19
石を買った三日後。目を覚ましてカーテンを開けると、昨日の夜とは打って変わって雪がやんでいる。
不自然な程に。
予知と同じ状況に、今日黒竜が来るのだと直感した。
慌てて飛び起きた私は、メイド服とは違う、イネス先輩と一緒に買ったキャラメル色のワンピースに袖を通し、胸元に黒色のリボンを結び、すっかり編み慣れた三つ編みをする。
今日、私の命は終わる。
――あ、そういえば『キス』だけはできなかったな。
心残りに一瞬手が止まった。だがすぐにまた動き直し、ブーツを履く。そして最後にファーのついた上着を羽織った。
思案する。
「黒竜に対抗する為には、どこに行けばいいのかな。黒竜がどこから来ても良いように国全体を見回せて、高い場所……あ、鐘塔!」
十二時を告げるあの鐘は、この国で一番高く国の中心にある建物。まだどうすればいいか悩むことも多いが、黒竜が来る前にまずそこに行こう。
そうやって扉から出た私に、とある人物が立ち塞がった。
◇◇◇
「雪がやんでいるな」
「そうですね。あの勢いからしてまだ降り続けると思ったのですが。まあやんでよかったじゃないですか、ユベール様」
「それはそうだな」
執務室でユベールが宰相に話しかけると、彼も手を止めた。
執務の手を止めて見た空は、どんよりとした灰色の雲の間に青が覗いている。
昨日は忙しくて一日をかけて執務作業をしていたのだが、ふと気がつくと雪がやんでいたのだ。
宰相も今気づいたのか、しげしげと外を見ている。
ぼんやり外を見ていると、そんな和やかな空気を壊すように扉が開いた。
ノックもなく、大きな音がなったことに驚きながら扉を開けた人物を見ると、彼は門番だった。
宰相が険のある声を彼にぶつける。
「失礼ですよ。一体どうしたのですか」
ユベールも彼を不敬だと思いながらも、尋常ではない様子に胸騒ぎがした。
「おい、一体なにがあったんだ」
「――黒竜です。黒竜が現れました!」
黒竜。それは文献に載っていた『厄災』と呼ばれる魔物の姿。
宰相も、ユベールの顔色も変わる。
魔物である黒竜が以前に現れた時、国の一つが焼け野原となったらしい。
空を飛ぶ黒竜と闘うのは容易ではないからだ。それに加え、その時は『浄化』の魔法を持つ者がいなかった。
「今すぐ騎士をかき集めろ!」
今回も、『浄化』の魔法を持つ者はきっといない。それ程に稀有な存在だからだ。
このままでは以前と同じように国が焼け野原と化すであろう。
彼女が愛した国民が、死ぬ。いや、むしろ彼女も命を落とすだろう。
それは耐えられない。だから、今ユベールにできる最善を尽くさなければ。
ピアスに魔力が溜まっていることを確認しながら、自国に連絡を取ろうとピアスに触る。
だが、その手は止まった。
「歌……?」
何処からか、歌が聞こえてきた。その歌には、魔力が乗せられている。
そして、微かに聞こえる歌に、一つの心当たりがあった。
彼女が、歌っていた歌に似ていた。彼女が歌った死を悼む歌に、今聞こえる歌は似ていた。
そしてその歌を聞いた途端、黒竜が苦しそうな声を上げ、全てが繋がった気がした。
彼女の魔法とはなんだったのか。
なぜ、今まで使われて来なかったのか。
いや、今はそれよりも。彼女の下に行かなければ。
「ヴィヴィアンヌ……!」
誰よりも死ぬことを望んでいた、儚い少女の下に。




