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 そのまま抱きしめ合っていると、コンコンと扉が叩かれた。

 その音に弾かれるように私たちは離れる。


 そのまま彼に会いに来たであろう人と入れ違うように私は外に出た。

 心臓が熱い。そんな想いを振り払うようにカートを押す。


 そして、ふと気づけば。

 お父様の私室の前に来ていた。


◇◇◇


 お父様はとても潔癖な人で。献上させた令嬢と正妃以外と子を成すことはしない程に他人を嫌悪している人だった。


 それ故に、メイドといえどお父様の私室に入った人はいない。昔、間違えて入ったメイドは処刑された。


 だが、もう部屋に入った人間を罰する者はいない。

 私はうるさい心臓を宥めながら、ゆっくりとドアノブを捻る。ドアが施錠されていたら、諦めようと思いながら。


 カチャリ、とドアが開く音がした。


 そして視界に入ったのは、思っていたよりは簡素な部屋。

 本棚と、机と、それから大きなベッドが一つある。広い割にどこか寂しい部屋だった。


「ここが、お父様の部屋……」


 そのまま薄暗い部屋の中を歩いていると、ある本の前で足が止まる。


 お父様がよく読んでいた、あの本だった。廊下などで外を見ながら読んでいるのを、何回も見た本だった。


 震える手で、その本を手に取る。そっと開くと、そこには先々代の王の日々が綴られた日記だった。


 ぱら、ぱらとめくっていく。特におかしな所はない。どうしてお父様はあんなにも読み返していたのだろう。

 膨らむ好奇心だけを頼りに、手は止まらない。


 だが結局最後までおかしな所はなか……いや、あった。


 先々代の王は、予知夢をよく見たらしい。とても稀有な魔法を持った人なのだ。

 そんな人が、最終ページで一個だけ、遥か未来のことを予知していた。


『九百二十七年、雪が不自然にやんだ日、カサハイン国に魔の力を宿した『厄災』の黒竜が来る。だが心配はいらない。王家の末娘が自分の命と引き換えにこの国を救ってくれる』


 末娘、それは私だ。

 間違いない。だって私は、『浄化』の力を持っているのだから。


 


 魔物とは、毒を宿す獣のような存在だ。闘技場で闘っていたのは小さな魔物だが、稀に『厄災』と呼ばれる程の力を持つ魔物が現れる。


 幼い頃、家庭教師に教えられた「『厄災』と呼ばれる魔物は黒竜の姿をしている」というのを思い出し、私はようやく納得した。

 お父様がなぜ、『浄化』の魔法を持っているとはいえ、対魔物にしか使えない私にとびきり優しかったのかを。

 お父様が、私に奴隷を見るような眼差しを向けたのか。

 なぜ、『浄化』の魔法を持つ私の力を、今まで一回も使わせなかったのか。


 そりゃそうだ。魔力は燃費が悪いから竜が来た時に魔力がなければ困るし、『厄災』程の力を持つ魔物を殺すのは生半可な魔力量ではないから、そこで私が死ぬことが確定してるからお父様は優しかった。


 なーんだ。私は処刑前に死ぬのか。

 だって九百二十七年とは、今年なのだから。

 

 でも私は、怖いと思うのと同じくらい安心した。

 だって処刑されてしまった後に黒竜が訪れても、皆を守れない。

 処刑をされる前で、よかった。


 この力で皆を守ってから死ねることが、涙が出そうなくらい嬉しかった。



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