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――もうよく目は見えない。だけど、感覚として黒竜がもう大分小さくなっているのは分かる。
最後まで、諦めない。手を緩めない。
もう歌ってるのか、叫んでいるのかすら分らないけど。
それでも魔法を打つけ続ければ、黒竜が溶けるように浄化されていき、本当に後ほんの少しなのが分かる。
もう少し、もう少し。
だけど運命は残酷で、私の魔法が尽きてしまった。
気づけば、エメの手も冷たい。
このままでは、黒竜がまた復活してしまう。あと、もう少しなのに。
誰か、誰か!
願うように、手をがむしゃらに動かした。
そしてその手を、誰かが握った。
◇◇◇
「俺はヴィヴィアンヌ様の手を握る! 筆頭魔法使いの貴方は、そのメイドを。そっちのメイドの方が損傷が激しい!」
「分かりました!」
「ありがとう、転移魔術で来てくれて」
「当たり前です」
「……ヴィヴィアンヌ様、貴女が俺に魔力をくれたように、俺も」
――……声が、聞こえる。温かい魔法が、脳にじんわりと流れ込んでくる。
まだ、歌える。
私はもう一度歌い出した。魔力が伝わってきて、またすぐに空になる。そこにまた魔力が流れ込んでくる。
その繰り返し。
でも、あとほんのちょっとだ。黒竜はもう消える。
「アアアアアアッ!」
竜の断末魔か。私の叫び声か。
最後にそんな声が耳に届いて、黒竜は消えた。それと同時に、私もどしゃりと倒れる。
誰かが私を呼んでいる気がした。どこからか何人もの人が喜んでいるような声が聞こえた。だけどもう、体がちっとも動かないしなにも見えない。
右手から、冷たい温度が伝わるだけ。
ああ、私は、やりきれたかな。
守りきれた、かな。
そうだったら、いいな――
◇◇◇
「ユベール様、薬を持ってきました!」
「早くしろ。そうしないと、二人とも死んでしまう!」
悲痛な声が、鐘塔の最上階で響く。
「メイドの方が重症で、息をしていませんっ」
「体をくっつけて、魔力を流すんだ!」
筆頭魔法使いと、ユベールは、負傷し血塗れの二人を優しく抱きしめる。少しでも魔力が伝わるように、体を隙間なくくっつける。
その最中、宰相が持って来た粉末状の魔力を回復する薬を二人の口にねじ込んだ。
ヴィヴィアンヌの方は苦さ故かゲホゲホとむせ無意識ながら吐き出そうとし、エメは抵抗すらせず飲み込もうともしない。
そうしていれば、医者や魔法使いが来た。
傷の手当てをし魔力を注ぎ薬を飲ませる。
手を尽くし続ける。だけど二人は息も絶え絶えで、皆は『死にませんように』と藁にも縋る思いで祈る。
祈る祈る祈る――
そして、祈っているのはカサハインの民たちもだった。
遠くの空から黒竜が現れたかと思ったら、それと同じくらいのタイミングで歌が聞こえてきた。
なぜ歌を? と疑問に思いながら窓から見れば、黒竜が歌声に呼応するように溶けて消えようとしている。
すぐに、歌によって黒竜が消えようとしているのだと気づいた。
カサハインの民は、そして隣国の民も自分たちにできることはないかと大慌てで外に出る。
地面を、沢山の人が埋め尽くす。
そして、誰かが声を「あっ」と上げて見つけたのだ。鐘塔で歌う少女と、その手を繋ぐメイドを。
歌う少女は、遠目でも分かるほどに眩く煌めく金髪だった。
この国で金髪を持つのは、王族だけだった。
王族の生き残りは、ヴィヴィアンヌだけだった。
カサハインの民たちは困惑した。
なぜ、『悪逆な王女』が黒竜を倒す為闘っているのだろうと。なぜ、そんなに体中真っ赤になるまで血を流しているのかと。
なぜ、血を流しながらも歌うことをやめないのだろうと。
なぜ、なぜ、なぜ。
疑問は尽きない。
――でも気づけば、叫んでいた。
「頑張れ!」
「負けないで!」
「あともう少し、そんなのに負けないで!」
自分たちの為に命をかける少女を、『悪逆な王女』だからといえど無視するなんて、ヴィヴィアンヌが愛したカサハインの民たちには無理だった。
彼女を応援する声は、段々大きくなっていく。鐘塔の下に多くの民が集まり、皆一様に少女たちを応援する。
そして、黒竜が溶けて消えた時、歓声だけが青い空を埋め尽くした。
今日は、不自然に雪がやんだ、青い空が綺麗な日だった。




