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 目を見開く彼に、紅茶を飲みながら笑いかける。


「買った日の夜、なかなか寝付けなくてずっと皆の名前を考えてた。本当は、次の日に皆をその名前で呼ぼうと思ってたから」


 だけど。


「次の日。名前を呼ぶ権利なんて私にはないと思ったわ。だからずっと心の中にだけ秘めてきた」

「……じゃあ、どうして俺には名前をつけたのですか?」


 彼の名前を呼んだのは、他の子たちが全員死んでしまった十六歳の春のことだった。


 私は、彼にその日願いを託したのだ。


「――『リュカ』、光を与える者。私の光になってくれると信じて、貴方にその名をつけたわ」

「ヴィヴィアンヌ様……」


 ショートケーキを口に運ぶ。ミルクの柔らかな舌触りに頬が緩んだ。


「私、名前が好きよ。とっても大切なモノだもの。

 私のお母様は、私に自分の道は自分で決めて欲しいという願いを込めてヴィヴィアンヌと私に名付けたわ」


 お母様は世の中に翻弄され続けた人だったから。せめて私には好きに生きてほしいと、この名をくれた。


「……っ、貴女は、今幸せですか?」


 彼の瞳が、私に問いかける。その瞳は言葉よりも雄弁だ。

 そうね、確かに私もお母様と一緒に人々に翻弄され続けたのかもしれない。


「ええ、幸せよ」


 だけど、私は選び続けて来た。自分で、『人生』を決めてきた。


 最後に死ぬことも、私が決めた。

 これが幸せじゃないのなら、一体なんと呼ぶのだろう。


 ありがとう、お母様。私に命をくれて。

 貴女のお陰で、私は愛する人たちの為に死ぬことができる。


◇◇◇


「ヴィヴィアンヌ様。俺を、またリュカと呼んでください」


 そろそろ二時間経ったから石を取りに行こうとした時、そう言われた。


 確かに使用人となってから『リュカ』とは一度も呼ばなかったなとふと思った。


 期待するような視線を、彼は私に向ける。顔をプイと逸らし、その視線から私は逃げた。


「……もう貴方は私の奴隷じゃないわ」


 そして私も、もう王女ではない。


 冷たくあしらい、彼に背を向ける。

 そのままなにも話しかけてこない彼に私も振り返ることはなく、私は階段を下りた。




「このような感じでよろしいですか?」

「はい、ありがとうございます」


 店主が並べた石には、綺麗に名前が彫られている。それに感謝をしていると、店主が尋ねてきた。


「あの、本当にこれには名前を彫らないのですか?」

「はい」


 店主が見ているのは、十個の石より小さい一個の石。私はそれを撫でながら頷く。

 名前の紙を渡した時に、この石には名前を彫らないように強く言った。


 これは、流産して自殺した子の赤ちゃん。

 だから、この石に名前は彫らない。子に名前をつけるのは、親の特権だと思うから。私がつけるのはあまりにも無粋だ。

 まあ、この子の名前とおぼしきモノはあるにはある。だがはっきりしないならつけないのが賢明な判断だろう。


 私は店主に礼を言い、外に出た。


 まだ外は明るい。イネス先輩との待ち合わせ時間までなにをしようかと、私は街を回ることにした。


 



 

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