいをしているらしい。




 ――私は、馬車に揺られ皆に手を振りながら、民の顔をじっくりと見る。

 皆、笑ってる。私たちを祝福している。

 私が生きていることを喜んでいる。


 それが、とてつもなく嬉しかった。


 左側に手を振っていると、右側から「ヴィヴィアンヌ様ー!」と声をかけられる。

 右側に体を向けた。


 そして、人を押しのけ前に出る人を見つけた。

 男は、険しい顔をしたまま私たちのゆく道を塞ぐように躍り出る。


 彼は、私を忌々しそうに睨みつけた。


「おい、お前! 俺は、お前を許さないからな!」


 騎士がすぐに彼を拘束しようと動こうとしたが、私はそれを手で制した。


「お前のせいで、クロエは死んだ! お前たち王族が、奴隷制度を取り締まらなかったからだ!」


 彼の言葉にキュウ、と痛む心臓を押さえつけ、馬車から降りようとする。ユベールが手を貸してくれ、二人で馬車から降りた。


 周りを見渡せば、皆彼に同情めいた視線を送っていて、『嫌悪』の感情は向けていないことにホッとする。


 彼は、まだ叫び続ける。


「クロエのお腹の中には、子も宿っていたのに!」


 呼吸が、止まった。

 彼が言っている人物と、流産して自殺した彼女と重なった。


 私は彼に近づき問いかける。


「クロエさんは、緑髪でしたか?」

「……ああそうだ。だがそれがなんだってんだ」

「では、頬にホクロがありましたか?」

「あったさ。だから、それがなんなんだ!」


「では、最後に。貴方のお名前は『ルネ』ですか?」

「……いや、違う」


 私の変わらない態度に毒気が抜かれたのか、力なく首を横に振るう彼に、私はこっそりワンピースの裾に縫い付けておいたポケットから、一枚の紙を取り出した。


「――では『ルネ』とは、生まれてくる赤ちゃんにつける名だったんですね」

「……まさか、それってっ」


 彼に見せたのは、『ルネ』と走り書きされた紙。彼女が飛び降りる前に、残した紙。

 ずっと箱の中に入れてしまっておいたが、今日は大事な日だからお守り代わりにこっそり持ってきていたのだ。


 私から紙を受け取った彼が、目に涙を溜めながら紙を見つめる。


「ああ、クロエの字だ。……そうだ、どの名前にしようかって二人で悩んでたんだ。そうか、『ルネ』にしたのか……」


 男女共用の名前なのは、性別が決まる前に流産してしまったからなのだろう。

 私は泣き崩れる彼に、カーテシーをした。


「貴方の大切な奥様を守れず、本当に申し訳ありませんでした」


 ユベールも、隣で頭を下げる。


 周りの民も口を閉じ静かな間が流れる中で、「顔を上げてください」と彼が言った。


「本当は分かってたんです。ヴィヴィアンヌ様も、俺らと同じ被害者だってこと。

 だけどこの怒りを、どうすることも出来なかったんです」


 当たり前だ。隣国の法によって奴隷制度が廃止になり奴隷が解放されるまで、彼はきっと待ち続けたのだろう。

 彼女が帰ってくるのを。


 それなのに、彼女は帰ってこなかった。その怒りは正当なモノで、私が受け止めなければならない。


「本当に、申し訳ありませんでした」

「いや、本当にもう良いんです。

 ……だけど、もし俺の願いを聞いてくれるなら、覚えていてください。俺の大切な人は、確かに死んだのだと、覚えていてください。一生忘れないでくれ!」

 

 涙が出そうになって、グッと押し留めた。


「当たり前です……! 一生忘れません。絶対に、絶対に私たち王家がした罪を忘れません。貴方たちに、人生をもって償い続けます!」


 そこまで言い切れば、ようやく彼は安心したように笑った。

 そこで「お父さん!」という叫び声と一緒に、二人の十五歳程の男女が来た。おそらく双子なのだろう。


「父が、すみませんでした!」


 私は、謝罪をする彼らに微笑みかけ、紙を持ったまま父を連れて行くよう言った。

 『ルネ』と書かれた紙を持っていっていいのか迷っているであろう彼に微笑みかける。


「その紙は、貴方たちの物です」


 彼は涙を流しながら何度もお礼を言い、子供たちと一緒に人混みにまぎれて帰っていった。


 どうか、彼らの人生に幸福が多くあることを願う。



 ――私は、改めて思った。


 私の罪を、彼らが忘れても私だけは忘れてはいけないと。あの厳しい冬の日を、決して忘れてはいけないと。


 暖かい春の日差しが、雪を溶かす。もう雪は水に代わり、パレードの最中見回しても見当たらなかった。

 だけど確かに、雪はあった。


 愚行を二度と犯さない為にも、肝に銘じなければならない。私の行動一つで、沢山の人を死なせる可能性があるのを。


 また皆で春を迎える為に。一人でも多く、冬を乗り越えられるように。

 私は決して、貴方たちを忘れない。


『悪逆な王女』は解けて死んだ。

冬が終わり訪れた春には、強い意思を宿したヴィヴィアンヌ様がいる。

自分の決断によって大切な人を失うことを痛いほど知っている貴女が、優しい春の風が吹く青空の下凛々しく立っている。


 ヴィヴィアンヌ様が愛した民たちだけではなく、貴女にも多くの幸せがありますように。


 誰よりも大切なお嬢様の幸せを、私は祈り続けております。



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― 新着の感想 ―
[一言] 完結、お疲れ様でした。 とても胸に残るお話で、何度も読み返したいと思います。 石に名前を刻むエピソード、黒竜と対峙するエピソード、そして最後のエピソードがとても好きです。 例えそれが贖罪だか…
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