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「隣国の第一王子のユベール殿下に紅茶を頼まれていてね。どうしても仕事があって無理だから、あんたたちの誰かに任せてもいいかい?」


 一息で話し終えた彼女は、本当に忙しいのか私たちの返事も聞かずに歩き出した。それを呆然と見送る。


 暫くすれば状況も飲み込め、私は誰が行くのか一番良いのか考える。

 その末に、隣国の出であり、私の教育係に指名されたことから信頼度も高いイネス先輩が合っていると思った。

 だが、その言葉を発する前にイネス先輩が話し出す。


「私は、ヴィヴィアンヌさんが良いと思う」

「え。いえイネス先輩の方が合っていると思いますが……」


 否定する私を置いて、ブリジット様がイネス先輩に同意した。


「私もそれが良いと思います。紅茶でしたら、ヴィヴィアンヌ様が適任ですわ。

 私もさっき、ミルクティーがと当てられた時、どうして分かったのかと驚きましたもの。第一王子殿下もきっと驚きますわ」


 コラリー様もカロリーナ様も頷いた為、私は少し迷いながらも彼に紅茶を届けることにした。


「はい、私行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」

 

 小さく手を振る彼女たちに、そういえば言いたいことがあったんだと私は振り返った。


「私のことは、敬語とか様付けなく接してください。だって私、もう王女様じゃなくて貴女たちの後輩なので!

 行ってきます。ブリジット先輩、コラリー先輩、カロリーナ先輩、イネス先輩!」


 遠くから「先輩って響き、良いわね」やら「うう、先輩呼びは私の特権だったのに……」という声を聞きながら私は歩く。


 そして厨房で紅茶と軽食を貰って、彼のいる執務室へとカートを押した。


 コンコンとノックをすれば「いいよ」と簡素な言葉が飛んでくる。

 扉を開けて入れば、彼は目を見開いた。


「ヴィヴィアンヌ様⁉」

「お久しぶりです」

「……俺に敬語を使うのは、やめてください」

「……分かったわ」


 頷きながらいそいそと紅茶の準備を始める私に、彼がため息をつく。顔色もなんだか悪そうで、体調でも悪いのだろうか?


 紅茶に角砂糖二個とミルクを入れて軽食と共に出せば、彼は驚いたように目を見開いた。


「どうして角砂糖を二個とミルクを入れたんですか?」


 さっきの彼女たちと同じ驚き方に笑みがこぼれた。

 彼を茶会に連れて行ったことはないから、私の特技を知らなかったのだろう。


「苦いモノを飲まされたような疲れた顔をしてたからよ。私、相手の求める紅茶が分かるの」

「それは凄いですね。……では軽食は何故?」


 『相手の求める紅茶が分かる』だなんて恥ずかしいことを言ったのに軽く流され、少し顔を赤くしながらも私は彼の質問に答えた。


「お昼の鐘がなってすぐに呼び出されたから、まだ昼食を摂ってないと思ったの」

「ありがとうございます。このサンドイッチは美味しくいただきますね」

「そうしてもらえると助かるわ」


 赤くなった頬を隠す為に手をヒラヒラ顔の前で振りながら、私は彼の言葉におざなりに返す。

 なのに彼は嬉しそうで、少し拍子抜けしてしまった。


 一口紅茶を飲んで、人心地ついたかのように相好を崩した彼は本当にポツリと呟いた。


「貴女は変わらないですね。ずっと昔から、他人を考えて行動している」

「……っ、私は自分本位よ。いつだって、私の為に生きてる」


 私の頬を、すり、と彼の指が滑った。

 素直に生きようと決めたせいか、自分の感情を制御できなくなりいとも簡単に頬に熱が集まる。


「だけどそんな貴女が、最近は本当に幸せそうで俺は嬉しい。ようやく、自分の為に生きるという細い道を見つけた貴女を見るのが、とても嬉しい」


 笑っているのに、彼は今にも泣き出しそうだった。日の光に照らされ煌めく銀髪は、溶けてしまいそうな雪を彷彿とさせた。


 彼が今にも消えてしまいそうで、私は抱きしめたくなる。


 だけどそれを、すんでの所で押し留めた。使用人である今の私では、王子の貴方を抱きしめることすらできない。


 歯痒くて唇を噛み締めていると、ふいに柔らかいモノに包まれた。


 彼が、私を抱きしめていた。

 耳元で、彼が渇望に似た声を出す。


「これから先の未来でも、幸せそうな貴女をずっと見ていたいんです。貴女を……っ、失いたくない」

「――……まるで私を愛しているような台詞ね」

「そうだと言ったら?」

「面白い冗談ね。……今も昔も、私たちには隔たりが多いのに」


 彼は来年の春王となり、私は処刑される。

 そうだった。春の日差しに照らされた雪のように消えるのは、私の方だった。


 でもそれなら。あと少しの儚い命なら。少しだけ許されるだろうか。


 私は自分の心に言い訳をし、そっと彼の背に手を回した。

 そうすれば一層強く抱きしめられ、このまま時が止まれば良いのにと願ってしまう。


 『死ぬのが怖い』のではなく『死にたくない』と思ったのは、これが始めてだった。


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