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「ヴィヴィアンヌさん、歌上手だね」
「……え?」
洗濯も慣れてきたな、と思っているとイネス先輩に話しかけられてきた。
私はそこでようやく自分が歌っていたことに気づく。
「……はい、歌は好きです」
死を悼む歌を歌っても、誰かに心を寄せている歌を歌っても、許されたから。
◇◇◇
使用人になってから一ヶ月経った。
今日は、貰ったお給料を手に街に来ている。やりたいことの一つで、ある物を買いに来たのだ。
「じゃあ、私は本買いに行ってくるね」
「はい、ここまで連れてきていただきありがとうございました」
街まで連れてきてくれたイネス先輩に頭を下げる。彼女には服まで借りてしまった。ありがたいかぎりだ。
深緑色のワンピースはとても可愛い。
イネス先輩の姿が小さくなると私も動き出し、とある店の前に立つ。
この店は、石が売っているのだ。
それもただの石ではない。故人の名前を彫ってくれる、特別な店だ。
平民では墓石を作るお金も場所もない。だからこうして小さい石に名前を彫ってもらい、家に飾るそうだ。私はこの店の存在を知った時、いつか行きたいと願っていた。
店に入ると、色々な石が所狭しと置かれている。奥から店主らしき白髪の男性が来た。
「好みの石が決まったら持ってきてください。それから名前を聞いて彫ります」
「分かりました」
石と言ってもただの灰色の物から、淡く色づいた物まであり見るだけでも楽しい。
私はその中から十個の石とそれより小さい石を一個選んだ。
「これでお願いします」
「はい、かしこまりました。……随分多いのですね」
「すみません」
恐縮しながら頭を下げると、店主も眉を下げ「こちらこそ不躾でした」と謝った。
「お時間二時間ほどいただきますので、この店の二階にあるカフェスペースでお待ち下さい。こちら、紅茶タダ券です」
「あ、ありがとうございます」
彫ってほしい名前を紙に書き終わり、重要なことを伝えた私は、チケットとやらを貰い階段を登った。
そして紅茶とショートケーキを買い、人心地ついた。
イネス先輩とは夕方頃待ち合わせで、まだ五時間程ある。
取り敢えず本でも読んで待ってようとカロリーナ先輩から借りた恋愛小説を開くと、私の目の前の席に誰かが座った。
驚いて顔を上げると、彼がいた。
「街に息抜きに来てたんですが、貴女の姿を見てつい追ってきてしまいました」
「あら、そう」
「この席にいることをお許しいただけますか?」
「好きにしたら?」
本に視線を戻しながら、私は素っ気なく言う。少しでも気が緩んだら口が緩んでしまいそうだった。
そんな私に、彼が話しかけてくる。
「そういえば、誰の名前を彫ってもらうのですか?」
――誰の名前、か。
私は、恋愛小説のヒロインがヒーローに告白しようとするが、ライバルがヒーローにキスして告白を邪魔するシーンに栞を入れ、本を閉じる。
それから、指を折りながら名を上げる。
「ベルナール、カジミール、ディディエ、エドモン、ベアトリス、レティシア、リュシエンヌ、マノン、ナディア、リゼットよ」
「いっぱいいますね……」
呆然と呟く彼に笑いかける。
「ええ、これは私が十五歳の時に買った子たちの名前だもの」
まあ、貴方はこの中にいないから『故人』である、というのが前置きにつくけど。




