20
私は、扉の前に立ち塞がっている彼女の名をポツリと呟いた。
「エメ……どうして」
今まで、ずっと側にいてくれた貴女。
「私の魔法は『風』。だから今日、貴女様が何かを準備しているのを察知し来たのです」
コートを着たエメは、私に手を差し出す。
「行きましょう、お嬢様」
「ありがとう、エメ!」
◇◇◇
コツコツと音を響かせながら、私たちは鐘塔の階段を登る。
息を弾ませながら無我夢中になって登れば、ようやく一番上についた。
ヒュオォ――という風に足がすくむ。だが、ここで立ち止まる訳にはいかないと己を奮い立たせながら鐘の隣に立った。
私と手を繋ぎながら階段を登ったエメが、ふいに顔色を変え叫ぶ。
「お嬢様、黒竜がいます!」
鐘塔に行く間に事情を話しておいたから、エメは容易く黒竜を見つけてくれた。
黒竜は最初は黒い粒のようだったのに、段々鮮明になっていく。
このままでは国は文献通り焼け野原になるだろう。
どうやって、『浄化』の魔法を打つけようか考える。
魔法というものは、対象に触れないと効力を発揮できないのだ。魔力の受け渡しが触れ合わないと行えないように。
だが、黒竜に触れることは困難を極めるだろう。運良く黒竜に触れられる機会が訪れたとしても、その間にどれ程の被害が出ている事か。
私は悩んだ末に―― 一つの可能性を思いついた。
「私の声を打つければ、もしかしたらどうにか出来る?」
「……! そうですよお嬢様。声にも魔力は宿ります。お嬢様の声を打つければ、黒竜を倒せる筈です」
エメも私の案に頷いてくれ、ホッとしながら私は歌おうとした。
だが、そこで思い留まる。
「……待って、私の声じゃ、全然黒竜に届かない」
大声を出したとしても、黒竜の元には届かないだろう。しかも声は飛散する。私の魔力じゃ、全然足りない。
なにか、なにか声を大きく出来るもの、と辺りを見渡すがここには鐘しかない。
焦りが募る。だがその間にも黒竜は近づいてくる。
計画の思わぬ大穴に唇を噛みしめると、エメが私の手を強く握り返した。
「お嬢様、私は『風』の魔法を使えます」
「……あっ」
「私の魔法で、お嬢様の声が黒竜に届くようにします。風は、音を運べるので」
エメの力強い笑みに安心すると共に、私はある事実に気がつき息を呑んだ。
「エメ、それをすれば、きっと貴女の命は……」
広い範囲の風を操るだなんて、どれ程の魔力を使うことか。この作戦が上手くいったとして、エメが生きている可能性は低い。
泣きそうに顔を歪める私に、エメが「ふふっ」とこの場に似つかわしくない笑い声を上げた。
「魔法を行使すれば命が危ういのは、お嬢様もでしょう」
「それはっ、そうだけど」
「お嬢様、私言いましたでしょう? 『どうか、私をどこまでも連れて行ってください』と」
「……っ、エメ!」
私の右手を繋いだまま、彼女は私を抱きしめた。
「貴女の行く末に、どうかエメを」
私も、抱きしめ返した。
「ありがとう、エメ。大好きよ」
「もったいなきお言葉です、ヴィヴィアンヌ様」
それから暫く抱きしめ合っていたが、黒竜の鳴き声が聞こえ慌てて体を離す。
だけど手は繋いだまま、私たちはお互いに魔法を展開した。
――エメの魔法が、空気中に広がるのが分かる。それを見届けてから私は口を開いた。
歌い出したのは、死を悼む歌。十五歳の頃から、一番歌ったと言っても過言ではない歌。
朗々と、丁寧に魔法を歌に編み込み、黒竜に打つける。
そうすれば黒竜は苦しみ出した。さっきよりも体が小さくなったような気がする。
そのまま、何時間も経ったような、一瞬だったような時間が流れる。
「――ゴボッ」
歌が途中で途切れてしまった。情けない、と私は自分を叱咤しまた歌いだす。
吐血することなんて、最初から分かっていたでしょうにと。
血の味がする。喉が割ける痛みが分かる。目から血を流しているのを感じる。鼻血がボタボタと垂れる。
そしてそれはエメも。
だけど、止めない。歌うことを、私たちは止めない。
血管が膨張し、弾けている気がする。今まで感じたことのない痛みが体中を走り抜ける。
自分が今、なにを歌っているのかさえ分かんなくなる。平衡感覚がなくなり、自分が今立っているのか倒れているのかすら。
だけど確かに右手に伝わる温かい熱だけは分かって。
私はもう一度喉に力を込めた。




